分け合うということ。

鈴ノ木 鈴ノ子

わけあうということ。

 月の空に風の夜が過ぎてゆく。

 冷たさは身をゆっくりと蝕み、心が不安に揺れて体が震えてる。

 白い吐息が淡い光に照らされて、暗い夜空に漂いゆく。

 愛したものを失って、ひとりぼっちになってしまったと蹲って1人悩む。


「助けて下さい」


 とても言えない。

 だって、他に苦しんでいる人がいるから。

 だって、他に悩んでいる人がいるから。

 だって、他に辛い人がいるから。


 だって、だって、だって…。


 気持ちの蓋を押し込んで吹雪に耐える木々のように辛さの孤独に耐え忍んだ。


「大丈夫ですか?」


 不意に頭の上から声がかけられる、オレンジ色のジャケットを羽織ったお姉さんだった。


「大丈夫です」


 いつもの通りに、声色を変えずに、不安を隠して、私はそう答える。


 だって…他に助けを求める人がいるのだから。


「そうなの、じゃぁ、ちょっと話をしようよ」


 そう言って彼女が隣に腰を下ろした。ジャケットの袖にもズボンの裾にも綺麗に払われているけれど、泥の無残りがついている。髪や顔にもうっすらと汚れがついているけれど、その横顔は朗らかに笑っている。


「さて、何から話そうかな」


 そう言って彼女は自分のことを話し始めた、やがて、共通の話題が見つかって、2人で暫くの時間、それはとても短い時間なのだけれど、泣いて、笑って、久しぶりに固まっていた心を動かす。


「頑張ってるんだからさ、頑張った分だけ誰かと分け合わないとね」


「分け合う?」


「うん、そうだよ。分け合わないと。自分だけ頑張ってるなんて不公平じゃない?、みんな頑張ってる、だからこそ、その頑張りを皆んなで分け合うの」


そう言って彼女の肩が私の肩とくっついた。久しぶりの暖かなぬもりにホッと一息をつく。


「さ、なんてもいいよ、頑張ってると思うことを教えて!」


 彼女の素敵な笑顔と声に誘われて、私は些細なことだけれどと前置きして口を開いた。

 口籠ったりしても、少し間が空いても彼女は真剣に話を聞いてくれて、きちんと最後まで話を聞いてくれる。

 それだけで少しだけ、本当に少しだけだけど、心がスッと軽くなった。


「話してくれてありがとう」


 遠くの誰かに呼ばれた彼女が最後に私の手をしっかり握る、そして名残惜しそうにそう言って私の側を離れていった。


「こちらこそ、ありがとう」


 ごめんなさいのありがとうではない、心からのありがとう。

傾きかけていたありがとうを取り戻してくれたありがとう。


 あれから行く年月が経った。


 彼女の様にオレンジのパーカーを着て、あの懐かしい日に思いを馳せながら、私は同じように駆け回っている。

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分け合うということ。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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