第5話
「『もしもタイムマシンがあったら』なんて不毛な妄想は、これからただの」
「それはこの前聞いた」
「え、完成したら言ってやろうと温めておいたのに」
「あのセリフ事前に用意してたのかよ」
不満そうに唇を尖らせる千世の横には片開きのドアが設置されていた。
手のひら大の菱形が敷き詰められたデザインとつるりと丸い金色のドアノブ。
間違いない。あの日、僕が見たタイムマシンだ。
「だが最後にひとつ問題がある」
「完成したんじゃないのか?」
「完成はした。ただ、鍵が開かないんだ」
言いながら千世は何かを入力した。画面に「●●●●●●●●●」と表示され、彼女はエンターキーを押す。
しかし扉に変化はない。
「元の世界の私がシステムにパスワードを設定してるらしい」
「悪用されないようにか。まあ当然だよな」
「ああ。私は発明品にはすべて異なるパスワードを設定してる。そのすべてが発明品から連想した言葉だ。きっと向こうも同じだろう」
パスワード。
僕があの日見たものは、長さ的に八文字か九文字。一般的には英語表記だろうか。
「ここからは君に頼るしかない。向こうの私が好きなもの、癖、エピソード、何でもいい。その中でタイムマシンに関係する言葉がなかったか」
幾多千世を頭に思い浮かべる。
僕の知ってる彼女は誰より努力家で、誰より聡明だ。無駄を嫌い、合理的で、判断力に長けている。
――366番目の世界線で君を待つ!
彼女の声が脳裏に蘇る。彼女が「待つ」と言ったなら、僕は必ず帰ってくると踏んだのだ。
何故そう言い切れたのか。
きっと帰るために必要な情報は全部伝えたからだ。
「……366番目」
ふと、その言葉に違和感を覚えた。
部屋番号を知らせるだけなら「0229の世界線」のほうがわかりやすい。わざわざわかりにくい言い回しをする必要がないはずだ。
きっと何か他に意味がある。
僕は思い返した。
彼女がカレンダーを指差していた日の続きを――。
***
「四年に一度、一年が一日だけ増える奇跡の年。それがうるう年だ」
「奇跡とは大きく出たな。たった一日なのに」
「奇跡だよ。一日あれば世界が変わる」
「んな馬鹿な」
「言ったろう助手。不可能なんて無い。明日がどうなってるかなんて誰にもわからない。だから、今を生きるんだ」
「まあ確かに。そうかもしれない」
「だろう。君の言うたった一日がどれほど貴重かわかったか。いうなれば『うるう年』というのは神様がくれた――」
***
「――『bonus time』だ」
かちり、と音がする。
扉の輪郭がやわらかな光を帯びた。
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