第8話 二人の帰り道

     ※


 七海さんとの帰り道。

 俺たちはゆっくりとした歩幅で歩いている。

 隣を見ると彼女はまだ、眠そうな顔をしていた。

 気を抜けば、今にも瞼が落ちてしまいそうな感じだ。


「七み――じゃなくて莉愛……大丈夫か?」


「大丈夫……って、何が?」


「まだ眠そうだなって」


「眠いけど……流石に私でも、歩きながら寝ちゃうことはないと思うよ? ……多分」


 そこは自信を持って言ってほしい。

 だが、七海さんなら本気でその場でバタリと倒れて眠ってしまいそうな気がする。

 そんな心配をしながら、彼女に歩調を合わせつつ様子を窺う。

 すると七海さんはこちらの視線に気付いたのだろか、俺に目を向けた。

 意図したわけではないと思うが、その眼差しが少し上目遣いのようになっていて、とても可愛らしい。

 その甘えるような目で俺を見ながら、彼女は何を思っているのだろう。

 そんなことが気になって、俺は自然と口を開いた。


「どうした?」


「今日は大希がいてくれるから、万が一眠っちゃっても大丈夫だなって」


「っ……」


 信頼を寄せる優しい眼差し。

 いつもは気だるそうな表情の七海さんに、ニコッと笑顔の花が咲いた。


「なるべく期待に応えるけど、危ないから寝ないでくれよ?」


「う〜ん? ……出来るだけ、がんばってみるね」


 惚けるみたいな口調で、七海さんは悪戯っぽく笑った。

 色々な表情を見せてくれる七海さんだけど、共通していることが一つある。

 それは、全部可愛いと言うことだ。

 校内一の不思議ちゃんなんて言われていて、人との距離感のバグりっぷりは今日だけで十分実感できた。

 でもそれ以上に、学校一の美少女っぷりも、これでもかというほど感じている。

 今もそうだけど、彼女の一挙手一投足、気付けばその全てを目で追ってしまっているのだから。

 その事実を認識すると、なんだか気恥ずかしくなってきて、


「あ、そういえばさ……」


 俺は誤魔化すみたいに口を開いた。


「……なに?」


「今になって聞くのもなんだけど……莉愛は電車通学でいいのか?」


 ふと気になって尋ねた。

 すると七海さんは、少しだけむっとしたような、拗ねたような顔をして。


「……てか私たち、電車内で何度か会ってるけど?」


「えっ!?」


 あれ?

 そうだったか?

 全く記憶にない。


「まぁ……話したわけじゃないから、覚えてなくても無理はないけど……」


 それなら、気付かない可能性もあるか。

 俺自身、あまり周囲に目を向けるほうじゃないので、そのせいだろう。


「私は気付いてたのに……大希は全然知らなかったんだ」


 七海さんは不満そうに唇を尖らせた。


「ぁ……いや……」


 どう答えたらいいのだろうか?

 思わず返答に戸惑ってしまうが、嘘を吐くわけにもいかない。

 考えていると、七海さんが俺の制服の肩口を掴んで、その場に立ち止まった。

 そんな彼女に合わせるように、俺も自然と足が止まる。


「これからは……電車で会ったら声、掛けてもいい?」


 肩口を引っ張って、七海さんはねだるように言った。


「あ、ああ。それは勿論」


「逆に大希のほうが気付いたら、私に声……掛けてくれる?」


「……莉愛が、迷惑じゃないなら」


 そう約束すると、七海さんは満足したように、子供みたいに頬を緩めて笑った。


「迷惑なわけないじゃん。

 ……約束、だからね」


 俺の返事に満足したのか、七海さんは先に歩き出した。

 どうやら機嫌を直してくれたようだ。


(……よかった。でも……女の子って、難しいな)


 そんなことを思いながら、俺は前を歩く彼女を急ぎ追い掛けるのだった。

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