181 受け継いだものの結末
「はいはい、では一旦休憩にしましょう。芦屋さんはお説教です。こちらへ」
「あ、あの……真さん」
「アリス、情けは不要です。無茶な応対をして怪我したんですから。陰陽術も使えない、顕現できているのは颯人様だけ、その状況をきちんと理解してもらわねば近いうちに大怪我をします」
厳しいお顔をして、芦屋さんの手を引いて道場の端っこに腰を下ろした浄真さん。私たちに癒術を使わせず、血まみれになった彼女の手を消毒し始めた。
心配そうにソワソワしてる颯人様にも怒って、追い払われた彼はこちらへと戻って来る。
私達は呆然としながらそれを眺めるしかない……。
現時刻22:30 あれからお魚達をたらふく食べて、余ったお魚は干物にして……やって来た浄真さんから修練を受けた。
現状では一番お強い方が術の全てを使えずにいますから、戦闘方法の見直しが主でしたが、みなさんボロボロですねぇ。
伏見さんが仰っていた『鬼軍曹』と言う意味をようやく理解しました。真さん、本当に容赦がないんですよ。
鬼一さんも伏見さんも、星野さんもひっくり返ってる。
自分で怪我を治せる私達も血だるまになってるし、妃菜ちゃんは自己治癒をしながら戦っていたからケロッとしてるけど……急所を悉くやられて飛鳥さんは彼女を抱きしめたまま固まってしまっていた。
「颯人様、真幸さんの為ですから我慢しましょう。確かにあんな風に捨て身のやり方は今の状態だと本当に危険です」
「……わかっている」
「後で癒術をかけて差し上げましょうね。修練が一区切りつけばきっと真さんも許してくださいます」
「そう、だな」
項垂れてしまった彼を横目に、私は自分の身体に癒術をかけ始めた。痛いですねぇ!さっき真さんに受けた本気の打撃は肋骨を粉々にして、傷は肺まで達している。息をするのも辛いし、ここまでの深い傷はひさしぶりに負いました。
真さん、強すぎませんか?わたしたちが束になってるのに何で傷一つつけられないんですかね。怖いです。
「つっ……アリス、心臓は無事ですか」
「問題ありません。手加減されているんですよ、たぶん。伏見さんも早く治したほうが良さそうですよー」
「そんな事はわかってますが、治すのも痛いんですから。あなたのように躊躇なく行けないんですよ」
脱臼してしまった肩を抑えながら伏見さんが隣に座って、大きなため息をつく。いやぁ、目を失って視界が狭まったところを集中的にやられてますね。
星野さんは守りに徹していたが、正面からドッカンドッカンやられて撃破されましたし、鬼一さんは掲げた竹刀ごと手足をやられてました。
妃菜ちゃんはお腹を傷つけられたトラウマを利用されて、そこばかり突かれてましたし。
私自身は自分の戦闘術を過信していたから、自信が粉々に砕け散りました。
しのぎ切れると思っても力で押し切られるし、いなしていたと思ったらさらに手数を増やされてぶった斬られました。
「心が折れそうです」
「星野さん、頑張って……私もですよー」
「二人とも浄真殿の本性がやっとお分かりになりましたか?彼は相対する人の弱点を見抜き、そこばっかり責めるんですよ。
霊力、神力どちらも豊富に持っていますから力押しも容赦なく使います」
「叩きのめされましたねぇ……色んな意味で。耐えてしまったのは真幸さんだけですねー」
「だから問題なんだろ。鬼軍曹に頭抱えさせるのなんかアイツだけだろうな」
みんなが視線を向かわせる先の芦屋さんは、俯いているけど……叩きのめされてない。真さんはお説教してるはずなのに、鬼一さんが言うように頭を抱えて困っている。
……アレ?そう言えば、真幸さんの言ってる事理解してますね?
「浄真も読唇術使えるんだな」
「なるほどーって、あっ!白石さんお帰りなさい!」
「おう、戻ったぞ」
いつの間にか白石さんが姿を表して、床にどっかりと座る。……あのー、ほっぺに立派な紅葉がありますけど。しかも、両頬に。
本人は涼しい顔してますけど、紅葉のサイズからして清音さんにやられたのでは……?
「白石……何ですかその紅葉は」
「伏見が見つける前からあっただろ。聞くな」
「私が見たのは片方ですよ。聞かないわけにはいきませんね。清音さんと喧嘩でもしましたか」
「……そんなようなもんだ。アイツ、記憶操作の術が効いてねぇ」
何ですって……!?清音さんは覚えてるって事ですか!?
