メイドカフェのさっちゃんです。

水の月 そらまめ

世界一可愛い私の名前はさっちゃん


 あるカフェで私は身支度をする。


 名前はさっちゃん。メイドカフェで働くメイドさんだ。


 黒を基調としたクラシカルなメイド服。メイドカフェというだけあって、可愛いにアレンジされたフリル多めのもので、店長の趣味に極振りされた、私専用の服。

 メイド服に袖を通し、ピンク色のリボンを胸で結び、靴を履き替える。綺麗にアイロンがけされたエプロンには、汚れなど存在しない。

 脛の半分まである裾を撫で、私は埃がついていないことを確認する。


 そして化粧台に座った。


 自前の化粧箱を開いて数分、慣れた手つきで自らの顔に施していく。最後に、ピンク色のリップを唇へ。


 鏡の向こう側にいる美少女が微笑んだ。



 続いて、ピンク色の艶やかで長い髪に櫛を入れ、サイドを少しだけ結ってはリボンのついた花の髪留めをつける。


 私は立ち上がって、大鏡の前に立った。


 髪よし、顔よし、服良し、靴よし。笑顔よしっ!


「今日も私が世界一可愛い!」


 鏡の前で元気いっぱいに笑った俺は、今日もメイドカフェに出勤する。



「こんにちはさっちゃん」


 隣の個室の着替え室から出てきたのは、私の憧れているこの店ナンバーワンの先輩だ。めっちゃ美人さんで、めちゃくちゃ優しい。


「スズ先輩こんにちは!」


「今日も元気いっぱいね」


「はい!」


 私は元気と美少女と明るさとポジティブさと、あと美少女で美少女が売りの、世界一可愛いメイドさんだ。


 お店に対して私たちメイドの数は全員合わせて5人。それに加え、厨房チームが2人。執事くんと、鬼執事様だ。


『俺の料理に手ェ出すなよ』と、初日で言われてから、厨房に入るための試験を受けようとかいう気が最初からなかったが、チリほども思わなくなった。

 鬼執事様が怖すぎる……。



 メイドカフェなのに、結構人が多い。目当ては料理だ。


 メイド目当てにメイドカフェ来るものだろう普通。料理目当てにメイドカフェ来るってどうかしてる!

 値段だって結構高いのに。でも美味い。働いてなかったら……もしかしたら通ってたかもしれないくらいには美味しい。


 カチャ。


「ん。スズ先輩、さっちゃん、こんにちは」


 メガネをかけた少女が個室着替え室から出てきた。


「こんにちはショウ」

「こんにちはショウちゃん!」



 今日はこの3人での接客となる。残り二人はお休みだ。

 このカフェは、午前と午後、そして夜の部に分かれて営業している。完全に店長の趣味だ。


『やりたいことがたくさんありすぎてたまらんっ』と、休憩室を陣取っている店長からよく聞く。



 まずは掃除から。

 机は午前の人たちが拭いてくれているから、私たちがすることは窓や床の掃除。

 そして厨房の二人に挨拶をして、シンプルな喫茶店風になっている店内を少し可愛く飾り付けしていく。


 開店時間が迫るにつれて、人が集まってくる。料理目当てだ。


「あら、もう並び始めてる。さっちゃん、ショウ、ちょっと急ぎましょ」


「はいスズ先輩!」

「そうですね」



 さて。メイドカフェ『マイザ・シエル』の開店だ。

 カラン。


 スズ先輩が『オープン中』の札をかけ、扉を開けたまま、お客様を中へ促す。

 入ってきたお客様を見て、私とショウは頭を下げた。



「「おかえりなさいませ、ご主人様」」


 私たちは礼儀正しく。穏やかに笑う。

 ここはぐいぐいいくタイプのメイドカフェではなく、お客さまの心を落ち着かせ、安らぎのひとときを感じてもらう場所だ。

 もちろん、元気いっぱいに食事を求めてくる方もいらっしゃる。そんな方には元気いっぱいで接客するのです。


 店長から、任せると接客に関わる全員が言われているものの。空気を読める私たちは、この空間を楽しんでいただきながら、美味しい食事でもてなすことを第一に考えるのだ。


 なにせ、7割のお客様が料理目当てなんだから。



「3名様でよろしいですか?」


「はい」


「お席にご案内します。こちらへどうぞ」


 ショウちゃんが家族連れを、お淑やかに案内し始める。


 年齢層は子連れから、お年寄りまで。料理長の評判と、店長の策略恐るべし。と言ったところか。


 まぁ私たちはメイド服を着て、お客様にまた来たいと思っていただけるように、笑顔で接客するだけだ。

 むしろ、それこそ最大で最重要なメイドの職務である! 妥協は許されない! なぜなら、それが私の目指す世界一可愛いメイドだから!



