第7話 孤独

 物騒な情報しか与えてこないと思った。直感的にわかる。《妹》はお兄さんと私が話すことを好ましく思っていない。常に裂くように笑みを刻んだ口元に変化は無いが、私が兄の話をすると不愉快そうに眉をひそめる。


 選択が与えられているということは、私が自ら拒否することを望んでいるのだ。それがどういう意味を持つものなのかはわからないが、UHMならではの何か法則があるのかもしれない。


「お兄さんと話をさせてください」


 どちらにしろ《妹》の思い通りに動くのは得策に思えない。覚悟を決めてそう言うと《妹》は酷く不愉快そうに眉をひそめながら笑みを凶悪なまでに釣り上げた。


「アナタねぇぇ、ワタシが折角忠告しているというのに無視をするんデスか?? なんで素直にウンウンと頷かないんデス??? ここでは考えることは《悪しき事》!! 災いしか生みまセン!! 」


 ブーツを床に叩きつけるように乱暴に歩み寄ると、私の胸倉を掴んで先程までの友好的な態度を捨てて《妹》は激昂した。恐怖で身がすくみそうになるが、ピアスがチカチカと光っているのが目に入った。確か、光ってはいなかったはず。


 そう考えている間に不意に《妹》から表情が削げ落ちた。ゆっくり瞬きをすると、掴んでいた胸元のシャツから手を離す。


「あー、えっと、ケホッ。《妹》が、迷惑を、かけたようで。俺は、アベル。アベル・クレンバロ=デュクドレー。初めまして、君は?」


 急に様子の変わった……《妹》、いやアベルは少し片言で謝罪と簡潔な挨拶をした。ストレスが溜まっているようにも、破壊衝動を抑えているようにも見えない。やはり《妹》は嘘をついていたらしい。


「私は……セレスティア・レクランセです。こっちの真っ黒な彼はシャドウ。えっと、シャドウとは意思疎通出来ないけど……待って、私のことどのくらい知って? 何かこう……情報共有とかされてますか?」


「情報共有。あぁ、されてたかも。正直、興味は無いが、一応新顔だ。挨拶は必要、だろ? 少なくとも、仕事が来る前に、しておきたかった」


 仕事。なんの仕事なのだろう。真っ当な扱いをされている印象がないUHMが、真っ当な仕事を与えられるとは思えない。


「とりあえず……案内を、しようか」


 アベルは実に丁寧に案内をしてくれた。私達、政府預りのUHMは個室が与えられていて基本はそこで過ごすこと。食事なども部屋に運ばれてくるらしい。今は自由時間で図書スペースやテレビルームに皆は行ってるだろうということ。明確なルールは教えられていないが、人間側の決めたルールに逆らう行動をすると仕置部屋に入れられるということ……。


「仕置き、というと……物騒に聞こえる、かもしれない。まぁ……暴力は振るわれない、から、安心してもいい。しばらく、暗くて狭い部屋に、閉じ込められるだけだ」


「アベルさんもそこに行ったことが?」


「皆ある、と俺は思う」


 そんな話をしていたら、突き当たりの部屋から賑やかな笑い声が聞こえてきた。プレートを見るとテレビルームの文字。


 テレビ、とは何か。私は知らない。だけど少しだけワクワクしている。ずっと静かでなんだか身が強ばるような空気だったが、聞こえてくる笑い声で和らぐ。


 テレビルームには薄い板が置かれており、まるでそこに人がいるような絵が映し出されていて音楽も流れていた。人の声も聞こえる。不思議な技術だ。部屋には五名ほど先客がいた。


「お、連れて来たのか」


 目が淡い水色に発光した少年は長く余った袖をこちらに振りながらそう言った。その声で他の四人もこちらを向く。


「あ、えと、はじめまし……」


「セレスティア・レクランセ! ははっ! 本当に別の世界の法則が入り交じってやがる。これは由々しき事態なんじゃないか? 是非とも神の視点からご意見を賜りたいね」


「はぁーーーー、私に聞くでない。私が望んだことでもなければ、私の専門ですらない。せめて蒼真に聞いてくれ」


 目の前で交わされる口論のような言葉のやり取りの内容は殆どわからないもので、私はぽかんとした表情で固まってしまっていた。それに気が付いたのかアベルがムッとした表情で二人の間に割って入った。


「新入りが、困ってる」


「新入り?あぁ、なんだ。セレスティアか」


 目が発光している少年はなんだ、と軽い言葉で流されて余計気が抜けてしまう。


「おや、麗しいお嬢さんじゃないか。この私が先に声をかけようと思ったが……遅くなってすまない。私の名はハウライトラピスだ。宜しく」


 エメラルドグリーンの長髪を高く括った男は頬笑みを浮かべて手を差し伸べてくれた。少し迷ってその手を取ると、思いのほか優しく握手をしてすぐに手は離された。


 それにしても先程まで話していた事はなんだったのだろう。神の視点とか世界の法則とか……。よくわからない。


 ここに来てからわからないことばかりで、ずっと足がついていないような……嫌な浮遊感に襲われている。人は沢山いて、話し声もずっと聞こえているのにひとりぼっちになったような気分だった。

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