第22話 どこがよかったんですか?

     ※


 家(うち)へ向かいながら、家族の話をする。

 今日、父親は仕事でいない。

 なので、今か今かと待ち構えているだろう母親と妹について軽く伝えているうちに、我が家へ到着した。


「行けるか?」


「うん。いつでも」


 尋ねると、莉愛は即答した。

 覚悟はとっくに決まっていたのだろう。

 莉愛の返事を確認した後、俺は鍵を開いて家の扉を開いた。


「ただいま」


 返事はない。

 いつもなら誰かが飛んで来て「お帰り~」と返してくれるのだが……。


「お邪魔します」


 少し遅れて、莉愛も玄関へ入った。

 家の中はまるで誰もいないような静けさだ。

 俺が家を出る直前まで、家にいたはずなのだが……。


「にゃ〜ん」


 ふと、視線よりも下から鳴き声が聞こえて俺は顔を下げた。


「ジジ……お前は待っててくれたんだな」


 しゃがんで、俺は忠猫の頭を撫でる。

 すると、ジジは気持ちよさそうに目を細めた。


「ぁ……この子がジジくんなんだ」


「莉愛も撫でるか?」


「……いいの?」


 莉愛の瞳は期待に満ち溢れたように強く輝く。

 俺はジジを抱きかかえると、莉愛に向けて差し出した。

 うちの忠猫は、好きにしてくれとばかりに無防備な姿を晒している。

 そんなジジに、


「にゃ〜ん、にゃん、にゃ〜ん」


 莉愛は猫語で話し掛けながら,にゃんにゃんと手を動かして挨拶をする。

 って、いやいやそれ可愛すぎますからね莉愛さん!

 そんな無防備に、美少女がにゃんにゃんって……他の男には絶対に見せたくない光景だった。


「にゃ〜?」


 彼女の言葉が理解できなかったのか、ジジは不思議そうな鳴き声を上げて、首をちょんと曲げた。

 そんなジジの姿を見て、我慢できなくなったのか莉愛が手を伸ばして――優しく頭に触れる。


「可愛い……それに、あったくて……すっごくもふもふ……あ〜幸せぇ……」


 ジジを撫でながら、莉愛はこれまで見たことのないような、蕩けてしまうんじゃないかというほど頬を緩めている。


(……っ……可愛いのは莉愛のほうだ……)


 口にはできないけど、普段は見れない莉愛のデレデレとした顔に俺は目も心も奪われてしまった。


「……ねえ、大希……ジジくんのこと、だっこしてもいい?」


 ナデナデだけでは物足りなくなってしまったのだろう。


「いいか? ジジ?」


「にゃ〜」


 それは、もちろん……という快い返答だと受け取って、俺は抱えていたジジを莉愛に手渡した。


「ぁ……ああぁ〜〜すごい! すごい! あったかい……それに大人しくて、可愛い……」


 幸福感に溢れたような、ご満悦な表情を莉愛は浮かべたのだった。


     ※


 それから少しして、


「莉愛……とりあえず、居間で待とうか」


「ぁ……うん。

 ごめん……ジジちゃんが可愛すぎて、夢中になりすぎちゃった」


 ジジを可愛がること数分。

 俺たちはリビングへ入った――すると、


「いらっしゃ~~~~~~~~~い♪」


 俺たちを歓迎する甲高い声音と共に、突然、パァン――と、何かが割れるような音が響いた。

 それがクラッカーの音だとわかったのは、俺たちを歓迎するようにひらひらと紙ふぶきが舞っていたからだ。


「……なんだ、これ?」


 状況を飲み込めず、思わず疑問を口にしたのは俺だ。


「何って、だーちゃんの彼女さんが来るって言うから歓迎しようと思ったんじゃない。

 それで~~~こちらが?」


 母さんが俺の少し後ろに立っていた莉愛に、窺うような視線を向ける。

 すると莉愛は一歩前に出てその場でお辞儀をした。


「お母さん、それに杏子ちゃん。

 初めまして……七海莉愛です。

 大希さんとお付き合いさせていただいてます」


 大希『さん』――と、慣れない敬称で言われて、一瞬戸惑ってしまう。

 だが家族に向けてなので、二人きりの時よりも畏まっているのだろう。


「莉愛ちゃん!

 だーちゃんから聞いてるよ~。

 さぁ、座って座って……ご飯まだよね?

 一緒に昼食にしましょ」


 母さんに促されるままに俺たちは椅子に座った。

 いつの間に準備したのか、机には豪華な料理が並んでいる。


「嫌いな物はないかしら?

 もし食べられない物があったら遠慮なく言ってね」


 割り箸を渡しながら、母さんが気遣うようにいった。


「はい……ありがとうございます」


「じゃあ、いただきましょうか」


 四人で食卓を囲み食事が始まった。

 一見、穏やかなムードで食事が進んでいるが、気になるのは先程から妹が何も話さないことだ。

 ただ、じっと莉愛のことを観察している。


「莉愛ちゃん……料理はどう?

 口に合うかしら?」


「はい。

 すごく美味しいです。

 あの……これはお母さんが?」


「そうよ~。

 口に合ったならよかったわ」


「はい。

 あの……大希さんの料理と味が似てて……。

 彼が料理上手なのはお母さん譲りなんですね」


「え……莉愛ちゃん、大希の料理を食べたことがあるの?」


「はい。

 学校で……お弁当を交換したことがあって」


「そ、そう……お弁当の交換を……。

 あの、莉愛ちゃん……聞いてもいいかしら?

 だーちゃんとは、いつからお付き合いを?」


「母さん……そんなこといいだろ?」


 思わず止めに入ったが、


「いいじゃない。

 ど~せ、だーちゃんはゆーちゃんに何も教えてくれないんだから」


 俺から聞けないからこそ、莉愛からあれこれと聞きたいようだ。


「あの……大希とはまだ付き合い始めたばかりで……」


「あら、そうなの。

 じゃあ……キスは、まだ?」


「ぇ……!?」


 予想もしていなかった質問で、俺も直ぐに反応できなかった。

 莉愛も直ぐに返事はできなかったようだが、その代わり頬が真っ赤に染まっている。


「あ、あの……唇じゃなくて、頬に……」


 莉愛!?

 そんなこと律儀に答えなくても!?


「ああ……頬……なのね」


 母さん、なんであんたがほっとしてるんだ!?


「告白はどっちから?」


「……え、えっと……大希さんから、告白してくれました」


「だーちゃんが!? あのだーちゃんが、告白を……!?」


 そんなに意外か!?

 いや、だが改めて考えてみると、自分でも意外ではあるんだけど。


「でも……好きになったのは私が先です」


 不意に告げられた言葉。

 だけど聞いてしまったからこそ意識してしまう。

 莉愛が俺を好きになった理由。

 もしその明確な理由があるなら、気にならないと言えば嘘になる。


「あの……」


 今まで黙っていた妹が唐突に口を開いた。


「莉愛さんは……兄貴のどこがよかったんですか?」


 おおおおおおおおおおいっ!?

 会話の流れとはいえ、この場でそれを聞くのか!?


「ぁ……それは……」


 莉愛が一度、俺を見た。


「答えられないんですか?」


「ううん。

 そんなことないよ。

 でも……それは大希さんにも話したことがなかったので……」


 言って少しの間の後、


「もう一年くらい前の話です」


 その時の話を思い出すように、ゆっくりと話し始めた。

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