第4話

 来たる二日後、俺は重たい足を引きずって夜の橋を渡っていた。あまりにもゆっくり歩いていたので、体温を冷気に根こそぎ持ってかれた。風呂に入ってポッカポカになった手足の先はとうにかじかんでおり、今は体の芯まで冷えている。

 寒い、帰りたい。ずっと二つの言葉を頭の中で繰り返した。

 もちろん、「行かない」という選択肢もあったが、唯一できた同学年の知り合いを早くにもドタキャンし、友好関係を危うくするほどの度胸は持ち合わせていなかった。

 帰りたい本能と行かなければという理性が頭の中でせめぎあっているうちに、いつの間にか橋を渡り終えていた。川の方に下り、草をかき分けて秘密基地へ到着した。

秘密基地にはすでに庵織がいて、宿題らしきものをやっていた。

 もしかしたら、顧問の先生に急用ができて、天文観察は中止になったとか、天気が今急速に曇ってきて天文観測が中止になったとか、そもそも天文同好会というものはなくて、天文観察も存在しなかったとかないだろうか。

 しかし、そんな俺の願いは空しく、こちらに気づいた庵織は、

「あ、みなとさん、こんばんは。今すぐここ片付けるので、終わったら出発なのです」

と言いながら、トートバッグに荷物をまとめ始めた。

 寝静まり返った街を進んでいくと、開けた丘に出てきた。どうやらここが、今回の会場である公園らしい。周りには意義が植えられ手中の様子が少し見にくいが、一面芝生なのは分かった。また、中央に遊具のような建物がある。

 庵織は公園の中央へ進んでいく。慌てて追いかけると、遊具の周りに人影が見えてきた。ざっと五、六人だろうか。各々が好きな場所で空を見上げているのがシルエットで見て取れる。

 と、手前の方に二人で固まっていた人のうち一人が、こちらに気がつき手を振った。

「あ、いおりちゃーん、こっち。先生、いおりちゃん来ました」

 すると、そばにいた背の高いロングな髪の女性が近づいてきた。

「庵織さんご苦労様。こちらの男の子がみなとくん?話は聞いてるよ。私は藤堂未千とうどうみち。うちのクラブは人数が少ないけれど、とっても良いところよ。入部届は後日学校で渡そうと思うんだけれど、いつ頃が都合いい?もちろん放課後でも全然かまわないから」

 藤堂未千と名乗った教師は、一気にまくしたてるように話す。押しが強くてつい後ずさってしまう。こういう人は苦手な部類だ。というか俺っていつの間にか入部することが決定したいたのか?先生の話は止まらず続く。

「それから親の承諾・・・・・・」

「先生!そんなに一方的にしゃべられたらその子も困りますよ。一度落ち着いてください」

 割って入ってきたのは先ほどの女子だった。困っていたところにこの助け舟は、心底安堵する気持ちだった。それから女子は俺に向き合って、

「あたしはさゆり。天文同好会の副部長をやっています。よろしくね」

「よ、よろしくお願いしまs・・・・・・」

 慌ててお辞儀をして言うが、あまりにも消え入りそうな声で自分でも情けなく思ってしまう。

「ふふっ、緊張しなくても大丈夫だよ」

 さゆりが、はにかんで言う。

「あ、あのすみません!みなとさん。藤堂先生、少し強気なところがあって・・・・・・。もしかして不快に思われました?」

 庵織が後ろであたふたして弁明する。

「いいですよ、い、いおりさん。」

「ごめんねみなとくん。私も気を付けるから」

 先生まで頭を下げられまた焦ってしまう。

「だ、大丈夫ですよ、全然、平気、じゃ、ないけど・・・・・・」

「あら、みなとくんって面白い子ね」

 その後はさゆりから簡単に説明を受け、用意されていた星座早見表と懐中電灯、ミニ望遠鏡を渡された。庵織はさゆりと行動を共にすると告げ、二人で遊具の高い方に行った。俺は残った藤堂先生のそばから少し離れて独りになる。どうしよ。本気で星を見る気にもなれず、とりあえず星座早見表とにらめっこをしていると、足音が近づいてきた。

