危機到来!?
「スズ先輩、変わります。五番席の食事厨房に置いてありました」
「ありがとう」
私たちはこそっと会話を交わすとすれ違う。
「こんにちは、スギさんっ」
「おぉ、さっちゃん。こんにちは。今日何がオススメだい?」
私は少し周囲を見渡す。
「今日はですねぇ。いいお魚が取れたとかで、お刺身がいいかもしれませんよ」
顔を近づけて、こそっと伝える。するとスギさんはにっこりして「お刺身を頼もうかな」と言った。
勧められたからって、メイドカフェでお刺身を注文する度胸。すごいよな、この常連さん。
もちろん今の情報は本物だ。鬼執事様から毎回聞いている
飲み物のオーダーもとって、会員登録者に押すスタンプをペタリ。
「ちょーっと待ってくださいね」
「ゆっくりでいいよ〜」
にっこりと笑って、私はカランというドアベルの音に反応して入り口へ向かう。
なっ。なん、だと!?
落ち着け。冷静になるんだ俺。
瞬間的に素に戻り、冷や汗の滲みでた手を握った。俺は周囲を見渡す。スズ先輩は接客中。ショウちゃんはどこ行きやがった!?
いたっ、けど、接客中かよっ。
俺、いや、私がやるしかない。
入店されたのは、私のクラスメイトたちだった。入店してきたのは3人。その中に私の好きな子がいる。
大丈夫だ。俺は冴えないインキャまでは行かないにしても、目立たないただのクラスメイト。
クラスメイトが女装してるだなんて、普通は考えないだろう。バッチリメイクだってしてるし。髪だっていつもと印象を変えている。
私のこの髪は地毛だ。
特に突っ込まれることなくこの長さまで伸ばすことに成功した、手入れの行き届いた、自慢の髪の毛なのだ。
髪の色で気づかれるなんてことはないだろう。
私は優雅にゆっくりと歩み寄る。
「へー、ここが噂のメイドカフェかぁ」
「なんだか外と別空間みたい」
「ご飯美味しいらしいよ。楽しみっ」
目の前に来るとドクドクとうるさくなる心臓のせいで、変な汗をかいている。私はいつも通り元気よく笑った。
「おかえりまさいませ! お嬢様っ」
いつも通り……いつもより気合が入ってしまった気がするが。まぁいい。
「お席へご案内いたします。こちらへどうぞ」
「メイドさん可愛い」
「うん」
「どんなスイーツあるかな?」
「シトそればっかり」
「しーちゃんはご飯目当てできたもんね」
「その通り」
クラスメイトにに、私はメニューや名前の入ったリストをお渡しする。
「こちら、メニューとなります。私のことは『さっちゃん』と呼んでいただけると嬉しいです」
「よろしくお願いします」
「「よろしく」」
「はーい、よろしく♪」
普段ならもう少し居座るのだが、私は今この場を一刻も早く離れたい。
やばい。バレてないよな。
さっきから
バレてないよな!?
「お嬢様方、メニューがお決まりになられましたら、こちらのベルを一回鳴らしてくださいねっ。この私さっちゃんがすぐに駆けつけます!」
私は元気よくウィンクするとその場を離れる。
ショウちゃんがオーダーを取り終わって帰ってきていた。
「ショウちゃん。八番テーブル変わってくれない?」
「僕はいま指名入ってるから無理」
「お願いっ!」
「いや」
ショウちゃん、こんな時に面倒くさがりが発動するなんてっ。頼むよ!
「ショウちゃ――」
「何度言われようとも僕は嫌だ」
今日のショウちゃんは強情だ。
厨房の方から料理が出てきた。二番テーブルと六番テーブル。
「料理が冷める前に持っていきな」
鬼執事様の声に私たちは頷く。
……行きますか。
「お待たせしましたご主人様♪ 美味しくなる『おまじない』をおかけしますね!」
「お願いします」
おまじないをかけるのはドリンクだけだ。なにせ、『俺の料理には手出し無用だ』だからな。もしも素人が手を出そうものなら、鬼執事様が鬼の如く怒るらしい。これは店長談。
俺は失敗しないように慎重に液体を混ぜる。
「美味しくなーれ♪ 美味しくなーれ♪」
そして見た目色鮮やかになったところに、一滴。
「萌え萌えファイヤー! ってことで、今日もハッピーに笑顔で、お疲れ様ですっ♪」
「お疲れ様です」
このおまじない聞く気がしない。
お酒を見下ろせば、ボォッと青く燃えていた。
「ふぅ。成功してよかったです」
「いただきますね」
「はい。ごゆっくりどうぞ! でも酔い過ぎにはご注意くださいねっ。前回みたいに酔い潰れちゃダメですよ!」
「忠告ありがとうさっちゃん。酔い潰れる前に言ってくれると嬉しいな」
常連さんがそっと『さっちゃん』と書かれた札を机に立てた。
会員登録した者のみがもつ札だ。普通は紙に名前を書く。1年経っても半分すら減らないけどね。
「言いましたね? このさっちゃんにお任せあれっ」
「うん、1時間くらい放っておいてくれていいから」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
私はペコリと行礼をする。
「ねぇ、やっぱりクラスの。
「どうみても女の子だけど」
「雪見くんってあんな活発なタイプじゃないしね」
あっちゃいけない方角から、めちゃくちゃ視線を感じる。聞きたくない言葉もバッチリ聞こえてしまってた。
チラッと机見たらまだ何も頼んでないし。これまた私が行かなくちゃならないんじゃ!?
なんでバレかけてるんだよ。そんなピンポイントなことある?
私はさっちゃん。世界一可愛い美少女のさっちゃんだ。
いつもより気を張っているせいか、すでに少し疲れた。
「さっちゃん、大丈夫?」
「スズ先輩……その、学校の……」
「あぁ、クラスメイトでもきちゃった? 最近スイーツが美味しいって話題になっちゃってるからねー」
「はい」
「おっけー。八番テーブルは私に任せて」
ぱちっとウィンクして、ちょうどベルを鳴らそうとしている八番テーブルへ歩いて行ってくれた。
今の会話で全てを把握してくれるなんて。
「スズ先輩……ありがとうございますっ」
先輩かっこいいッ。私もスズ先輩みたいになれるように頑張ります!
「さっちゃん、三番に食事運んで」
厨房からの声に私はにっこりと笑う。
「はーい!」
少しだけ気分が楽になった私はるんるんと食事を運び始めるのだった。
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