異世界から現代日本へ転移した魔族の王は美少女JKに拾われる。

小絲 さなこ

※※※


「じゃあ、学校行ってくるね。いい子にしてるんだよ」

 身だしなみを整えた彼女が、俺の目線に合わせて腰を落とし柔らかく笑った。

 撫でられた頭が気になる。眉に力が入りそうになり、あくびをして誤魔化す。

 

「いってらっしゃい」

「うん。行ってきます」


 鍵がかかり、足音が遠ざかったことを確認。

 ふぅ。これで俺は夕方まで自由の身だ!


「くくく……利用されていることも気づかず、愚かな娘め」


 甲高い声に似合わない台詞を吐く。

 部屋の隅にある姿見に映っているのは、黒い髪に灰色の瞳の、ちょっと賢そうな顔立ちの五歳の男の子。俺の仮の姿だ。



《南の魔族》からの襲撃を受け、命の危険を感じ、気がつくと異世界の日本という国に転移しており、人間の子供の姿になってしまっていた。


 眉目秀麗でありながら筋骨隆々。「冷酷魔王」「極悪王」とも呼ばれる俺は《北の魔族》の王だ。


 だが、この世界に降り立った時の俺は、金色の髪も、蒼い瞳も、立派な角も、血の滲むような努力の末に得た自慢の筋肉もない、軟弱で非力な幼い子供だった。

 魔力がごっそりと無くなっていることもキツい。体力的にも精神的にも、これほどダメージ受けたことは生まれて初めてだった。


 さすがの俺も途方に暮れかけていたところ、先程出かけた少女が声をかけてきたのだ。



「どうしたの? 迷子になっちゃったのかな? おうちの人は?」


 俺は直感でわかった。

 こいつはとんでもないお人よしだ!

 よし、こいつからこの世界の知識を得よう。しばらく世話になり、元の世界に戻る手段を探そう。


 俺は断腸の思いでプライドと恥を捨てた。

 ベソをかきながら「ママ〜!」と叫び、少女に抱きついたのだ。


「えっ、えっ? ママ? ちがうよ!」

「ママ〜! ママ〜あ! うわああん! ママ〜!」


 全力で少女の胸に頭を擦り付けながら、動揺している彼女を《鑑定》した。



 平林ひらばやし実千花みちか

 十六歳。なんと同い年とは。もっと若いと思っていたぞ。

 現在はひとり暮らし。両親は仕事の都合で外国にいる、と。これは好都合だ。

 婚約者は今のところいない。というか、ろくに恋愛もしたことがないようだな。ふむ。男性が苦手なのか。

 すべすべした白い肌。長い睫毛に大きな瞳。整った顔のパーツと配置。なかなかの美人だ。

 小さな顔と手足。華奢に見えるが、豊かな胸。これはあれだ。脱いだらスゴイってやつだな。



 なけなしの魔力を使って《鑑定》したせいで、一日経ったというのにいまだに疲労感がハンパない。


 ちなみに、彼女は俺のことを『未来から来た自分の息子』だと思い込んでいる。

 

「ママとパパが喧嘩して、ママが『パパと出会わなければ良かった』って言ってて『そんなのダメ!』って思ったら、ここにいたの」


 咄嗟についた嘘。何日か前に彼女が読んだマンガというものを参考にさせてもらった。

 今の俺は『ママとパパを結ばせるためのキューピッド』としてここにいる、という設定だ。

  

 そんなわけで、俺は昨日からこの平林実千花という少女の家に上がり込んでいる。

 俺が言うのもなんだが、大丈夫なのかこの娘は。人を疑うことを知らんのか?



 お人よし過ぎるこの少女は、高校生という身分だという。学園で勉学に励み、日が落ちる少し前に帰ってくる。


 この国では年頃の少女が一人で出歩くことが出来る。なんて治安が良いのだろう。驚きだ。

 しかもなんだ、この国の女子おなごは。娼婦でもないのにこんなに肌を露わにしているとは! 膝上丈の服を何食わぬ顔で着ているなんて、信じられん。この世界の女はなんて破廉恥なんだ! けしからん! 実にけしからん!