「白石さん!それなら……」
「口を閉じろ、アリス。俺は真実を聞いたが話す気はねぇ。お前達にも、芦屋にもだ」
「アー、だから立派な紅葉を……」
「そう言う事。俺が黙ってる理由を考えてくれ。絶対言わねーからな」
苦い顔になった彼は、じっと真幸さんを見つめたまま。そのほうが彼女のためだとわかってしまったんでしょう。
清音さんは白石さんにお話ししたけれど『黙ってろ』と言われたんでしょうね。
それで引っ叩かれたんですか。なるほど。
「俺たちにも言わないのか」
「言わねぇよ。アイツの覚悟を無しにしたくねぇ。清音にもきつく言い聞かせたのに誰かに話せるかよ」
「鬼一ならまだしも、我にもか」
「話しません。颯人さんにも近い人の話だからな。芦屋にはわかっちまうだろ」
白石さんはそう言い切って立ち上がり、道場内の血を綺麗にしてから真さんと真幸さんの元へ向かう。
頭を抱えた真さんの肩を叩き、真幸さんの手を握って話し始めた。
うん、そうですね。白石さんがそうおっしゃるのなら黙っておきましょう。真幸さんのためになる事なら、どんなに大切なものでも切り捨てることができてしまうけれど……何か打開策を見出してくれるはずだ。
本当に真幸さんの心を思うなら、居なくなった誰かを見放したりしない。そう、思えた。
「痛み止め持って来るわ。真幸の怪我は痛みが強い場所ばっかりやからな。治癒しても暫く残るやろ」
「お茶も淹れてきましょう。水分補給しないとね」
飛鳥さんを宥め終えても穏やかな妃菜ちゃん。二人は笑顔を残して道場を後にした。
何となくですけど……事務員メンバーの強さの序列がはっきりした気がしますね。
妃菜ちゃんは本当に強くなった……色んな意味で。伏見さんが鬼才だと言った通りに戦闘しながら手札を変えて応戦していたんです。
感情に影響されずに最後まで冷静だったのは妃菜ちゃんだけでした。
私は頭が硬いから、あそこまで柔軟にできない。一撃を受けるたびにニヤリと嗤う真さんの黒い笑顔がトラウマになりそうです。
「……はぁ……全く困ったお方です」
「浄真の言いたい事はわかるが、真正面から言ってもこいつは意見を変えない。
言っても無駄だと力で打ちのめしてたら、骨になっても立ち上がる。悪いことは言わねぇからやめとけ」
「確かに、白石の言う通りですね。……芦屋さん、痛かったでしょう?すみませんでした」
「――――」
「……芦屋、トドメを刺すな」
「ゔぁ゙ーーー!!」
「ほれ見ろ。お前の心遣いは今の浄真には致命傷だぞ?芦屋を思ってやったとしても、罪悪感マシマシなんだから」
「――――」
「やめろって。お礼なんか言ったら……」
「もうヤダーーー!!!わあああーーー!!!」
震えながら立ち上がった浄真さんは、顔を真っ赤にして叫びながら道場を出ていってしまう……えっ、大丈夫なんですか、あれは。
「お茶持って来たわよー!って……浄真はどこ行ったの?」
「気が利くな飛鳥。ほれ、芦屋も茶を飲んで怪我治そうぜ」
「――――」
癒術をかけられてるのに一切顔色を変えない真幸さんの手を引いて、こちらへ戻って来るお二人。うん、絶対痛いはずなのにちょっと怖いです。痛み耐性カンストしてますか?
