第20話 彼女がくるんだけど

     ※


 結局、俺は悩んだ末に、莉愛を家族に紹介する――そう決断した。

 夕食を作り終えた頃には母親が帰宅した。

 これは天の思し召しか。

 今、食事を一緒にしながら伝えろということかもしれない。


「だーちゃん、今日も食事の準備ありがとね」


 テーブルに料理を並べていると、母さんがニコニコと嬉しそうに感謝の言葉を伝えてくれた。

 一見、杏子と並んでいると姉妹に見られるほどに若く見えるこの人が、俺たちの母親の由希子だ。

 ちなみに職業不詳。

 尋ねても教えてくれない。

 スーツを着ていることから、堅気な仕事であるのだろうとは思うけど、こんなのんびりした母がしっかり仕事できているのか……というのは長年の謎だ。


「いや、好きでやってるだけだから」


「ゆーちゃんは、いい息子を持てて幸せ~」


 ちなみにうちの母親は自分をゆーちゃんと呼ぶ。

 少し幼いでも、ゆったりした口調も相まって、自分の母ながら見た目だけは年齢不詳の美魔女だ。


「お母さん、あたしはどうなのよ?」


「勿論、あーちゃんも可愛い娘よ」


 言って、母さんは杏子の頭を優しく撫でる。

 すると杏子は気持ちよさそうに目を細めて満足そうに笑った。


「じゃ~、食べましょうか」


 母さんが言って、俺たちは「いただきます」と手を合わせた。


「おっいし~! この里芋の煮っころがし、最高ね~」


 ちなみにそれは昨日の残り物。

 今日は秋刀魚も塩焼きにして、きんびらごほうに味噌汁と、夕食のメニューはシンプルな和食にしてみた。


「兄貴は将来、絶対料理人になるべき!

 人気店で繁盛すると思うな」


「ね~、ゆーちゃん、毎日でも行っちゃうなあ~」


「なら、あたしはウエイトレスしてあげる」


「まぁ、その時はよろしくな」


「看板娘になるから、バイト代は弾んでよね」


 いつもの夕食の時間。

 だが、俺の心中は穏やかではなかった。

 先程から、いつ莉愛のことを切り出そうかということで頭がいっぱいだった。


(……今なら、いいだろうか? それとも父親が帰ってきてからのほうがいいか? だが、もしかしたら帰ってくるのが遅くなるかもしれない)


 父親はトラックの運転手をしている。

 長距離ではないので毎日帰って来られるのは幸いだが、帰ってくる時間は日によって違う。

 物流を支える大切な仕事ではあるが、労働時間が長いので母さんは常に心配していた。 が、そんな母さんに「家族の為なら、こんなの苦労でもなんでもない」と返事をする父親は正に一家の大黒柱だろう。

 実は年収は母親のほうが上らしいが。


「だーちゃん、どうしたの?

 さっきから元気ない?」


 食事が進んでいない俺を見て、母さんが心配そうに声を掛けてきた。


「あ~いや……」


 これは今伝える流れなのだろう。

 そう思い込むことにした。


「明日、彼女が家に来ることになった」


 さらっと伝えると、母親と妹は食事の手を止めた。

 動揺しすぎたのか妹は箸からは里芋の煮っころがしを落とした。


「え……?」


 時が止まったように、母さんは口をぽかんと開いた。

 しかも時間が止まってしまったかのように動かない。


「お、お母さん、今彼女って、彼女って聞こえなかった!?」


 先に意識を戻した杏子が母さんの方を揺さぶる。

 すると母さんもはっとして、杏子を見つめた。


「そ、そう聞こえたよね?

 でも勘違いかもしれないから……だーちゃん、もう一回言ってくれる?」


 そんなに驚くことなのだろうか?

 それとも冗談だと思われたのか?

 確かに生まれてから今まで、彼女なんて連れてきたことはなかった。

 が、今回ばかりは何度聞かれても答えは変わらない。


「……明日、彼女が家に来ることになった」


「あ……あ~……」


 バタン――と、全身に力が入らなくなってしまったみたいに、母さんがバタンと崩れ落ちる。


「お、お母さん!?」


 そんな母さんを杏子が慌てて支えた。


「ちょっと兄貴!

 そんな質の悪い冗談言うから、お母さんが驚いちゃったじゃん!」


「いや、冗談じゃないから!

 明日本当に彼女が遊びに来る!」


「……だ、だーちゃんに、彼女……彼女が……」


 母さんが、うなされるみたいに呟いた。


「あ、兄貴……怒らないで聞いてほしいんだけど……騙されてるんじゃないの?」


「騙されてないから」


「……ほ、ほんとう?」


 母さんと妹の心配そうな視線が俺に突き刺さる。


「そこまで心配されるほど俺はモテなそうなのか!?」


「そういうわけじゃないの。

 だーちゃん、すっごくカッコいいから……顔目当ての悪い女の子に捕まっちゃうんじゃないかって心配なの!」


 自分の子供だからって贔屓目で見すぎだろ!?

 うちの母には俺がどういう見た目に映ってるんだ!?


「そうだよ兄貴!

 小学校の時も、中学校の時も変な女に言い寄られてたじゃん!」


 言い寄られてないだろ。

 うちの妹にはどうしてそう見えてたんだ!?


「もう少し俺の判断を信じてくれ」


 まぁ、実はこんな感じになるんじゃないか? というのは予想していた。

 うちの家族仲が良い。

 それ自体はいいことだが、問題なのは家族として溺愛されているというレベルだ。

 多分、俺が本当に騙されていると思っているのだろう。

 とはいえ、仮にもし妹に彼氏ができたなんて話を聞いたら、俺も同じことを言ってしまうかもしれないが……って、あれ?

 俺も二人のことを悪く言えたものじゃないかもしれない……が、今はその話は置いておこう。


「……本当に彼女さんが来るの?」


 再度、母さんからの確認。


「ああ、明日の昼過ぎくらいに遊びに来ると思う」


「わかりました。

 ならゆーちゃんも覚悟を決めるわ!

 それで……その子がだーちゃんに相応しい子なのかどうか、しっかり見極めてあげるんだから!」


「お母さんの言う通りね! あたしも同席するから! 兄貴に彼女なんてまだ早いんだからね!」


 謎の結託感を出す母妹おやこを見て、俺は少しだけ頭が重くなる。


(……部屋に戻ったら、莉愛に説明しておこう)


 それから、あっという間に時間が過ぎて、気付けば朝を迎えていた。

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