 最高だな。いいぞもっとやれ。


 

 ここは魔法もない、剣も持っている人も見かけない、不思議な世界だ。

 魔力のもとになる魔素もほとんどない。

 

 空気中に僅かに漂っている魔素を体内に取り込んでいるが、このペースでは何十年もかかってしまうだろう。

 ドカンと一発、魔素を得る方法はないものだろうか。 

 調べようにも、魔法そのものがない世界で、そんな書物や伝承があるとは思えない。

 だが、来ることが出来たのだから、その逆も出来るはずだ。

 俺は諦めないぞ!



「さて、この世界のことを調べるために、今日は……っと」


 俺はテレビをつけた。

 昨日、実千花に教わった通り、リモコンを操作し番組表をチェック。

 まずは幼児向け番組を鑑賞。いや、ほらあれだよ。俺、今見た目五歳だろ。怪しまれないために、幼児向け番組を見て参考にするんだよ。

 続いて生活情報番組を観る。

 ふむ。庶民の暮らしは元いた世界とそれほど変わらないようだな。魔法がない代わりに科学なるものが発達しているのか。なるほど……

 

 太陽が真上に昇る頃、腹が減った。

 お昼になったら食べてね、と実千花から渡されたものは、袋に入ったパンだ。

 多くの食材は元の世界で食べていたものと大変よく似ているようだ。驚いたが安心した。食事は生きるための基本だからな。

 この四個入りのパンは美味いな。あんぱんというのか。覚えた。


 

 メシのあとは、またテレビで市井の暮らしの情報を得る。

 ふうん。この世界の庶民も有名人のゴシップが好きなのか。



 

「ただいまぁ〜。ライくん、いい子にしてた?」 

「のあっ?」 

 俺としたことが不覚! いつの間にか眠ってしまったようだ。

 よだれをぬぐい、慌てて玄関へ向かう。

 

「ミチカ、おかえりなさぁい!」

 ママと呼ばれるのをとても嫌がったので、俺はミチカと呼んでいる。

 

「ごめんねー。今日、スーパーが五パーセントオフだったから、レジが混んでて遅くなっちゃった。急いでごはんつくるね」

 実千花はビニール袋をカサカサと鳴らしながらキッチンに置き、上着を脱いでエプロンをつけた。

 

「今日の晩ごはんはね、ハンバーグだよ! テレビ観て待っててね」

 振り返り、優しく微笑む実千花。

 

「……っ!?」

 なんだ今のは。

 一瞬、心臓の辺りがドクンってなって、胸が詰まったような感覚がした。こんな体になってしまった影響だろうか。

 

「ハンバーグ、好き?」

「……は、ハンバーグ! たべたい!」


 たしか、昼間にテレビで見たぞ。ひき肉を平たく丸めて焼くやつ。元の世界にも似たものがある。向こうでは庶民の間ではポピュラーな料理だった。ガキの頃、お忍びで下町に遊びに行った時によく食べたな。懐かしい。


 

「そっかあ〜。やっぱりライくんハンバーグ好きなんだね」

「うん!」

 食べたことないけどな。



 実千花は俺のことをライくんと呼ぶ。

 俺のことを未来から来た自分の子供だと思い込んだ実千花は、こう言ったのだ。

 

「未来のこと、あまり教えたらダメなんでしょ? だからパパのことも、きみの名前も聞かないよ。きみのことは……未来から来たから『ライくん』って呼ぶね」


 俺は驚いた。

 俺の本当の名前も『ライ』だからだ。


 こちらの世界の人間は魔法が使えないはずだが、読心術が使えるのか? いや、そんなわけないか。


  

 ※

 


 帰る手段が見つからないまま数日が経ち、俺は焦り始めた。



 このぬるま湯のような生活は、ずっと続くわけではない。

 だが、俺はこの生活がいつまでも続けばいいのにと思い始めてしまっている。


 ミチカの手料理が美味しくて困る。

 夜、布団のなかでミチカが抱きしめてくれるとき、体だけではなく胸の奥まであたたかくなって困る。

  


 なぜこんな気持ちになっているんだろう……


 ここでの生活があまりにも平和過ぎるからだろうか。

 襲撃される心配がない。それがどんなことか。俺はずっと忘れていた。

 こんな、平和な日々はいつ以来だろう。

 両親が《南の魔族》からの襲撃によって殺される前……十歳の時以来か……


 

 そうだった!