「よっ、みなと。久しぶり」

 急に背後から話しかけられ、体が硬直してしまった。

「ど、どなたですか・・・・・・?」

 恐るおそる後ろを振り返ると、星座早見表を持った男子がいた。おそらく天文同好会の部員だろう。

「あれ、覚えていない?ま、仕方ねーか。しょうただよ、お前と同じ〇組の。中学入学した時席が近くてたまに話したじゃん。ゲームとか」

 俺は中学に入ってから半年もたたずに登校をやめてしまっていたので、あまりクラスメイトの顔を覚えていなかった。さらに俺自身、人の名前と顔を覚えるのが得意ではないので、同じクラスだったとしてもこの男子を覚えているか怪しい。

 暗闇の中、顔をどうにか確かめようとしょうたの顔をじっと見つめる。そういえば、どこか見覚えのあるような、ないような。

「そんな見つめられても・・・・・・。俺の顔なんかついているのか」

 しょうたが困ったように言う。

「す、すみません・・・・・・!」

 やばい、やらかした。すかさず頭を何度も下げる。

「そこまでしなくても大丈夫だからさ」

 でもやっぱりしょうたに悪い・・・・・・ん?しょうた?

「あれ、もしかしてタチウメバトルの話をした、あのしょうたさん?」

「たぶんそうだ。俺も会話あんまし覚えていないけど、確かに話した気がする」

「最近はあのゲーム過疎っているきがするけどしょうたさんやってる?」

「あぁ、週に一回ぐらいは腕が鈍らないようにやってる」

「エラッ。俺もうやってないかも」

「最後にやったのは?」

「二か月ぐらい、かなぁ。ちょっと飽きてきた」

「えー、楽しいじゃん。またやりなよ」

「どうしよ。あれちょっとクソゲーだしな」

「最近公式が頑張って割とマシになったぞ。あとモバゲーはクソゲーでなんぼだろ」

「それもそっか」

 久しぶりに友達とするような会話をしたが、思ったより普通にできた気がする。

「なあみなと、また今度一緒にゲームしないか。あと、天文同好会に入ったらどうだ。俺さ、入部したはいいけれど、本バカか星バカぐらいしかいねーんだ。お前俺とすげー気が合いそうだし、頼む」

「う、うん。考えておく」

 なんだか誰かに自分を求められているのだと思うと、ちょっぴり嬉しくなった。長らく感じなかった純粋な楽しさ。自分に価値がちゃんとあるような気がして、肯定されたような気がした。

 別に、庵織に天文同好会に入って欲しいと言われた時も、自分を求められている気がして嬉しくなかったわけではないが、やっぱり同性の気兼ねなく話せる友達のような人に誘われた今も、より本音で言った感じがして違う嬉しさというものがあった。

「じゃあさ、みなとは最近は待ってるゲームとかあるの」

「それはね、・・・・・・」

 その後も、俺としょうたは本来の活動を忘れて趣味の話に夢中になった。

 天文同好会か。話している最中にふと思う。入部するのも悪くはないとだんだん考え始めた。庵織も居るし。

「諸君、集合。そろそろ終わるよー」

 先生の号令を合図にみんなで後片付けをし、先生の引率のもと帰路についた。

 俺の家の近くでもあり、下に庵織の秘密基地がある橋に来たとき先生が話しかけてきた。

「みなとくん、今日はどうだった?」

「あ、えと、しょうたさんと話せてよかったです・・・・・・」

「そう言ってくれると嬉しい。次の常時活動が二日後の火曜日にあるんだけど来る?場所は学校の第二理科室で、放課後の四時ぐらいからなの。来ても来なくても、どちらでも構わないけれど気が向いたら是非いらっしゃい」

「はい・・・・・・」

「じゃあ、庵織ちゃんとみなと君はここでさよならね。気を付けて帰るように」

「藤堂先生おやすみなさーい」

 庵織が列から抜けて俺のところに駆け寄り、先生に手を振って言った。

 各々が庵織に別れの挨拶を告げ、集団は橋を離れて行った。

 橋の上で庵織と別れるとき、

「みなとさん、がんばるのです!」とバシッと背中を叩かれた。なんで?

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