「私も手当てのお手伝いするわ」
「さんきゅ。お前はしばらくは守られてろよな、こうやって怪我するんだから。どうせ止めてもついて来るだろうから家にいろとは言わねえけど、手出しすんな」
『わかってるよ。……わかってるけど……今までどれだけ生身を鍛えられていないかがわかったし、筋トレとかしようかな。竹刀が重たく感じたんだ』
颯人様に抱えられて、真幸さんの音声翻訳がついた。相変わらず声真似が上手いですねぇ。
「真幸さん、身体を鍛えすぎてしまうのも良くないですよ。これ以上筋肉がつけば重くなります。あなたの剣の使い方は身軽さが武器ですから」
「アリスの言うとおりです。鍛えるのなら僕たちがやりますから、芦屋さんはすっこんでてください」
「伏見の言い方は意地悪だな。浄真殿を真似てるつもりか?」
「そうですよ、芦屋さんには逆効果だって白石さんが仰ってたのに……」
鬼一さんと星野さんに突っ込まれて、伏見さんはしょんぼりしてしまった。でも確かにそうですね、私たちがお守りすればいい事ですから。
「あれ?そういえば妃菜ちゃんは?」
「あぁ……清音ちゃんのところよ。白石と喧嘩したんでしょう?お部屋に引きこもっていたから呼びに行ったわ」
「アー」
『そういえばその紅葉どうしたんだ?まさか清音さんに……』
「うるせーな、芦屋は黙っててくれ。俺と清音の問題だ」
『痴話喧嘩したとか?』
「そんなようなもんだ」
『記憶は大丈夫なのか?チューしたとかじゃないよね?』
「するわけねーだろ!?おま、颯人さんに『ちゅー』とか言わせんな!」
『何でだよ、颯人は横文字いけるもん。喧嘩したんならちゃんと仲直りするんだぞ?ああ見えて引っ叩いちゃった事をかなり後悔してるはずだし。白石が悪かったとしてもだ』
「そう言う事じゃねぇ……わかってる。ちゃんと後で謝るから」
『そんならいいけど。真さんも戻って来ないね?俺、迎えに行こうかな。なんか泣かせちゃったから謝りたいし』
「「やめとけ」」
「我も同意見だ」
「すみませんが、私もです……」
「芦屋さん、いかに鬼軍曹とはいえ残酷すぎます。息の根を止めるのだけは許して差し上げてください」
「私もやめたほうがいいと思いまーす」
『何でさ!ひどいよみんなして!』
ぷくーっとほおを膨らませた真幸さんを突いて、颯人様はニコニコしている。声真似がどんどんお上手になってるから、真幸さんとお話しできているみたいだ。
早く、お声が戻せるようにしなきゃ。颯人様にはまだ好きだって伝えてないみたいですし。ご自身の声で言いたいんだとわかってますけどね。
「はいはーい、妃菜ちゃんのご登場やで!ついでにしょぼくれた二人も連れて来ました」
「……すみません、遅くなりました」
「……お茶ください」
「まぁ……見事に同じ顔色ねぇ?こっちに座って、ハイどうぞ」
「私にも下さいな、飛鳥はん♡」
「はいダーリン♡私がフーフーしてあげるわ」
「ありがとうさん、マイハニー♡」
「えっ、普通逆なのでは……?」
「アリス、海外では良くある事ですよ。これが普通です」
「いや、伏見さん?普通ではないですよね?アー、いちゃいちゃし始めました……」
「こっちはこっちで睨み合ってますけど」
「し、白石さん落ち着いて……清音ちゃんも顔が怖いです」
「……」
「……」
カップル?たちの様子を眺めて、真幸さんは颯人様の袖を引っ張り、自分に巻きつける……アー……触発されましたか?そばに座った真さんはそれを眺めてニヤニヤしてますけど。
「どうした……寒いか?」
「――」
「ぬ……違うのか。それでは」
「――――」
「……むぅ、わからぬ」
颯人様が「むぅ」どうなった瞬間にハッとした真幸さんは、顔色を曇らせた。
私も何か……一瞬思い出したような……。
「もう休憩はいいだろ。訓練再開と行こうぜ」
「はいはい、そういたしましょうか。席を外していた二人に立ち合ってもらいましょう。喧嘩するほどのストレスを発散してください」
浄真さんの一言に大きく頷いた清音ちゃん。苦い顔になったのは白石さんだ。
そういえばこの子の立ち回りを見たことがない気がする。
真幸さんと颯人様だけが『あー』と苦笑いになった。
「清音さん、強そうですね?」
「あれは強い。剣道を幼き頃から納めているのだ。白石では歯が立たぬ」
「えっ!?そんなにですか?」
こくり、と頷く颯人様。まぁ見ていればわかるでしょう……。
私たちは道場の真ん中を開けて、二人を見守ることにした。
数本竹刀を手に握った清音ちゃんは二本を残して両手に握る……え、二本??