 俺には両親や《北の魔族》の民たちの敵を討ち《南の魔族》を殲滅させるという使命がある!

 それを忘れ、異世界で平和を満喫しているなど、由々しき事態である!


 子供の体になり、魔力のほとんどを失ってしまったとはいえ、万が一こんな光景を元の世界のヤツらに見られてしまったら、敗北者と思われてしまうだろう。


 だめだ。諦めてはいかん!

 帰るんだ!

 元の世界に、俺は帰るぞ!



 俺は毎日ひたすら僅かに存在している魔素を体内に取り込み、幼児番組から流れる音楽に合わせて体操をし、来るべき時に備えた。


 

 ※


 

「今日はお天気いいみたいで助かる〜」

 実千花は、ベランダに洗濯物を干して出かけた。

 このところ雨が続いており、なかなかシーツを洗濯出来なかったのだ。

 パタパタとシーツが風になびき、俺の寝巻きと枕カバーも揺れている。

 よく晴れている。この分だと昼過ぎには乾いているだろう。


 いつものように俺はテレビで情報を得たり体操をしていたのだが、ふと窓の外を見ると灰色の雲が広がっているではないか。


「これは、降るぞ……」

 

 俺はベランダに出た。

 洗濯物を取り込もうと手を伸ばすが、子供の身長では届かない。

 そのうち遠くから雷の音が聞こえ始めた。


 くそっ。こうなったら仕方がない。

 

 目を閉じ精神統一。

 やがて風が巻き起こり、俺の体を包んだ。 

 大きく息を吐き、目を開ける。

 

 視線が高くなっている!

 

 やった! 成功だ! 元の姿に戻っている!


  

 洗濯物を部屋の中に放り投げるように回収していく。

 最後の洗濯物であるシーツを物干し竿から外そうとしたその時、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

 

「ただいま! たいへん、たいへ〜ん! 洗濯物、洗濯物!」


 マジかよ!

 実千花が帰ってきた。

 いつもよりだいぶ早いじゃないか。

 っていうか、大変なのはこっちだ!

 今の俺は人間の五歳の男の子ではない。

 十六歳。元の世界では成人だ。魔族だから角もある。しかも、今の俺は全裸だ。


 とりあえずシーツを部屋に投げ入れ……ようとしたのだが、慌てた俺はシーツの端を踏んでしまい、そのまま滑って転んだ。


 

「ライくん! 大丈夫?」

 駆け寄ってきた実千花が俺の体を覆っているシーツを掴んだ。


「洗濯物取り込んでくれたの?」

「う、うん!」

 シーツを剥がされた俺は両手を挙げた。

 おてつだいしたボクえらいでしょ、という表情をする。どうだこの演技力は。どこからどう見ても五歳の男の子だろう?

 

 ちょうどその時、雨が降り出したので実千花は慌てて窓を閉めた。

 

「ありがとうライくん! もうちょっと遅かったら洗濯物濡れちゃってた。危機一髪だったよ!」

 そう言って実千花は俺を抱きしめる。


「ありがとう、ライくん。だいすきっ!」

「ぼ、ボクもミチカのこと、だいすきだよっ!」

 

 危機一髪は俺の方だ。

 もうちょっと遅かったら、本当の姿を見られてしまうところだった……

 

 元の姿に戻った際に破けた服を魔力で再生したせいで、ちょっとクラクラするし、眠い。

 

 実千花の胸に顔を埋める。

 今のでだいぶ魔素使っちまったし、もうしばらくこの姿で……いや、実千花と一緒にいてもいいよな?



 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界から現代日本へ転移した魔族の王は美少女JKに拾われる。 小絲 さなこ @sanako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説