危機一髪の兜

近藤銀竹

危機一髪の兜

 突然現れた魔王。

 魔物の類いはあれども、平和を謳歌していた世界は一気に暗黒の時代となった。


 そこに現れた、勇者を名乗る少年。

 彼の名はサラヘア。

 勇者サラヘアは、蜥蜴獣人リザードマンの戦士、そして極地出身の雪男の僧侶を連れて、魔王討伐に向かった。


 九年後、彼らは問題にぶつかった。


 魔王を倒すには戦力が足りなかったのだ。


「ちょっと急ぎすぎたかな」


 魔王城近くでようやく営業している宿を見つけると、サラヘアが食堂の椅子にに座って呟いた。


 仲間たちが頷く。


「四天王が弱かったから、分析が甘かったねー」

「段違いの強さですぞ」


 その会話を聞いて、宿屋の主人がおずおずと話しかけてきた。


「お困りの様子。実は、この近くに、持ち主の能力を高め、あらゆる困難から身を守ったという兜があるという言い伝えがあるのです」

「何だって?」


 サラヘアが身を乗り出す。

 主人は話を続けた。


「お待ちください。話には続きがあります。その兜は確かに能力を高め、困難から身を守りますが、ある困った呪いが掛かっているのです」

「呪い?」

「はい。その兜をかぶった者は、あらゆる困難から守られるが、その代わりにあらゆる困難を引き寄せてしまう、と」

「でも、守られるのだろう?」

「しかし、この兜を装備すると、次々とやってくる困難をどうにか切り抜けても次の困難がやってくる。息つく暇もない究極のアクションアドベン……ゲフンゲフン、もとい……過去の歴戦の強者たちも絶え間ない緊張に耐えられず、ついには封印されるに至った、曰く付きの品なのです。付けられた銘が『危機一髪の兜』」


 サラヘアは腕組みをし、考え込む。


「守られているのだとわかっていれば、耐え抜くことができるかも知れない。魔王を討伐せねばならない俺たちには、必要な品だ」

「そうだねー」

「ですぞ」


 勇者の決意を見た主人は、頷いた。


「実は、もうひとつ、呪いが」

「まだあるの⁉」

「はい。その兜は、目標を念じながらかぶると効果を発揮するのですが、目標を達成するまで脱ぐことはできません」

「髪とか、臭くなりそう」

「その点は、二つの点でご安心ください。まず、兜には自動洗髪機能と自動洗顔機能が付いています。そして、その兜は、強力な加護の代償として、持ち主の髪の毛をほぼ全て奪ってしまうからです」

「か……髪が……」


 悩むサラヘア。


「僕がかぶろうか?」


もともと体毛のない蜥蜴獣人リザードマンがいたわりの言葉を掛けるが、サラヘアは首を振った。


「いや、俺がやる。それは勇者の責務だ。古の勇者ボメルならそうしただろう」


 勇者サラヘア一行は、危機一髪の兜を手に入れるため、宿の主人が地図に示した洞窟へ向かった。

 厳重そうな宝箱に収まった兜。フェイスマスクが付き、喉元までカバーされた、クロース・ヘルメットというタイプの兜だ。


「かぶるぞ」


 サラヘアが両手で兜を掲げる。


「俺は魔王を倒す」


 ぱさっ。

 兜の隙間から、サラヘアの艶やかな金髪がまとまって落ちた。


「そんな一気に⁉」

「でも、すさまじい力の向上を感じるよ」

「これなら魔王とやりあえますぞ」


 勇者サラヘアたちは、意気揚々と、魔王城へ乗り込んだのだった。





「な……なぜだ⁉」

「ぼくたちはともかく、サラヘアの攻撃も通じないなんて」

「……ですぞ」


 魔王の力は圧倒的だった。

 城を守る雑魚モンスターたちこそ兜の力で一蹴できたが、魔王には及ばなかったのだ。

 勇者たちの攻撃は、魔王にかすり傷を負わせたに過ぎず、逆にその強力な膂力や魔法は、勇者とその仲間に重傷を負わせた。

 地に伏す勇者一行。

 もはや立ち上がる力さえも残されていない。

 魔王は呵々大笑し、巨大な棍を振り上げた。


「何人目の勇者だったか……終わりだ。せめて我の記憶の中にとどめてやろう。名乗れ」

「俺は……」


 そのとき、兜を首に結びつけていた魔法の紐が音もなく解けた。


(こ……これは)


 訝しむサラヘア。

 だが彼の意地が、せめて顔を見せて名乗ってやろうと両腕を動かした。

 彼は一年ぶりに兜を脱ぐ。


 彼の頭は、一本を残してまるまる禿げ上がっていた。


「ぐ……ま、眩しいっ!」


 魔王が目を掌で庇う。

 次の瞬間、最後に残った髪の毛が光を放ち、天を突くようにそそり立った。

 髪に触れる。

 それは鋼の様に硬く伸び、聖なる力に満ちあふれていた。魔王を討ち倒さんと、打ち震えている。

 最後の一本が。


(最後の一本が……俺はこれを失ったら、完全なる禿げ頭に……)


 いや、とサラヘアは首を振る。


(俺は魔王を倒すというその目的のために、十年という長い間旅を続けてきた。いまさら髪の一本など、どうして惜しむだろうか、いや、惜しむはずがない!)


 サラヘアは屹立した髪を、魔王の心臓へと向けた。


「俺は勇者サラヘアだ! 最後の一髪、喰らえぇっ!」

「な……な……ん……」


 輝く髪の毛は狙い過たず、魔王の鎧を打ち砕き、その心臓を刺し貫いた。


 危機一髪の兜は、その言い伝え通り、持ち主の命を守り、そして呪いを乗り越えた者の願いを叶えたのだった。





「……ということがあったんじゃよ」


 とある民家。

 老人が安楽椅子に腰掛け、孫に昔語りをしている。

 ここは勇者サラヘア生誕の地。

 もちろんここにも平和が訪れた。


「だからおじいちゃんは髪の毛がないの?」


 頭頂の一房を残して頭を剃り上げた孫が、老人にじゃれつきながら彼の頭を触ろうとする。


「ん? これはただ単に、年を取って髪が抜け落ちただけじゃ。じゃがな……」


 老人は、つるつるになった孫の頭を撫でた。


「それからというもの、この町では、男の子の髪型は、一本を残して他の毛がないのが一番格好いい、ということになったんじゃ……」





【了】

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