第4話 屋上でご飯

「……え?」


「?」


 戸惑う俺を見て、七海さんはちょんと首を傾ける。

 そしてもう一度、あ~んと口を開いた。

 えっと……つまりこれは――


「……食べさせろって、こと?」


 小さく、だが七海さんは確かに首を縦に振った。

 どうやら、本気であ~んをお望みらしい。

 お弁当の交換までならいい。

 でもこれは、恋人にやってもらうべきことなんじゃ――


「あ~ん」


 痺れを切らせたように、七海さんが声に出して催促した。

 お腹が空いた、早く食べさせて欲しいと、彼女の瞳が語っている。

 もう覚悟を決めるしかない。

 ミニハンバーグを箸で掴み、


「……あ、あ~ん」


 俺は七海さんの口にハンバーグを運んだ。

 すると、パクッ――と、七海さんがお箸の先まで唇でつまむようにして、ハンバーグを口に入れた。

 なんだか大仕事を終えたくらい、俺はほっとしてしまう。


「んっ……もぐっ……もぐっ…んっ……もぐっ……」


 もぐもぐと、ハンバーグを味わうように噛み締める。

 ゴクン――と、七海さんの喉が動いた。


「大希のハンバーグ……すごく美味しい」


 夢見心地の表情で、幸せそうにとろんとした顔をした。

 するとまた、俺の心はほっこりと温かくなっていく。

 ミニハンバーグ一つで、七海さんのこんな顔が見れるなんて、なんだか得した気分だ。


「もう一つ、食べるか?」


「……でも、大希のぶんがなくなっちゃう」


「また作ればいいから」


「え……これ、大希が作ったの?」


「ああ」


「――すごい! 料理上手なんだね」


 再び七海さんが、ぐっと距離を詰めてくる。

 目がキラキラと光って興味津々という様子だった。


「まぁ……料理は趣味、だからな」


 と言っても、あまり周りに食べてもらったことはない。

 両親と妹くらいか。

 でも、七海さんに喜んでもらえたなら嬉しい。


「……こんなに料理上手だと……私のお弁当、食べてもらうの恥ずかしいかも」


 なぜか七海さんが落ち込んでいるように見える。


「どうして?」


「だって……こんなに美味しく作れてないから」


「そうかな?

 七海さんのお弁当も、どれも美味しそうだけど」


「……ほんとに、そう思う?」


 上目遣いで、窺いを立てるような眼差しを向けられる。


「本当に」


 不安そうな彼女を慰めたくて、俺は即答した。

 でも、七海さんのお弁当は間違いなくどれも美味しそうだ。


「じゃあ……食べて、くれる?」


「もちろん」


 七海さんのお弁当に箸を向ける。

 だが、


「なら……あ~ん、して」


 卵焼きを箸で掴んで、俺の口元に向けた。


「っ……!?」


 なんでそうなる!?

 いや、俺もあ~んさせたわけだけど、今度は俺が七海さんに食べさせて貰えと!?


「……早く、あ~ん」


「あ、あ~ん……」


 観念して、口を開いた。

 卵焼きが口の中に入ってくる。

 もぐもぐ……と、噛み締める。

 その間も、七海さんは俺を気にするように、じっと見つめる。

 感想を聞きたいのだと思う。

 でも、胸が熱い。

 緊張? 照れ? なんだろうか?


「どう?」


「ぅっ!?」


 身体が触れてしまいそうなくらい、七海さんが近付いてきて俺は思わず身を引いた。


「もぐっ……もぐっ……」


 美味しい。

 きっと、この卵焼きは美味しい。

 口の中にほんのりと甘さが広がって、でも甘すぎるわけじゃなくて。

 これなら、何個でも食べられそうだ。

 お弁当のおかずとして最適な一品。

 でも、それよりも、こんな美少女が俺に身を寄せてくれる状況に……俺は困惑して味を楽しむどころではなくなっていた。


「……美味しく、ない?」


 いやいや、そんなわけない。

 仮に、仮にだ。

 この卵焼きがどれだけ不味かったとしても。

 この世の中に存在する男が、この卵焼きをマズいなんて言うわけない。

 美少女――それも七海さんが作って食べさせてくれる卵焼きというだけで、世の男にとって価値があるのだから。


「……もう一個、食べてもいい?」


 でも、緊張しすぎて味に集中できなかったので、もう一つもらたい。


「ぁ……うん。いいよ、大希が食べたいなら、いっぱい食べて」


 もう一つ食べたい。

 その言葉が、美味しいの答えだと七海さんは思ったのだろう。

 でも、ただそれだけのことで、普段はクールな七海さんが、ただの女の子みたいに、満面の花を咲かせて笑う。


(……ああ、こんな顔をされたら、ちゃんと答えないといけない)


 誠意を持って。

 でも、あ~んをされるのは、やっぱり慣れない。

 だから目を閉じて、味に集中する。


(………………うん、やっぱり……美味しい)


 さっき感じた味は間違っていなかった。


「何度でも食べられる。

 それくらい美味し――」


 言いながら目を開いた。

 瞬間――


「ぅ!?」


 七海さんの顔が目の前にあった。

 吸い込まれそうな深い色の瞳に見つめられて、目を離せなくなってしまう。

 同級生に対して過大すぎると思われたとしても、七海さんは男の理想を体現したような美少女だから……夢を見ているような気分になってしまった。


「ぁ……起きた」


「え?」


「目を閉じて、難しい顔……してたから」


「あ、ああ……いや、大丈夫、なんでもない。

 卵焼き、美味しかったから、ちゃんと味わってただけで」


「そっか。

 そんなに気に入ってくれたの?」


「ああ。

 莉愛は料理上手だと思う。

 他のも食べてみたくなった」


「そっか……なら、これから毎日、お弁当の交換こ……する?」


 毎日って、これが明日以降も続くのか!?

 俺の心臓は持つだろうか?


(……というか、なんで七海さんは俺にこんなに話し掛けてくるんだ?)


 興味を持っている理由が、何かあるのだろうか?


「イヤ?」


「……嫌じゃ、ない」


「そっか……よかった。

 なら明日もまた、一緒に食べよ。

 今日よりも頑張って、作ってくるから」


 俺に対する興味の理由。

 それは気になったけど、今はまあ……七海さんが嬉しそうだから、それでいい。


「なら俺も、もっと美味しいの作ってくるから」


「うん。楽しみにしてる」


 こうして、二人だけの幸せな昼食の時間が過ぎていくのだった。

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