第3話

「人には同じ時間が流れてる。けど、それはすべて同じではないはずだ」

 隣の席から聞こえた声に、ぼんやりと窓の外を眺めていた顔を向けた。

 丸眼鏡をかけた彼女は広げたノートに何かを書き殴りながら「君もそう思わないか」と尋ねる。他の人に問いかけたのかとも思ったが、放課後の教室には彼女と僕しか残っていなかった。

「どういう意味?」

「たとえば今の五分間。君はただ風に揺れる木々を何の疑問も発見もないまま眺めて終わったが、その間に私は新しい発明品のアイデアと理論をノートにまとめることができた。同じ五分でもその質は天地の差だ」

「おい」

 あまりの言われように僕は抵抗を試みたが、彼女の言う通りだったので何も続かなかった。

「要は使い方だよ。同じ時を過ごす者の中で先んじるにはどれだけ時間を有効活用できるかにかかってる」

「まあ確かにな」

「そして時間を最大限活用するには、相応の環境も必要だ」

「騒がしい場所で五分勉強するより静かな場所で五分勉強するほうが捗るってことか?」

「ご名答」

 くるり、と円を描いてからボールペンを置き、彼女はノートをこちらに掲げた。

 読みやすい文字で書かれた『発明部』が丸で囲われている。

「よければ君がそこで余らせている時間を、私に分けてくれないか?」


***


「どうだ博孝。何か思い出せそうか」

「あんなに言われてよく協力したなって」

「何の話だ」

 キーボードを叩きながら千世は小さく首を傾げた。なんでもない、と首を振る。

 タイムマシンの発明は順調だった。

 元々彼女自身が発明したものなので当然だが、僕が伝えた「なんかお洒落な木製のドア。取っ手は金色」という情報も役立っているらしい。彼女曰く「完成品のイメージの有無は大きな違い」だそうだ。

 他に何か思い出すことがあれば教えてくれ、と言われ浮かんだのが千世に勧誘を受けた日のことだった。

「些細なことでもいい。君が思い出した分だけ、タイムマシンは早く完成する」

「急ぐ必要があるのか?」

「わからない。だが最悪は想定してる」

 僕が首を傾げると、千世は手を止めないまま「これは仮説でしかないが」と口を開く。

「君は一度暗闇に落ちた。そして気付いたらここにいた」

「ああ」

「しかしその身体は私の弟のものだ。つまり意識だけがこの世界線に来たことになる。では、?」

 そう問われて、自分の想像にぞっとした。

「まだ、あの闇の中を落ち続けてる……?」

「可能性の話だよ。意識が別の世界線に行ったなら、身体もどこかの世界線に行ったと考えるのが妥当だと思う。一つの世界線に身体が二つあるのは不自然だから、元の世界に戻ったとも考えられる。いや、そう考えたい」

 彼女の言う通りだ。僕の元の身体が暗闇に落ち続けている可能性は十分にある。

 無限の星空の中を、飲まず食わずで。

「まあでも大丈夫だろう。きっと向こうのが今頃死に物狂いで君を助ける方法を模索しているだろうから」

 だから私はあまり心配していない。

 千世はそう言って唇の端で薄く笑った。

「本気を出した私はタイムマシンすら作り出せるのだ。不可能なんて無い」

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