第31話 映画の時間
※
少し後ろの真ん中の席に俺たちは座る。
田舎にはありがちなことだけど、休日の映画館でも席には余裕があった。
これならゆったりと映画を楽しめそうだ。
(……なんて、映画が始まる前は思っていたんだけど……)
正直、今は映画どころではなくなっていた。
隣に座る莉愛は映画に集中しているのだけど……そんな彼女の息遣いが聞こえてくる。 だからなんだという話かもしれないけど、暗い空間ということもあってなんだかドキドキしてしまう。
(……それに……)
もう一つ――
(……映画を観ている間に手を握れたらと思ってたんだけど……)
中々、思い切りがつかない。
恋人と映画館に行くなら――してみたい定番シチュエーションというか、俺自身ちょっと夢だったりしたのだけど……。
(……いつ、どのタイミングで……)
そんなことを考えているから、全く映画に集中できていなかった。
直ぐ傍には彼女がいて、手を伸ばせば簡単に届くのに。
(……手を握るって、こんなに難しいことだったんだな)
今日もここに来るまで手を繋いでいたはずなのに、いざ意識してしまうと簡単に出来たことも、出来なくなってしまう。
いや、そもそも付き合って間もない……俺自身、恋愛初心者も初心者なのだから当然と言えば当然か。
(……こういうことをいつか、緊張せずに自然と莉愛とできるようになれたらいいな)
一緒にいて自然体でいられる。
そうなったら恋人から一歩踏み出して――結婚なんて……って、
(……先のことを考えすぎだろ)
付き合い始めたばかりなのに、我ながら流石に重い気もする。
でも、莉愛のことを大切にしたいって思うからこそ、真剣に考えてしま――
「……?」
一瞬、莉愛がこっちを見た……気がした。
ちらっと――視線だけを俺に向けて、わずかに目があった。
(……気のせいじゃ、ないよな?)
もしかして、見てることがバレてた?
それで視線が気になって?
(……いや、でも……そんなあからさまに見てたわけじゃ……)
そんなことを思っているとまた莉愛の視線が動く。
今度は間違いなく目が合った。
「っ……」
声にならないくらいの声が漏れて、慌てて目を逸らす。
変に思われたかもしれない。
(……いや、でも……どうせ変に思われるなら――)
俺は思い切って手を伸ばして――莉愛の手に自身の手を重ねた。
「……」
ほんの少し驚くような息遣いを感じた。
でも、拒絶されることはなく、莉愛は俺の手を握り返す。
そして俺たちは互いの指を絡める。
ただそれだけのことなのに、自然と鼓動が速くなって頬が熱くなっていく。
(……今、莉愛はどんな顔をしているだろう?)
暗い映画館でその表情まで見ることはできない。
でも、握られた指先から伝わってくる彼女の体温が、少しだけ上がっている気がした。 その熱はまるで互いの想いを伝えようとしているみたいだった。
(……本当にそうなったら、いいのにな)
そうしたら、言葉を交わすことなく、互いの気持ちや考えを理解できるのに。
好きな人にくらい、理性とか理論とかそういうのを全部無くして、ありのままの気持ちが伝わったらいいのに。
俺は莉愛の手を握る力を少しだけ強くする。
すると莉愛も俺の想いが伝わっているよと返すみたいに、手をぎゅっと握ってくれた。
(……映画が終わるまで、あとどれくらいだろう)
この時間が永遠に続けばいいのにって――心から願ってしまう。
それくらい、幸せな時間になった。
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