ギリセーフ……か?


「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」


「行ってきます」


 手を振ってくれる常連さんが去っていくと、私は待機場所へ戻っていく。


「さっちゃん」

「はい、スズ先輩っ」


 お客さまのお見送りをし終わった私に、お片付け中のスズ先輩から声がかかった。


「変わりますか?」

「そうじゃなくて、その、八番テーブルのお嬢様たちが、さっちゃんのこと指名してて」


「なんっ……」


 なんで!?

 紙に『さっちゃん』とデカデカと書いてある。


 パフェやら、ケーキやら、スイーツで埋まっている机。全部、食いしん坊な東雲しののめ 詩十しとが食べる分だ。

 クラスでも食べてない時は授業中くらいだし。食い意地張ってるって聞いてたけど、まさかあそこまでとは。


 甘党な私でもあんなには食べられないよ。



「頑張って」


 私を鼓舞するようにガッツポーズをしたスズ先輩に、私もガッツポーズを返す。

 なんでだよぉ。勘弁してくれよ。


「さっちゃん。いま空いてますか?」


 口頭での呼び出しキター!?

 確かにルール的にはアリだけど。アリだけど! 勇気あるな。さすが一軍の鬼ヶ崎おにがさき 香奈かな


 しかも空いてきた時を狙ってやがる。やることがそつないっ!



「はーい! 今行きますね!」


 ゆっくりと歩いてテーブルまで来た。来てしまった。



「さっちゃんって、おいくつなんですか?」

「歳ですか? うーん、お嬢様と同じくらいかもしれませんね」


「ほら、やっぱり高校生くらいだって」


 だる絡みしてきたな……。鬼ヶ崎さん勘弁してください。


「高校ってどこ行ってるんですか?」


 貴方もですか!? 山田やまだ 美穂乃みほの、私が恋心を抱いている女性だ。そして私のことをメイド名『さっちゃん』ではなく、本名の雪見ゆきみ 朔太郎さくたろうだと看破してきた人物だ。

 まだ、確証は得ていないが、かなり怪しまれている。


 私はうーんと可愛こぶりながら笑顔を見せる。


「秘密です♪」


「高校生ではあるんですね」


 こいつら、尋問でもする気か!?


 ニコニコ笑っている3人が私のことを見上げている。じっとりと嫌な汗を感じながら、私はふと待機場所を見た。


 ショウちゃんっ暇なら助けてくれ!


 私のアイコンタクトをバッチリ受け取ったショウは、動揺ののちそっぽ向いた。

 いま働いてるんで、と印象付けるように、うろうろし始める始末だ。


 おーい!



 鬼ヶ崎さんが手を組んで妖艶な笑みで言う。


「さっちゃん、さっきから挙動が怪しいけど、私たちって知り合い?」

「変な絡み方しちゃってすみません。なんだか見たことある顔な気がして……」

 もぐもぐ。


 正気かこいつら、確信ついてきやがった!


「さぁ、どうでしょう? 私はメイドのさっちゃんなので、ここでいつでもお待ちしていますよ」


 私が恋心を抱く山田さんがじっと見てくる。そして――


「雪見くん?」

「!?」


「今の反応、本当に雪見くんなの?」


 東雲、私を見てないでパフェ食べてなさい。

 し、仕方ない。ここはあの作戦で行くか。すまん妹よ!



「もしかして、お兄ちゃんのお知り合いの方ですかっ?」


 可愛らしく首を傾げて見せる。

 どうだ、渾身の妹の演技! もはや素で似てるとも言われるくらいだ。誤魔化されてくれ頼むッ!


「雪見くんの妹さん?」


「はい。私のお兄ちゃん、雪見 朔太郎って言います」


 妹の兄は私だ。私は私だが。今は妹だから、お兄ちゃんは朔太郎なんだ。何を言ってるのかわからなくなってきた。


 3人は顔を見合わせると、脱力するように息を吐いた。



「なるほど。妹さんか」


「び、びっくりしたー。雪見くん妹いたんだ……」


「似てるはずだね」


 乗り切ったー!



 それから私は業務をこなし、あれ以上探られることなく彼女たちを見送る。


「行ってらっしゃいませ。お嬢様」

「あのっ、雪見くんの妹さん!」


「はい?」


 引き留めてきたのは山田さんだった。なに? 可愛い、好き。

 ぱくぱくと何かを言いたいけれど、言えないような表情。私は穏やかに笑う。


「ゆっくりで大丈夫ですよ」


「……あの。お名前を聞いてもいいですか?」


 私はにっこり笑って答える。


「さっちゃんです」

「いえ。その、本名の方を……」


「秘密です♪ お嬢様、メイドのプライバシーに関わることは聞いてはなりませんよ。めっ! です」


「すみません。そうですよね。……じゃ、じゃぁまた来ていいですか」


「え。は、はい。もちろんです。私はいつでもお嬢様のお帰りをお待ちしております」


 私は笑顔を浮かべると、ペコリと頭を下げる。


 え、まじ? マジで来るの? 俺ここ辞める予定ないんだけど。マジで来るの?

 雪見くんの妹になんの御用ですか? 俺の妹と初対面ですよね? 俺の愚痴とか出てくるの!? はは……、俺たちそんな仲良くなかったわ。


 世界一可愛い美少女のさっちゃんをそんなに気に入ったのかな。


「…………」


 なんで動かないの? まだ疑ってらっしゃる??


「どうされました?」


「あの、会員登録したいんですけど」


「はい。受けたまわ、え!?」


「さっちゃんともっと仲良くなりたいです。できればその、さっちゃんのお兄さんのこととか聞かせてほしいなって」


 山田さん。俺に何か恨みでもあるんですか?

 そう思わせるほどの凄みが、彼女にはあった。その後ろでひょっこり食いしん坊が顔を出す。


「あ、私も会員登録いいですか? ここのケーキめちゃくちゃ美味しかったです」


「は、はい。会員特典は見られましたか?」

「さっちゃん、お嬢様方に入っていただいて。出入り口を塞いでしまっていますわ」


「すみませんスズ先輩」

「ご、ごめんなさいっ!」

「ごめんなさい」



 ささっと会員登録を済ませ。今度こそ、彼女たちを見送る。


 セーフ! マジでやばかった。危機一髪とはこのことか。

 …………でもなぁ。これから、こんな日が度々あるのか。私の胃もつかな?



 あっ、お客さん。


「おかえりなさいませ。ご主人様」

「おかえりなさいませっ!」


 スズ先輩が対応してくれたので、私は待機場所へ戻っていく。そこにはショウちゃんがいた。



「ショウちゃん。どうして助けてくれなかったのぉお……」

「ごめんって。機嫌直してよ。終わったらケーキ奢ってあげるから」


「チョコケーキホイップフルーツ」

「いいよ」


「……許す」



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メイドカフェのさっちゃんです。 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame

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