第25話 近い未来と、遠くの将来

 家を出てから少しの間、俺たちは静かに歩いていた。

 夕陽が沈んでいく。


「莉愛、悪かったな。

 うちの家族……騒がしくて疲れたろ?」


「ううん。

 今日は誘ってくれて嬉しかった。

 お母さんも杏子ちゃんにも、あんなに歓迎してもらえると思ってなかった」


 多分、気遣っているわけではなくて、本気で莉愛はそう思ってくれている。

 だからこそ俺は、少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。


「次はもっと……ちゃんとしたデートに誘うから」


「……? 今日は、ちゃんとしたデートじゃなかったの?」


 ちょん、と小さく首を傾げる莉愛が不思議そうに俺を見た。


「今日は家族への紹介だけになっちゃったからさ。

 莉愛との初めてのデートになるなら、もっと色々と考えなくちゃいけなかったなって」

 プランとかムードとか反省点は色々ある。

 家族への紹介も、もう少しだけあとでもよかったのかな……とか。

 後悔してるわけじゃない。

 でも、莉愛にもっと喜んでもらえるような、最高のデートに出来たんじゃないかって。

「……大希、ありがとう」


 感謝を口にしながら莉愛が俺の手を取った。


「でも……私は大希が一緒にいてくれたら、それだけで十分過ぎるくらい幸せだから」


 手を握りながら、莉愛は優しく笑う。

 彼女の優しさに触れて胸が熱くなった。

 こんなに優しい子が俺を好きになってくれるなんて、そんな幸せはきっとこの先もう来ないと思う。

 だから、これ以上幸せになるのは難しいと思う。


「だとしても俺は、今よりももっと莉愛を幸せにしてあげたい」


「ぇ……」


 莉愛の顔が赤く染まり、ぼんやりと俺を見つめている。


「どうしたんだ?」


「ぁ……ご、ごめん。

 でも、大希が……すごく嬉しいこと言うから」


 嬉しいこと……って、


「――っ!?」


 今になって気付いた。

 胸の内で思っていたことが、言葉に出てしまっていたことに。

 言葉にするつもりがないからこそ、俺も動揺してしまう。

 でも、これはいい加減な想いじゃ――


「もう、なってるよ。

 傍にいられるだけで、私は大希が思っている以上にいっぱい幸せにしてもらってる」


 なんで、そんなに幸せそうな顔を俺に向けてくれるのだろう。

 俺なんて、まだ君に何もしてあげられてないのに。

 だからもし、莉愛が今も十分幸せだっていうのなら、


「莉愛が、これからもずっと俺の傍で笑っていてくれるように、キミを大切にするから」

 そう伝えると、莉愛は悪戯っぽい上目遣いを向けて、身体がぶつかるくらい身を寄せてきた。


「それ……プロポーズしてるみたい、だよ?」


 意図したわけじゃないけれど、確かにそんな風に聞こえる言葉だったかもしれない。

 でも、いつか必ず。


「お母さんたちが言ってたみたいに……いつか、そうなれるといいよね」


 莉愛の目を見て、その言葉に頷いた。

 言葉だけじゃ説得力はないけれど、仕事を持って、家庭を築ける。

 その自信が持てた時に必ず。


「……その時はちゃんと……言葉で伝えるから」


「うん、待ってるから」


 母さんが結婚の話をしたからというのもあるのかもしれないけど、駅に向かいながら俺は将来のことを真剣に考えていた。


 そして、



「……ねえ、大希」


 莉愛を駅まで送り届けて、彼女が改札を通る直前。


「うん?」


「次のデート、いつにしよっか?」


「……そうだな」


 未来を考えることも大切だけど、学生としての楽しめる今だからこそ莉愛と二人で沢山の思い出を作っていきたい。


 今を思い切り楽しむ為に、俺たちは次のデートの約束をしたのだった。

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