第15話 普通の女の子

     ※


(……一体、どうしたんだ?)


 午後の授業中、明らかに七海さんの態度がおかしくなっていた。

 目が会っても直ぐに逸らされる。

 いつもの近過ぎる距離感と違う方向で、七海さんの距離感がバグっている感じがする


(……確かめるなら、今のうち……だよな?)


 そう思って授業の合間に声を掛けようとしたが、七海さんは直ぐに席を立ってしまった。

 明らかにこちらを避けているような気がする。


(……何か気まずくなるようなことがあっただろうか?)


 その七海さんの挙動不審な態度はずっと続き、気付けば放課後になっていた。


(……ここで話が出来ないと、絶対に気まずい)


 だから、


「七海さん、ちょっといいか?」


 逃げられる前に、彼女を引き留めようと手を伸ばした。

 が、逃げるように七海さんは教室を出て行ってしまった。


(……これ完全に避けられてる!? 俺、何か彼女を怒らせるようなことしたか?)


 少し考えてみたが、全く検討が付かなかった。

 追い掛けるべきだろうか。

 だが、無理に迫るのも問題だろう。

 原因がわかれは解決のしようがあるかもしれないが。


「……ねえ」


 声を掛けられて顔を上げると、心配そうな顔をした水月さんが立っていた。


「さっき莉愛りあが廊下を走っていったけど……もしかして何かあった?」


 どうやら飛び出していく七海さんを見て、トラブルがあったのではと思ったのだろう。


「実は……」


 水月さんなら、何か知っているかもしれない。

 縋るような想いで俺は、午後の授業から七海さんの様子がおかしかったことを伝えた。 

 話を聞いていくうちに水月さんの顔があわあわと狼狽えていく。


「……どうかしたのか?」


「そ、その……お、怒らないで聞いてくれる?」


「うん?」


「多分……莉愛の様子がおかしくなったの……私のせい、だと思う」


 気まずそうに、迷いながら、水月さんは口を開いた。


「どいうことだ?」


「……じ、実は……莉愛と授業中にアプリで話してたんだけど……」


「ああ」


「……大希くんが……莉愛のこと好きだと思うって伝えちゃって……」


「は……はああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」


 教室に残っていた生徒の視線が俺に集まった。

 廊下を歩いていた生徒も、どうしたのかと足を止めて様子を窺っている。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「な、なんでそんなこと言ったの!?」


「お……お節介?」


 顎に手を当て、水月さんは首をちょんと右に傾げる。

 だが、七海さんが逃げ去って行った理由はなんとなくわかった。


「それで……変に、意識されてしまったってわけか……七海さんでも、そういう普通の女の子みたいなところ、あるんだな」


「普通のって……はぁ……まだまだダメだね大希くん」


「え?」


 がっかりしたように、水月さんが溜息を吐いた。

 そして、空いていた俺の前の席へと座った。


「莉愛のこと、ちゃんと見てくれてるって思ったのに……それはあたしの勘違い?」


 彼女の真剣な瞳は、俺を見定めているみたいだった。


「莉愛は誰よりも普通の女の子だよ。

 今どきの子にしては、ちょっと純粋すぎるくらいにね」


「……普通の……」


「それは、大希くんだってわかってるんじゃない?」


 言って水月さんは、気持ちがいいくらい満面の笑顔を俺に見せた。


「それは……」


 七海さんなら、こんなこと気にするわけない。

 彼女に対して、そんな勝手な思い込みがあったのも事実だ。


 でも、決して長くはない関係の中で、本当の七海さんが少しずつ見えてきていた。


 美少女だけど、不思議ちゃん過ぎて残念なんて言わているのは、周りが勝手にそんなイメージを彼女に押し付けているだけだって。


「……少し聞いてもいいかな?」


「うん?」


「水月さんから見て、七海さんってどんな子?」


「めっちゃ可愛い! いい子! 気遣い!」


 俺も同意見ではあるが、あまりにも全肯定だった。


「でも……」


「うん?」


「臆病で……傷付きやすいところもある、かな。

 そういう弱いとこ、あるの」


「……そっか」


 そんなの当たり前のこと、だよな。

 誰だってつらい時はある。

 ちょっとした一言で傷付く時だってある。


「な~んて、重く考えないでよね。

 莉愛に限らずさ、あたしだってそうだよ。

 女の子なら、みんなそう。

 好きな人の前だと、特にかもね」


 冗談っぽく言って、水月さんは優しく笑った。


「……二人はやっぱり親友なんだな」


「急にどうしたのよ?」


「七海さんのこと、よくわかってるなって」


「そりゃね。

 中学時代からの親友だから」


 思っていたよりも二人は長い付き合いらしい。


「ま~とにかくさ。

 莉愛は大希くんのこと、避けてるわけじゃないから!

 ……私が原因を作っておいてなんだけど……ちゃんと、莉愛と話してあげて」


「わかってる。

 ……じゃあ、もう行くわ。

 七海さんを追い掛けないと」


「うん! 私からも、莉愛にメッセージ送っておくから」


 その言葉に頷いて、俺は七海さんを追い掛けた。

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