第19話 あってもいいの!?

     ※


 あれから、ぼんやりしながら家に帰った。

 そして家に帰って部屋のベッドに転がってからも、この夢を見ているような気分が醒めない。

 その理由はわかっていて、


(……あれって、キス……されたんだよな?)


 思い返すと頬が熱くなってきた。

 完全に不意打ちで、一瞬の出来事だったのに、莉愛の一挙手一動足から去り際の表情まで、全部覚えている。

 俺に見せてくれた照れた頬、優しい微笑、こんなに可愛い子が、俺の彼女だなんて今も信じられない。


 だけど、今も莉愛の唇の感触だけは生々しく残っている。

 胸が早鐘を打つ。

 喜怒哀楽の喜びと楽しさが狂喜乱舞して、叫び出したい衝動に駆られていた。

 だが、流石に母親と妹がいる自宅で叫ぶわけにもいかず。

 咄嗟に俺が取った行動は、ベッドの上で俯せになって少しでも湧き上がる言葉にならない衝動を発散させようと、ジタバタすることしかできなかった。


「……兄貴、何してるの?」


 突然、声が聞こえて、暴れていた身体が硬直した。

 言い訳すらも思い浮かばず、とりあえず制止する。


「……兄貴、何してるの?」


 ループ!

 答えられずにいると、もう一度声の主が同じトーンで同じ言葉を投げ掛けてきた。


 このまま黙っていればなかったことになるのでは?

 

 そんな甘い考えも脳裏に過ぎったが、


「……兄貴、何してるの?」


 流石に三度目のループで俺は諦めた。

 そして、何事もなかったようにベッドから身体を起こす。


「……杏子(あんず)……部屋に入る時はノックしてくれ」


「したから。

 でも、反応がなくて心配だったから開いたの……ねえ、兄貴」


「な、なんだ?」


 神妙な顔で俺を見つめる杏子の表情に気まずさを覚えて、逃げるように目を逸らす。


「悩みがあるなら、あたしでよければ聞こうか?」


「ないから! 全くないから!」


 なんだかとんでもない勘違いをされている気がして、大慌てで否定した。


「なら、いいんだけどさ……でも、あたしも話を聞くくらいのことは出来るから……あまり、ストレスとか溜めちゃダメだよ?

 あ、そうだ! ジジに癒やしてもらったら?

 居間にいるから連れてこようか?」


 うちの妹は、兄のことをどういう目で見ているのだろうか?

 と、ちょっと心配になってしまった。


「とにかく俺は大丈夫だから。

 で……何か用事でもあったのか?」


「あ、そうだ。

 お母さんがご飯出来たから呼んで来いって」


「もう、そんな時間か」


 帰ってきてから、随分と時間が経っていたみたいだ。


「わかった。

 直ぐに……」


 って、ちょっと待てよ。

 明日は莉愛が家に遊びに来る日だ。

 そのことをまだ両親にも、杏子にも伝えていなかった。


「どうしたの、兄貴?」


「……あ、いや……直ぐに行くから、先に行っててくれ」


「うん……じゃあ、待ってるから」


「ああ、ありがとな杏子」


 俺が感謝を伝えると、杏子は少しだけ安心したように優しく笑って部屋を出て行った。

(……さて、どうする?)


 いや、どうするも何も、「彼女が来るから」と伝えるしかないのだけど。


(……絶対、騒ぐよなぁ……)


 あれこれ詮索しようとしてくるかもしれない。

 何せ俺が『彼女』を家に連れてくるなんて初めてのことなのだから。


(……明日だけはどこかに出掛けてもらうか? それとも……莉愛のことを紹介したいと言うべきだろうか?)


 いや、まずは莉愛に聞いたほうがいいかもしれない。

 最初、家に遊びに来ると話した時は、まだ莉愛はクラスメイトで『友達』だった。

 だけど今は『彼女』になったわけで……いきなり親や妹に会うというのも気まずいかもしれない。

 自分の身になって考えても、どうやって挨拶したらいいかとか……悩むだろうからなあ。

 そう思い俺はスマホを手に取った。


『莉愛……ちょっといいか』


 トークアプリを立ち上げてメッセージを送信する。


『どうしたの?』


 と、直ぐに既読が付いて、返信があった。

 あんなことの後だけど、普通にメッセ―ジをくれたことにまた安心する。


『明日のことなんだけど……親と妹には出掛けてもらったほうがいいかな?』


 俺がメッセージを送ると、また直ぐに既読が付いた。

 だけど、今度は中々メッセージが帰ってこない。

 そこからさらに少し待つと、


『それって、二人きりのほうがいいか……って意味?』


 うん?

 二人きりのほうが……って、ちょっと待ってくれ。

 これは読み取り方によっては、下心があるみたいに思われないか?


『あ、いや……下心とかあるわけじゃないぞ。

 いきなり親に挨拶するのとか気まずくないかと思ってさ』


 意志でメッセージを返信した。

 すると、また少しだけ間があった後に、


『……下心、あってくれてもいいのに』


 え?

 思考が停止してしまう。

 下心があってもいって……それは……明日、その……そういうこと、か?

 いや、待て、待ってくれ。

 それこそ唐突過ぎるというか。


『私はどっちでもいいよ。

 大希のご家族に挨拶もしたいから』


 俺が悩んでいる間に、莉愛から新しいメッセージが届いた。


(……丸投げ!?)


 絶対悩むだろこんなの!?

 今頃莉愛はどんな顔をしているのだろうか?

 悩んでいる俺のことを考えて、もしかしたら笑っているかもしれない。


(……ああああああ~~~~~~)


 そして再び俺はベッドでジタバタしてしまい、心配そうに扉の隙間から俺を覗いて妹をさらに心配させてしまったのだった。

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