第23話 期待、落胆、救いと恋の入学式

     ※


 高校の入学式。


 新しい始まりの日。

 私は学校という場所に、すごく期待しているわけじゃないけど……それでも、少しだけでも、何かが変わるかもしれない。


 多分、私だけじゃなくて、入学生全員が多かれ少なかれ、きっと同じ想いを持っているだろう。

 

 でも、結局は何も変わらない。

 時間は淡々と進んで、高校入学初日はあっという間に終わってしまった。

 これも多分、みんな同じだったと思う。


 だけど、期待とは裏腹によくないことは起こるもので……。


「ねえ、新入生だよね。

 この後、遊びに行かない?」


「不安なこととか、色々と教えてあげるからさ」


 学校から帰る途中で先輩たちに声を掛けられた。

 下級生なら断れないからと、最初から狙っていたんだと思う。

 でも、初めて会う男の人に突然誘われるなんて、大抵の女の子からしたら怖い気持ちのほうが強い。

 だから、上手く言葉を口にできなくて、


「……」


 私は何も答えず、黙って立ち去ろうとしたんだけど……それがよくなったのだろう。


「おい、待てよ。

 シカトすんなって」


「ちょっと顔がいいからって調子のんなよ」


 苛立ちを隠そうともせず、声を荒げて、彼らは私の肩を掴んで無理やり引き留めてきた。


「っ……は、離して、ください」


「あ、怖がってんの? 可愛い~」


「女の子はツンツンしてるよりも、もっと従順なほうがいいって」


 肩を抑えつける手の力が強くなる。

 痛みと恐怖で声が出さない。


「ね、だから遊び行こうよ」


「そうそう遠慮しなくていいからさ」


 二人の男性が私を囲むように立って逃げ道を塞ぐ。

 そして肩に腕を回してきた。


「や、やめっ……」


「いいじゃん、いいじゃん、ほら行こうよ」


 拒否しても、私の感情なんて無視される。

 周囲にいる人と目があった。

 でも、見て見ぬふりをして背中を向けていく。


(……ああ、そう、だよね)


 誰かが、助けてくれるなんて。

 そんなこと考えてしまう私が甘かった。

 自分でなんとかしないと。

 だけど、どうしたら――焦燥感と不安で心が押し潰されてしまいそうになっていた。

 そんな時だった。


「――あの、嫌がってますよね、その子」


 それは誰に向けられた言葉だったのか、最初はわからなかった。

 だって、自分でなんとかしないとって、思ったばかりだったから。


「だから、やめてあげてください」


 そう言ったのは、同じ学校の制服を着た男の子だった。


「あん? なんだテメぇ?」


「同じ制服ってことは後輩だよな? ……舐めたこと言ってんじゃねえぞ」


 自分たちの邪魔をされてさらに苛立ったように、彼らは男の子を睨みつける。

 一瞬、男の子と目があって、優しく微笑んでくれた気がした。

 そして再び彼は上級生に目を向ける。


「舐めたことなんて言ってません。

 ただ、人が嫌がってることをしないっては常識ですよ?」


「後輩が偉そうに言ってんじゃねえよ」


 上級生の一人が彼に詰め寄っていく。


「先輩こそ……だせぇ真似すんなって言ってんのがわからないんですか?」


 でも、それでも一歩も引くことはなく立ち向かってくれた

 一歩間違えたら、彼に危険が迫ってしまう。

 私はそれがイヤだった。

 だってこの人は私を助けようとしてくれたんだから。

 それはどれだけ勇気がいる行為だったのだろう。

 きっと簡単に出来ることじゃない。

 私だったら、きっと出来なかった。

 だから――そんな彼の善意を踏み躙ってしまうのだけは――絶対にイヤだ。


「――た、助けてください!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出た。

 すると、近くにいた人たちの視線が一斉に向いた。

 騒ぎは一瞬で大きくなっていく。


「お、おい、やばくねえか?」


「っ……行くぞ」


 すると上級生は逃げるように去っていく。

 さっきまで私は諦めていたのに、少し勇気を振り絞るだけで、結果が変わってしまった。


「……大丈夫だった?」


 私を助けてくれた彼が、落ち着くような優しい笑みで声を掛けてくれた。


「……は、はい……」


 なのに、呆然としてしてしまって、それだけしか私は言えなかった。

 安堵感からだろうか、自然と涙が零れてくる。


「どうしたの!? どこか怪我でもした?」


「ぁ……違うん、です。

 ごめん、なさい…なんだか、安心して………」


 それから少しの間、涙が止まらなくて……でも、そんな私を見て、彼は落ち着くまで傍にいてくれた。

 なのに、そんな優しい彼に最後まで……私はありがとうを伝えることができていなくて、それは今でも後悔の一つとして残っている。


 それから暫くの間、私は勇気を出すことができなくて、学校で彼を見掛けることがあっても、彼に話し掛けることすらできなかった。


 でも、彼は私に教えてくれた。

 勇気を出せば未来を変えることができるかもしれないということを。

 だから……時間は掛かってしまったけど、勇気を出して一歩を踏み出すことに決めた。 折角、同じ席に慣れたのだから――今しかないって、思ったから。

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