第3話 七海さんのいたずら

 午前の授業が終わって昼休み――なのだが、じ~~~~~~~っと、隣の席の少女がなぜか俺を見つめている。


「どうしたんだ?」


 その圧に堪えられなくなって、七海さんに声を掛けた。

 すると、


「お昼、どうするのかなって」


 なぜ、そんなことを聞かれるのだろうか?

 不思議に思ったが、俺は流れのままに口を開いた。


「弁当、持ってきてるけど?」


「……そっか。じゃあ、さ……一緒に食べない?」


 え?

 一緒?

 って、昼食を?


「って、俺と七み――莉愛が……?」


「うん」


 淡々と言いながら七海さんは頷いた。

 表情の変化が薄く、何を考えているのかわからない。


「イヤ?」


 七海さんが小首を傾げる。

 すると、長い髪がさらっと揺れた。

 その何気ない仕草に、思わずドキっとしてしまう。


「嫌じゃないよ……でも、友達と食べたほうが?」


「……今日は、大丈夫」


「今日は?」


 友達が学校を休んでいるのだろうか?

 でも、わざわざ詳しいことを聞くのも、変かもしれない……なんて悩んでいると、


「ぁ……」


 七海さんのお腹が、きゅぅ……と可愛いらしい音を立てた。


「聞こえ、ちゃった?」


 聞かれて、俺は誤魔化すように目を背ける。


(……って、これじゃ聞こえてたって態度で示してるようなもんだろ!?)


 微妙な空気の中で七海さんの顔を見る。

 恥ずかしそうに、頬を赤く染めていた。

 流石の七海さんも、今のは恥ずかしかったらしい。


「……やっぱり、聞こえちゃったんだ」


「ぅ……」


 照れている七海さんを見ていると、不可抗力のはずなのに罪悪感が芽生えてくる。


「……許して、ほしい?」


「え……こ、これ、許してもらわないといけない話なの!?」


「……だって、私の恥ずかしい音……聞いたでしょ?」


 言いながら、七海さんが赤くなった顔を俺に近付けてくる。

 そしてまた、じ〜〜〜〜〜っと俺を見つめてきた。


「っ……ぅ……わ、わかった!

 聞いた……じゃなくて聞こえたのは認める。

 俺が悪かったから!」


 七海さんの圧に屈して、罪を認めて許しを請う。


「じゃあ……許してあげる代わりに、屋上、行かない?」


「わ、わかった」


 流れのままに俺は頷き立ち上がった。

 って、なんで屋上?

 などと疑問に思いながらも、俺は七海さんを追って屋上へ向かった。

 そして……。


     ※


 屋上に着いた俺は今、ベンチに座っていた。

 しかも、隣には学校一の美少女と言われる七海さんが座っている。


(……どうしてこうなった!?)


 しかも、あまりにも距離が近い。

 さっきから肩が触れていて、気になって仕方がない。

 せめて一人分くらいは間隔を空けてもいいと思うのだが、俺が距離を取ろうとすると、七海さんがその分、距離を縮めてくるのだ。

 気付けば、ベンチの端まで追いやられてしまった。


(……いやいや七海さん、これ完全に恋人の距離感ですよ!?)


 心の中で訴えたが、七海さんは動揺する俺を見て、微笑を浮かべた。

 そして、七海さんは、自分の膝の上に小さなお弁当を置いた。


「食べよ」


「……そう、だな」


 緊張していても仕方ない。

 今は昼食を楽しもう。


「いただきます」


「いただきます」


 二人で手を合わせてから、お弁当箱を開いた。

 すると、七海さんはじ~~~~~っと、俺のお弁当を見つめてくる。


「ぁ……大希のお弁当、美味しそう」


「そうか?

 莉愛のお弁当のほうが、すごく美味しそうだと思うけど?」


 彼女のお弁当箱は小さいが、からあげや卵焼きなどお弁当の定番が可愛く収まっている。


「なら……好きなのあったら、交換しない?」


「ぇ……俺と莉愛のおかずを……か?」


「ダメ……?」


 いや、ダメではない。

 友達同士なら定番だろうけど……異性相手だとどうなんだ?


(……いや、そもそも変に意識しすぎるのがよくないよな)


 あくまで友達としてこのくらいは当たり前のこと。

 そう割り切って、


「何か食べたいのはあるか?」


 俺が聞くと、


「えっと……」


 じ~~~~~っと、七海さん視線がミニハンバーグに向いていた。

 目は口ほどに物を言うなんてことわざがあるけど、彼女の気持ちが簡単に読み取れてしまう。

 表情に出づらいだけで、俺が思っている以上に七海さんは感情表現豊かなのかもしれない。


「……ミニハンバーグ、もらっていい?」


 答え合わせのように、七海さんが返事をする。


「もちろん」


 俺は頷き七海さんにお弁当を箱を差し出した。

 

「ありがと、大希は?」


「俺は……卵焼き、もらおうかな」


「ん。交換成立」


 言いながら、七海さんの頬が緩んだ。

 その笑顔は表情にはっきりと出ているわけじゃない。

 でも、心から喜んでいることがわかる笑顔だった。


(……お弁当の交換で、こんなに風に嬉しそうに笑う子いるんだな)


 なんだか胸がほっこりしてしまうような、自分でも不思議なくらい胸に温かい気持ちが溢れてくる。

 それと……笑った七海さんは、やっぱり最高に可愛かった。


「どうかした?」


「あ……いや、ごめん」


 七海さんに見惚れていた……なんて、言えるわけない。


「それじゃ交換しようか」


「ん。どっちから、食べる?」


「ああ、じゃあお先にどうぞ」


「わかった。じゃあ…」


 七海さんはお弁当箱の上に箸を置く。

 そして、俺に身体を向けると、あ~んと口を開いた。

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