第2話 距離感
※
席替えも終わって、一時間目は国語の授業……なんだけど、
(……やばい……教科書忘れた)
こういう時の選択肢は一つ。
隣の席の人に見せてもらえばいいだけなのだが、俺は元々、女の子と話すのは得意じゃない。
しかもそれが、学校一の美少女の七海さんが相手なら余計に緊張する。
(……どう声を掛けるべきか?)
考えながら彼女の方に目を向ける。
しかし、もう授業は始まっているので悩んでいる暇はない。
「な、七海さん……」
小声で彼女を呼ぶ。
だが、全くと言っていいほどに反応がなかった。
「七海さ~ん……聞こえてる?」
もう一度呼び掛けると、七海さんがちらっと俺を見た。
どうやら聞こえてはいるようだが、他には何も反応してくれない。
「教科書忘れちゃってさ、ちょっと見せてくれない?」
用件を伝えてみる。
だが、やはりこちらを見るだけで、返事はなかった。
「あ、あの~、七海さん? 聞こえてる、よね?」
もう一度声を掛けてみる。
すると、七海さんが俺をじ〜っと見つめてきた。
クールな顔立ち。
少し気怠そうな表情。
そんな美少女が不意に、頬を膨らませた。
(えっ!? なにそれ!? かわいいっ!?)
いかにも、私不満です! と、訴えている顔だ。
(……なんだ? 一体、何が言いたいんだ?)
内心、焦りまくっている。
考えろ、ここまで何かヒントが――
(……あっ!?)
一つ、思い当たることがあった。
(……でも……まさか、そんなことで?)
迷いはしたが物は試しだ。
「り、莉愛……教科書、忘れちゃったんだけど……」
俺が彼女の名前を呼ぶ。
すると、膨れていた頬が元の端正な顔立ちに戻り、続けて優しい微笑に変わった。
「ん。……じゃあ、一緒に見よ」
どうやら予想は当たったらしい。
七海さんは、名前で呼ばなかったから、怒っていたようだ。
「机、寄せるね」
「あ、ご、ごめん。
俺のほうが寄せるから」
二人で机をくっつける。
「どうぞ」
七海さんは間に教科書を置いてくれた。
それはありがたい。
だけど、
「……あ、あの七み――じゃなくて、莉愛」
「なに?」
「距離、近くない?」
今の状態だと、肩がぶつかってしまう。
ここまで俺に近付く必要があるだろうか?
そう思ってしまうほど距離感が近い。
最早、バグってるレベルだ。
人はそれぞれ感覚が違うところがあって当然だと思う。
が、誰がどう見ても流石に近くないか?
「あのさ、莉愛……もうちょっと離れてくれないか?」
「……なんで?
見づらく、なっちゃうでしょ?」
「まぁ、多少はそうなるかもだけど……」
「じゃあ、ダメ。
私に遠慮しなくていいから」
七海さんは可愛い。
それにおしゃれだ。
他の女子生徒と同じ制服を着てるはずなのに、一人だけ特別似合っているように思えた。
少し気崩した感じが、若干だが目のやり場に困ってしまう。
元々レベルの高い美少女が、ファッションセンスも相まって正真正銘の完璧な美少女を作っている。
「ぅ……」
香水の香り、だろうか?
七海さんからいい香りがした。
でも、不思議と意識が持っていかれる。
授業の内容が頭に入ってこない。
「……どうかしたの?」
七海さんが、俺の顔を覗く、
すると、ふわっといい香りが舞った。
「ぅぐ……」
「んぐ?」
「ぁ……いや、なんでもないから」
「でも……授業に集中、できてないみたい?」
「そ、そんなことは……」
否定しようとすると、七海さんはじーっと俺を見つめてきた。
全く目を離そうとしない。
ただただ、じ~っと覗いてくる。
正直に話して、と……言うみたいに。
(……うぅ……近い近い近い)
このままじゃ本当に授業どころじゃない。
「……り、莉愛が……」
もう正直に言うしかない。
「私が?」
「莉愛が、近いから……」
「私が近いと、集中できないの?」
「可愛いから……こんなに傍にいられると、緊張するんだよ」
って、なにを言ってんだ俺はあああああっ!?
同じクラスの女子にこんなこと言ったら、ドン引きだろ!?
でも、
「……そう、なんだ」
淡々と、いつもの調子でクールに、七海さんは呟いた。
そして、少しだけ身体が離れる。
「私のせいで、授業の邪魔しちゃ悪いもんね」
それだけ言って、俺から顔を背けた。
(……はぁ、よかった)
一瞬、頬を染めた七海さんが見えた気がしたけど……多分、それは気のせいだろう。
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