第2話 Fのりんご

 僕の心は、どうやらまだ毒が回っているようだ。


もう3年になろうとしている。Fと手を振って、立ち去ったあの日から。




Fは僕が高校3年の時、結婚した。


相手は大学時代から付き合っていた人だという。とても幸せそうに笑うものだから、


少し切ない気もしたが、うれしかった。


ただ、僕がその結婚を知ったのは、本人からではない。


SNSのアイコンが彼のタキシードだったからだ。


幸せそうに笑い、まるでこの世の全てを許せるのではないか、そんな美しいアイコンだった。



僕はその日、号泣した。


泣きたくもないのに、涙が止まらなかった。



「よかった、よかった。幸せに。」

そんな言葉をぼそぼそ呟きながら、

心の中では渦を巻く。


僕はFが嫌いであった。


Fのほっそい目は、まるで全見透かされてそうで。


笑っている顔は、仮面をかぶったおばけのようで。


心ここにあらず。それが一番当てはまる。


そう思っていた。


Fは数学の講師をしており、僕は数学係としてFの授業サポートをしていた。


毎回の授業アンケートを回収したり、今日の授業内容を伺ったり。


少しずつFと仲良くなっていった。


そんな僕は次第にFが嫌いではなくなった。


そのきっかけは、昼休みにある。


ミートボール、ふりかけ、様々なにおいが教室、職員室と広がっていた。


その日は晴れ。日光が大笑いをしているのか、とても気温が暑く、


どんなに僕の制服が白く、涼しそうでも、この気温には勝てそうになかった。


いつものごとく、「失礼します。」と職員室に入り、Fのところに向かう。


Fはいつものように同じ席で、何か本を読んでいる。


近くに行くと何かわかった。数学の教科書。


「なぜ?」


声がこぼれた。


「ん?ああ、やっほ。」


ひらひらと手を振って、顔をこちらに向け、授業内容をわーっと説明する。


「じゃあ、準備物はいらないんですね。」

足の向きを変えようとしたが、やめた。



「あの。」

ぼそっ。


「勉強ですか?それとも誰かの忘れ物ですか?」


僕は机にある教科書を指さした。しなしな、な。


「ああ、ほら今さ、不向きが分かれる単元じゃん?どうしたらわかりやすく教えられっかなって。どうしたらいいと思う?


僕はさ、この問題を先に教えてからこっちの問題を教えた方が分かりやすいと思うんだけど。」


生徒のために貴重な昼休みの時間を使うのか、この人は。



はじめての人種だった。



「教師も学ぶんですね。」


「なに?学ばないと思ってたの?」

相変わらず鋭い細い目だ。


だけど、




生徒思いの目だ。





僕は、その日からわからないところをFに聞きに行くようになった。



僕の成績は上がった。数学の順位は40番くらいだったが、気づけば1年の3学期には全校生徒の頂点に立っていた。


他の数学講師からも名前を覚えられた。僕は知らない、けど相手は知っている。その状況が増えた。


僕は数学にのめりこんだ。


コロナが高校1年の終わりかけから始まり、2年のGWまで続いた。


僕は課題をとっとと終わらし、数学の予習をしていた。


数学にそそぐ時間は寝る時間よりも多い。遊ぶ時間をよりを優先されるものになっていた。


僕は、Fがいたから、きっと新しい武器を手に入れることができた。


そんなFには家庭での問題や教室での人間関係など、相談するようになった。


Fは僕が思っているよりもずっと生徒思いの先生だった。


僕はいつしか甘い林檎をガブリとかじっていた。






Fが結婚して、僕の心は空っぽになったが、卒業式の時には、

「絶対離婚しないでよね」


と明るく言えて、心からそれを願うことができた。



そして月日が経ち、大学3年生になろうとしている今、最近になって夢にでてきた。


Fは、僕のほしい言葉を一言、二言くれる。



僕は多分泣いた。



泣いて、泣いて、飛びついて。



僕はその日、また林檎をかじったと思う。




今もまだ、その人の顔を忘れることができない、、、

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僕の腹は満腹だけど、脳内は空腹で karu @karu4869

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