第13話 三人で過ごす昼休み

 教室の男子生徒たちの目線がこちらに向いている。

 その理由は多分、七海さんと水月みつきさんの二人だろう。

 他の高校に行っても、これほどの美少女二人が一緒に過ごす学校は他にないはずだ。


「いただきま~す」


 持ってきたパンを、水月さんがパクッと食べる。

 俺と七瀬さんはお弁当を机に出して蓋を開いた。 


「あ~莉愛のお弁当、今日も可愛い~!

 ねえ、写真撮ってもいい?」


「……いいよ」


 水月さんはスマホを取り出して写真を撮る。


「ありがと。ほ~んと、莉愛って料理上手だよね。

 彼氏になる人、ちょ~幸せものだよ」


「……そんな褒めなくていいから。

 それに……大希のほうが……」


「え? って、はぁ!? そのお弁当、大希くんが作ってるの?」


「そうだけど……変か?」


「変どころか、彩とか綺麗すぎでしょ! 完璧にプロ級で! 食べるの勿体ないレベルだから!」


「褒め過ぎだろ?」


 目で見て楽しむお弁当……なんてものは考えてはいないが、栄養のバランスはバッチリだと思う。


「写真、いい? インスタ上げるから!」


 わざわざお弁当をネットにあげても……と思うが、まあ自分が映るわけじゃないなら構わないか。


「構わないぞ」


「さんきゅ~」


 そして、俺のお弁当にスマホを向けてパシャっと撮った。


「食べて大丈夫か?」


「もち! ごめんね、待たせちゃって」


 念の為、確認を取ってから俺は食事を始めた。

 水月さんはパンを齧りながら、手慣れた様子でスマホの操作を続けている。


「大希……今日も交換する?」


 声が聞こえて、七海さんに視線を移す。


「……なら、俺のも食べるか?」


 俺が七海さんにお弁当箱を差し出す。


「ん。それじゃあ、これ……もらうね」


 すると、少し悩んで七海さんは唐揚げを選んだ。


「大希も好きなのどうぞ」


 続けて七海さんが俺にお弁当箱を差し出す。

 どれも美味しそうだ。

 昨日は卵焼きをもらったが、今日はゆで卵が入っている。

 卵料理はお弁当の定番で俺も好きだが、今日は……。


「……肉じゃが、貰ってもいいか?」


「ぁ……うん。

 昨日の夕飯の残りなんだけど……それでよかったら?」


 七海さんの許可を得て、俺は肉じゃがを貰った。

 そのまま口に運ぶ。

 肉にも、じゃがいもにも、しっかりと味が染みている。

 俺が食べている様子を、七海さんはじ~~~~っと見つめていた。

 味の感想が気になっているのだろう。

 しっかりと噛んでたっぷり味わい、咀嚼する。


「美味し?」


「めっちゃ美味しかった」


 感想を伝えると、七海さんはクールな顔をぱっと輝かせた。


「男の子って、やっぱり肉じゃが好きなの?」


「どうだろうな?

