第30話 少しずつ互いを知っていく

     ※


 最初に向かったのは足利で唯一、映画館のある商業施設だ。

 ファッション、雑貨、サービス、グルメなどの専門店が揃っている為、地元の高校生にとっては、休日のデートの定番となっている場所だ。


「……映画館に行くのって、すごく久しぶりかも」


 ショッピングモールの二階にある映画館に向かっている途中で、莉愛がそんなことを言った。


「あまり映画は観ないか?」


「美彩に誘われて、行く時があるくらいかな?

 だいたいはアニメだけど」


「え……アニメ!? 水月さんが?」


 驚き過ぎて聞き返してしまった。

 だが、水月さんがアニメを見るというのが、あまりにも予想外だったから。


「意外だよね。

 でも、美彩ってアニメ好きなんだよ。

 だから、特典目当てに何度も観に行ったりしてる」


 美少女二人が、アニメ映画の為に並んでいるところを想像する。

 莉愛と水月さんの二人がいたら、相当目立っているだろう。


「俺も杏子が好きなアニメ映画に付き合わされることがあるな。

 アイドルもののやつとか」


「ああ……ラブライブ、かな? それとも、アイマスとか?」


「どっちも観たことあるな」


 どうやら莉愛も相当付き合わされているようだ。


「莉愛も、アニメとか好きなのか?」


「見れば面白いとは思うかもだけど……進んで観るほどじゃないかな。

 友達におススメされたら観るかなってくらい」


「俺もそんな感じ。

 軽く観るだけなら、サブスクもあるしな」


 そういう意味では、映画館で映画を観るというのは、特別な娯楽なのかもしれない。

 それでも映画館で映画を観るという文化が残り続けているのは、大きなスクリーンで好きな人と一緒に観るというのは、普段とは違った楽しさを味わえるからだろう。


「……もう見る映画のチケットって取ってあるの?

 それとも着いてから決める感じ?」


「一応、いくつか候補はあるんだけど、とりあえず話して決めたいかな。

 莉愛は観たいのはあるか?」


「少し気になってたのは……」


 莉愛が視線を泳がせて、映画の看板を見た。

 それは、料理人をテーマとしたグルメ映画だった。


「偶然だな。

 俺もこれを観ようかなって思ってたんだ」


「本当? 私たち……好みも似てるのかもね」


 ある料理人が異世界へと転生してしまい、そこで料理一つで成り上がっていく。

 そんな感じの内容らしい。


「じゃあチケット取ってくるな」


「あ……お金――」


「今日は俺が出すよ。

 初めてのデートだから……そのくらいしてもいいだろ?」


「ありがとう。

 今回は甘えさせてもらうけど、次からは全部割り勘にさせて……大希の負担になりたくないから」


 そう言いながら、莉愛は両手で俺の手を包んだ。

 純粋な瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。


「だけどね……私の為にって考えてくれたことは、すごく嬉しいよ。

 だから本当にありがとう」


 そしてもう一度、莉愛は俺に感謝の想いを伝えた。

 ありがとう――その短い言葉だけでも、不思議なほどに胸が温かくなる。

 莉愛の為ならなんだってしてあげたい。

 そんな風に思える人が傍にいてくれるのは、本当に幸運なことだと思う。

 だからこそ、


「わかった。

 だけど……特別な時くらいは何かさせてほしい。

 莉愛の為に、俺が何かしたいから」


「……うん」


 莉愛が俺を想ってくれているように、俺も莉愛を想っている。

 その気持ちをわかってくれたのだろう。

 莉愛は優しい顔で頷いてくれた。


「じゃあ、チケット買ってくるから」


 お互いを大切にする想いを確かに感じられた。

 映画を観ることよりも、そのことが俺には嬉しかった。 

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