白石さんはサクッと手近にあった竹刀を手に取り、真幸さんと全く同じ構えをとった。
相手に切先を向けているから迫力あるんですよね、あれ。下手に動くと一撃やられますしー。
でも、さすがに二刀流は初めて見ましたよ。
「ほう?清音さんは二刀流ですか?」
「えぇ、ハンデを差し上げます。一本では一分保ちませんから」
「はいはい、なるほど。では……構え!」
鋭い目つきで白石さんを捉え、清音さんが礼をとって構える。鋭い目つきです……。相対する白石さんのこめかみに汗が伝うのが見えた。
━━━━━━
「参った、と言わなければやめませんよ!」
「参ってねぇし!まだ勝負はついてねぇだろ!!」
「……」
私たちは呆然としながら、お二人が打ち合うのを眺めている。清音さんは数回打ち合った後あっという間に白石さんの竹刀を一打で打ち落とした。
白石さんは取り落とした竹刀を拾いながら道場を駆け回って追撃を凌ぐ。
……実戦さながらで二人ともすごい気迫ですね。喧嘩にしては殺意が高すぎますけど。
「見事だな……ありゃ俺より強いかもしれんぞ」
「鬼一が言うならそうでしょうね。僕は完全に敵いません」
「私は絶対無理です」
「星野さんは戦闘員じゃないでしょう。鬼一さんがそこまで言うなら私も無理かも」
「アリスは剣じゃないやろ?あんたのは剣道のやり方が通用せんもん。私もあれは無理やな、二刀流が手加減やっちゃうなら一本になったらどないすんねん」
「すごいわねぇ、
「臂力の問題ではない、竹刀や自身の体のの重心を理解しているのだ。力を使わずともどう振り回せば良いかを意識して流れで動いている。
真幸によく似た使い方だ」
うん、と頷いた真幸さんはニコッと微笑んだ。なるほどですねー……受け継いでいたのは剣術もそうだったようです。向かう所敵なしですよこれは。
「しかし、白石は面白い。これも芦屋さんの体術を応用しているように見えます。複雑怪奇な動きで打たれても衝撃を流している……お互いやりにくそうですねぇ」
「真さん……楽しそうですね」
「はいはい、楽しいに決まっているでしょう?お互いの流派の元が同じなのに、違う発展を見せた子孫の力を見ているようなものですよ!?芦屋さんの可能性を見ているようでワクワクしてしまう!」
「なるほど、真さんも戦闘民族なんですね」
「そうですとも。私だって腕一本で生きて来たんですから。
教え習った方法しか知らなかった私にとっては、珍妙なやり方の芦屋さんは面白くて仕方な……アッ」
『真さん、俺……珍妙なの?』
「……言ってしまっては仕方ないですね。否定はしませんよ、独創性が高いので撃ち合っても結果がわからないんです。戦闘狂としては大変面白い出し物です」
『酷い』
「はいはい、すみませんねぇ」
スパーン!と音がして、視線を戻すと……白石さんが清音さんの竹刀を一本打ち落としていた。ありゃ。これは本当に予測できませんね。
「あぁ、これは……白石が負ける」
「えっ!?な、なんでですか?竹刀は一本になりましたけど……」
「だからだ。清音は『はんで』だと言っていただろう」
「ほぇ……?そういえば、そんなことを言って……」
清音さんが竹刀を両手で構え直した瞬間に、道場内の空気が一変する。
すうっと瞳が昏い色を灯し、脇が上がって……刀身が肩と水平に並ぶ。膝がグッと下がって、重心が下半身にかかっている。
『あの構えは
「其方の剣が
『うん……なんか、嬉しいな。俺はちゃんと剣聖を倣えたのか……』
真幸さんのつぶやきは、颯人様の声で表されても胸に沁みる。自分が伝えたものの行く末が原初の流派に戻るって……なんだかロマンがありますね。
剣聖として名高い塚原卜伝さんは、人に教える時『こうしなければならない』と押し付けることはしなかったそうです。その人のいいところを伸ばして、それぞれ独立したやり方を見出させた。自身が興させた流派はたくさんあるのに、自分の流名をつけませんでした。
たくさんの弟子がいるのに、自分の名を継がせない……真幸さんが師匠と決めた方ですからね、よく似た考えなのでしょう。
そして、颯人様の宣言通り清音さんが動いた一瞬で白石さんは打たれて、ゴロンと体を横たえる。
ふすーっと息を吐いた清音さんは鋭い目つきがころっと変わり、白石さんに慌てて駆け寄った。
「し、白石さん!ごめんなさい!!私、つい本気で……」
「…………」
「白石さん!?」
アー、あれは気絶してますね!
沈黙したままの白石さんは、口の端をわずかに上げて、満足そうな顔をしていた。
裏公務員の神様事件簿 只深 @tadami
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