 嫌いって人は少ないと思うけど……」


「大希は好き?」


「ああ、好物の一つだな」


「そっか。

 ……じゃあ、また作ってこようかな」


「……それって俺の為にってことか?」


 普段なら絶対に言わない言葉が自然に口から出ていた。

 だが、答えづらいことを聞いてしまったかもしれない。

 などと気にしていると、


「……」


 言葉の変わりに、七海さんは小さく頷く。

 それはすごく嬉しいはずなのに、次の言葉が出てこなくて、互いにおかしな雰囲気になっていく。


「あ~~~ん、もうなにあんたたち! あたしを尊死させるつもりなん?」


 そんな空気に最初に堪えきれなくなったのは、水月さんだった。

 まどろっこしいとばかりに突っ込みを入れてくる。


「……水月、どうしたの?」


「どうしたのじゃない! 莉愛ちょっとこっちに――って、あ……」


 何かを言おうとした水月さんが、俺たちにスマホを見せてきた。


「見て見て! さっき投稿したお弁当、めっちゃバズってるんだけど!」


「うわっ……すごいね」


「この短時間で、もう3000いいね超えてるよ~!」


「お弁当の写真を載せただけなのに、こんなに見てもらえるものなんだな」


 俺が言うと、七海さんが首を左右に振った。


「だけじゃじゃないよ。

 ……美彩みさはインフルエンサーだから」


「え?」


 思わず水月さんに目を向ける。


「あたし、モデルやってるんだよね。

 雑誌とかCMとかのね」


「芸能人なのか」


「めちゃくちゃテレビに出てるわけじゃないけど、そんな感じ。

 一応、事務所には入ってるよ」


「すごいな……」


 美少女だとは思っていたけど、まさか有名人だったなんて。


「もしかして、七海――じゃなくて、莉愛も事務所に入ってたり?」


「私? なんで?」


「いや……」


 まさか聞き返されると思わなくて、直ぐに返事ができなかった。


「大希くんは、莉愛が可愛いからモデルとかやっててもおかしくないって思ったのよ」


「っ……」


 そんなはっきりと俺の気持ちを読まないでくれ!?

 てか、そんなバレるほどあからさまな顔をしてました!?


「……私……可愛くないよ?」


「いや、それはないだろ」


 七海さんの言葉を俺は即否定した。

 だって、可愛くないわけがないから。


「……大希は、私のこと可愛いって思うの?」


「そ、それは……」


 言葉にすることができず、自分でもそれがもどかしくて、だけど自分の気持ちを伝える為になんとか頷く。


「……そ、そう、なんだ。……ありがと」


 感謝を口にしたけれど、七海さんは俺に見られたくないのか顔を背けてしまう。

 七海さんとのこの微妙な距離感。

 昨日は昨日でおかしかったけど、今日も今日とて距離感が掴めない。

 彼女が何を考えて、俺をどう思っているのか。

 手探りで探そうとして、空気を掴んでしまっているような。


「ぷっ――ちょっと、二人とも可愛すぎでしょ~」


 俺たちの様子を見て、水月さんは我慢できないといった感じで笑っていた。


「……わ、笑いすぎ、だから」


「ごめんごめん。

 莉愛~許して~。

 てか二人、結構仲良くなってんだね」


 水月さんは俺に聞いていた。


「……まぁ、それなり、か?」


「それなりって……もっと自信持っていいんじゃない?

 ね、莉愛?」


「……私は……仲、いいと思ってるよ」


 七海さんは、そんな風に思ってくれてるのか。


「そうじゃなかったら……男の子の家に遊びに行くなんて言わないから」


「え……? ええっ!? も、もうそんな進展してるん!?」


 何かを誤解したのか、水月さんが驚愕する。


「……次の休みに大希の家に遊びに行くことになってて……」


「マジ!? 莉愛から誘ったん?」


「……大希が、遊びに来ないかって」


 いや待って、七海さん。

 猫を見にっていう、大切なところが抜けてるよ!?

 それだと、俺が軟派な感じになっちゃわないか?


「大希くんって、意外と積極的なんだ」


「いや、そ、そうじゃなくて……」


「……ねえ、大希くん……」


 誤解を解く前に水月が俺に近付いてきた。

 そしてこっそりと耳打ちするみたいに、


「もし莉愛とするなら……ちゃんと付き合ってからにしてね」


「は?!」


「莉愛……今まで付き合った人とか、いないから……処女なの」


「っ!? な、なにを……!?」


「だから、傷つけるようなこと、絶対すんなって言ってんの」


 水月さんが俺の目を見る。

 その顔は真剣で、親友として心から七海さんを心配しているのがわかった。


「……約束、ね」


「わかってる」


 七海さんを傷付けるような真似はしない。

 絶対に。


「……うん。いい顔だ! んじゃ、私はそろそろ行こかな。

 二人の邪魔しちゃ、悪いからね」


 それだけ言って台風のように水月さんは教室を出て行った。


「……美彩と、何を話してたの?」


「いや……ちょっとした雑談かな」


 流石にそのまま伝えるのは憚られた。


「……ふ~ん」


 怪しむように、莉愛がジト目を俺に向ける。


「……大希って、美彩みたいなタイプが好きなの?」


「なんでそういう話になる!?」


「仲良さそうにしてたから」


「そうか?」


「……美彩、すごく可愛いもんね。

 明るくて話しやすいし……男の子の憧れみたいな女の子だもん」


「俺は莉愛のほうが、可愛いと思うけどな」


「……っ……」


 動揺したのか、七海さんは言葉を詰まらせた。

 そんな照れる彼女を見て、俺も何も言えなくなってしまう。

 気まずさを誤魔化すように、俺たちはお弁当を食べ始めた。


(……あまり、こいうことを伝えるべきじゃないか?)


 妙な羞恥心に襲われながら、俺たちは昼食の時間を終えるのだった。

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