 二人のお嬢様たちが来店された。


「おかえりなさいませ、お嬢様!」


「ただいま」

「こんにちは……」


 ノリが良くても悪くても大丈夫!

 私たちのことは気にせず楽しんでください。


「2名様ですか? ……お席にご案内しますね!」


 最近、女子中学生や高校生の来店が多い。初めての人も多く、ちょっと安めのメニューが最近追加された。その分小さかったりするけれど、雰囲気を味わいたいだけの人や、色々食べてみたい人には人気だ。


 緊張気味の二人の中学生に、私はメニューや名前の入ったリストをお渡しする。

 紙に名前を書いて立てると、その人が接客に行くというわけだ。

 その辺の説明は全部、メニューの一番初めに書いてある。ルールやマナーは守ってこそ、個々が癒される空間となる。

 どうかご協力くださいね!


「こちら、メニューとなります」


「うわ高……」


 わかる。


「高いですよねぇ。わかります。メニュー表の後ろの方に、お手頃価格で提供しているものもございますよっ」


 緊張気味な二人はチラチラと私を見ながら、メニューページを捲っていく。


「あっ、私いない方がいいですか?」

「い、いえ!」


「よかったぁ。お嬢様に嫌われたらどうしようかと思いました」



 うーん、でもちょっと私のことが気になるみたい。少し離れた方がいいか。

『お客様ごとに対応を変えること』スズ先輩が実践している極意に、私も従おうと思う。


「お嬢様方、メニューがお決まりになられましたら、こちらのベルを一回鳴らしてくださいねっ。この私さっちゃんがすぐに駆けつけます!」


「は、はい」


 席に対してメイドの数が少ない。

 私たちは大変だ。『料理目当て』か、『メイド当て』かを瞬時に見分け、対応を変える。場所も一応私たちの独断で、できるだけ分けるようにしているし。料理を運び、お帰りになったお客様の席を片付け、またお出迎えをする。


 店長曰く、ちょっと待たせるくらいがいいらしい。


 ちょっとどころじゃないよ。あんまり待たせると、お客さん帰っちゃうって。と毎日思ってるけれど、今のところ帰ってるお客さんを見たことがない。


 始まって数十分。並んでいた全てのお客様を中に入れた。



 チンッ!

 先程の緊張気味のお二人だ。


「はーいっ! お呼びでしょうかお嬢様♪」


「この、オムライス小と、チーズドリア、ロイヤルミルクティーホイップ付きと、お絵描きチョコカプチーノ、フルーツパフェ、あと記念写真。お願いします」


 結構いくな。


「お食事は、オムライス小1つと、チーズドリア1つ、ロイヤルミルクティーホイップ付き1つと、お絵描きチョコカプチーノ1つ、フルーツパフェ1つ。でよろしいでしょうか?」


「はい」


「記念写真はどの子と撮りたいとかございますか? 私が世界一可愛いさっちゃんです。あそこにいるメガネの子がショウちゃん。それから、あのとっても美人さんがスズ先輩ですっ。先輩今日もかっこいい……」


 スズ先輩と一瞬目があった。私はハッとしてお嬢様方に向き合う。


「も、申し訳ありましぇ……せん。悩んでいらっしゃるのでしたら――」

「さっちゃんさんで」


「さっちゃ……私ですね。わぁい♪ 私と記念写真を撮っていだたけるなんて光栄です。素敵な思い出にしましょうね」


「すでになってる……」

「素敵なメイドさんと出会えて嬉しいです」


「うふふ、私も素敵なお嬢様にお帰りいただいて感激です」


 めちゃくちゃいい中学生じゃん! ここで癒されてくれればいいな。



「では少々お待ちくださいね」


 私は満面の笑みでオーダー取ったよの看板を机に立てる。

 厨房窓口へメモを置いて、五番席の札があるお盆を見た。五番席はスズ先輩が御所望のようだ。


 スズ先輩は注文を取っていた。あの常連さん、メニュー決めるのに時間かかるんだよなぁ。


 私はスズ先輩の元へ行く。



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