タノミ事

釣ール

嫌なやつばかり

 時代は停滞している。

 人間が霊の存在として架空の概念を映像化してくれたおかげで吾輩はこうして存在ができる。


 しかしそれ以上の発展は二〇一六年から進んではいない。


 その時思春期を過ごした者たちから依頼があった。

 啓発本の影響で同世代の自分ですら理解できない幸せを求めて暴走したかつての友を眠らせて欲しいと。


 儀式や降霊術でその場しのぎをする時代もとっくに廃れて神頼みならぬ霊頼みが密かに行われるようになった。

 勿論対価は受け取っているがね。


 未来で起こりうる依頼人が負担に思う出来事と褒美だと認識している出来事を吾輩は頂くことで。


 全ての出来事は人間の捉え方の違いで繰り返されていることらしい。

 ならその繰り返しを金を貰って静観してないで少しは改めようと思わないから吾輩に依頼が入ってくる。


 ありがたい。

 人間が発展し続ける未来など、吾輩がこうしてカタチになっても見ることは出来なかったのだ。

 暮らすだけで精一杯とでも少しは口走れば可愛げがあったものを。



「やっぱ金だよ金。

 高騰しているし金で買える幸せで充分。」


「減らさないと。

 体重も荷物も。

 人生は軽い方が気楽。」


「どうでもいいやん。

 全部気持ち悪いんだからぶっ飛ばしてしまえば。」


 薄っぺらいぞお前達!

 もう頭打ちなのかお前達は?

 どの年齢になっても集まって愚痴るのならためらいが生じるのにまだ自分が満たされていると嘘をつくか。


 夢から覚まさせてやろう。

 どうせ待ち受ける地獄は変わらないのだから。


「さあ人間ども!

 お前達の似非幸福を打ち破れと依頼があった。

 軍門に下れ!」


 実態化した霊体にお前達は度肝を抜かすだろう・・・って、えええええ?


「なんやお前。

 いきなり現れてこの不審者が!」


 柄が悪く身なりのいい若い人間に吾輩のボディが砕かれる。


 なぜだ?

 このボディにダメージを与えられる人間は昨今では絶滅危惧種か既に滅んだと聞いていたのに。

 まさかこの人間はその血筋なのか?


「そんな力があったんだ。

 仲間でよかった。」


「安心してないで手ぇかせ。

 こいつは自称高等生物気取りの人工幽霊や。

 まさか存在しているとは。

 こいつを利用すればワイドショー総なめや。」


「今どき地上波でそんな夢のある話があるのか?」


「ないから利用するんや。

 どうした?さっきまでの威勢は?」


 攻撃されながら考えていたがこいつは自分の血筋をある程度しか知らされていない。

 確かにあの若手なら物理でも霊体を倒せるかもしれない。

 しかしそれだけでやられるほど落ちぶれちゃいないのだ。

 人工幽霊なのだからな。


 吾輩は姿と気配を消し、無抵抗な人間を狙う。

 柄の悪い方も計算はしていたようで吾輩の現れるタイミングで蹴りを入れてくる。

 このままでは依頼が達成できない!


 この三人が住む場所はセキュリティとトラップがあるようで霊体でなければスリッと入ることも出来なかった。

 自分達が引っかからないように細工してある。

 二十代でも青春したがるのは歳相応か。


 入る時にある空間をすり替えた。

 悪く思わないで欲しい。

 お前達の幸福のせいで依頼人は死にかけたらしい。

 情はないがその悔恨が本物だったからこそ吾輩はこの三人をターゲットにしたのだから。

 それとついでに霊体を倒せる血筋を絶やせる。


「おいネタ幽霊!

 大人しく殴られて売られてくれないか。

 それで新たなオカルト?やらなんか分からへんけどマネタイズすれば人間の醜さでウハウハや。」


 なんとタチの悪い人間なんだ!

 吾輩の中に宿る討伐本能が火を噴くぜ。


 そして探し続けるがいい。

 今お前達が立っている空間は落とし穴。

 そこを歩けば空間へ落ちる。


「な、なんだこれは!」


 はっはっはっ。

 三人ともこれで真っ逆さまだ。

 って、あいつは!


「悪く思わといてえや。

 二人は落ちたが、俺は死なない。

 おい幽霊!

 こんな技あるとは思わへんかった。

 だが俺もただの若い奴やないで!」


 ならば!

 落とし穴空間に捕まっているそいつを蹴り落とせば。

 笑顔で吾輩は生き残った若い人間の前に立ち、手をどけるように踏んづけてやろうとすると足を掴まれ、脱出された。


「誰の依頼か聞かへん。

 だが俺だけは死なない。

 いや、この依頼で始末されたことにして組まへんか?

 今、規制やらリンリカンが厳しくて商売も上手くいかへん。

 お前も自分の存在を利用すれば、チンケな依頼だけで慎ましやかに暮らせない現実から少しだけ生活水準を上げられる。

 ワイドショーにはせえへんが、せめて小遣い稼ぎの動画にならへんか?」


 怖い生き物だ。

 血筋や家訓には唾を吐きそうだが本能でそれらを現代に適応させている。

 だが依頼人を裏切るわけにはいかないし、こいつが万が一依頼人に危害を加えるようなら許せない。


「吾輩を利用しようとはいきがるなよ人間。

 依頼人のことは死んでも話さない。」


「ジョークが下手やな。

 それとも死んだ人間が幽霊になる設定が時代遅れで、もう幽霊って生き物がおるっちゅあこったな。

 安心せい。

 俺も二人お前に殺されたんや。

 裏があるものが裏を明かすわけないやろ。」


 話が通じて何故か安心した。

 安心してしまった。

 根っからの悪か。


 互いの生存のために契約を結ばされ、依頼は達成されることになり、依頼人は少しだけ浮かない顔をして質問をした。


「あと一人はどうなったの?」


 吾輩は依頼人の少しだけ嘘を吐いた。

 だが依頼人は納得していた。

 まるで簡単にやられないと知っていたように。


 そして柄の悪い若い人間と吾輩は組むことになった。


「じっくり働いてもらうでえ。

 遅れた風習を利用するジジイババア共から意味のわからない夢に踊らされ、理不尽な現実に泣き寝入りするこの人間社会で。」


 お前が言うな。

 初めて吾輩に恨みという感情が芽生えそうなほどの悪人と依頼をこなすことになってしまった。


 もはや人間だけが生きづらさを抱えている時代ではないことをさりげなく明確にしてしまいしながら。

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タノミ事 釣ール @pixixy1O

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