第6話 放課後は夢の中へ

     ※


 ホームルームが始まって直ぐのことだ。

 隣の席の有馬くんが、机に突っ伏して眠ってしまった。


(……すごい。もう眠っちゃった)


 しかも、ぐっすりと眠っている。

 よっぽど疲れてたのかもしれない。

 授業中、ずっと眠そうだったもんね。


(……いたずら、しすぎちゃったかな?)


 有馬くんにちゃんと授業を受けてほしい。

 その思いは確かにあった。

 でも途中からは、有馬くんの反応が可愛いくて、ちょっとイジメたくなっちゃった。


(……それで、すっかり疲れさせちゃったかも)


 やりすぎ、だったかな?

 嫌だったかな?

 嫌われたり、してないよね?

 ちょっとだけ、不安になってしまう。

 有馬くんは優しいから、我慢させてしまったかもしれない。


「では、今日はこれで終わりだ。――日直」


「起立、礼」


 お疲れ様でした。と、クラスメイトたちが一斉に教室を出ていく。

 最初は数名残っていた教室も、次第に一人、また一人と減っていった。


「莉愛、帰らないの?」


「彩ちゃん」


 学校で、たった一人の親友が声を掛けてくる。

 でも、私の隣の席で眠る有馬くんを見て、彩ちゃんは何かを察したみたいにニヤッと笑った。

 そして、バイバイと手を振ってこの場を去っていく。


(……彩ちゃん、なんだか変に気を遣っていたような?)


 でも、残っているのはこれで、


「……私たち、だけだね」


 机に顔を向けて眠る彼に、そっと囁く。

 すると、彼がもごもごと動いて、顔がこっちに向いた。

 すやすやと眠る有馬くんの顔は、安らかそうで、優しい顔立ちがさらに優しく見えた。

(……こんな顔見せたら、起こすのが可哀そうに思えてきちゃう)


 どうしよう?

 ずっとこうしてるわけにはいかない、よね?


(……優しく声を掛けるくらいなら、大丈夫……かな?)


 ゆっくりと彼に近付いて、


「……大希、もう放課後だよ」


 右耳の耳元で優しく囁く。

 このくらいなら、有馬くんもびっくりしないと思うから。


「もう、みんな帰っちゃってるよ?」


 有馬くんは全く起きる気配がない。

 少し、優しすぎるのかな?

 でも、あまりびっくりはさせたくない。

 どうしようかと考えていたら、ふと閃いた。

 これならきっと優しく、びっくりさせずに、彼を起こせる。

 もう一度、口を耳元に近付けて――


「大希……起きて……ふぅ~ふぅ~……ふぅ~ふぅ~」


 耳に息を吹き掛ける。

 これなら、耳元でしてもびっくりしないよね。


(……ぁ……ちょっと反応、あったかも)


 有馬くんの身体がピクっと震えた気がした。

 この調子ですれば……起きてくれるかな?


「もう一回、いくよ?

 ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ~ふぅ~……」


 少しリズムを変えて、息を吹きかけてみる。

 すると、有馬くんはもどかしそうに、身体を左右に揺らした。

 そして、もぞもぞと顔を動かした。


「逃げるなら……今度は反対の耳にしちゃうよ?」


 私は少しだけ場所を移動して、


「いくよ……ふぅ~……ふぅ~……ふぅ…ふぅふぅ……ふぅ~」


 左耳を責めていく。

 やっぱり息を吹きかけられるのはもどかしいのか、有馬くんはもぞもぞと身体を揺らした。


(……でも、やっぱり起きないみたい。

 これくらいじゃ、ダメ……なのかな?

 でも、あまり大きな声でおこしたくない)


 どうせなら、幸せな気分のまま、目を覚ましてほしい。

 だって、こんなに気持ちよさそうに眠ってるだもん。


(……もう一度だけ、してみて……ダメなら起きるのを待てばいい、よね?)


 そう決めて、最後にもう一度だけ。


「大希……起きて。

 起きてくれないなら……もっとびっくりするいたずらしちゃうよ?」


 やっぱりこのくらいの囁き声じゃ、起きてくれないみたいだ。

 なら、


「ふぅ~……ふぅ~ふぅ~~~~~ふぅ~~~~~ふぅ~~~~~~っ」


 優しく、長く、左耳の億に残るように、息を吹きかけていく。


「んっ……」


 有馬くんの口から声が漏れた。 

 起きてくれそう、かな?

 そう思って様子を窺ってみたけど……。


(……ダメ、みたい)


 今までの中で、一番強い反応があったと思うけど。

 これはもう、諦めるしかなさそうだ。


(……まあ、これはこれで、いいか。

 私も有馬くんの寝顔、もうちょっとだけ見ていたいから)


 ずっと、このまま二人きりで、あなたの寝顔を独り占めできたら。

 きっと私はそれだけで、幸せな気持ちに浸っていられる。


(……いい夢を、見てるのかな?)


 椅子に座って、眠る有馬くんを見つめながらそんなことを思った。

 窓から暖かい夕日が差し込む。

 ポカポカした陽気は、眠気を誘ってくる。


(……なんだか私も、眠くなってきちゃった)


 今なら、なんだかいい夢が見られそうだ。

 

(……少しだけ、少しだけ眠ったら、有馬くんを起こそう)


 だから今だけは、私も一緒に……。

 有馬くんの寝顔を見つめながら、私の瞼は重くなっていく。

 そして……意識は深い場所に落ちていくのだった。

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