さやかちゃん危機一髪

にゃべ♪

気の多いさやかちゃん

 ゴールデンウィーク。それは一年で一番快適な季節。普段引きこもりの私も外に出たくなる、そんな魔法にかけられる。特に目的はないけれど、5月の風に誘われて私は颯爽と家を出るのだ。

 さて、これからどこに行こうかしら? 透き通る風はどこまでも自由よ。


「そうね、うん。まずはやっぱり書店かな」


 観たい映画もないし、体験したいイベントもない。となると、残りはグルメか知識欲か。他にもあるのかもだけど、私は書店へと向かう事を選んだ。新しい本との出会いを求めて。

 道を歩くと様々な人とすれ違う。女性も男性もいる。でも男性は出来るだけ見ないようにしていた。恐怖症じゃない。その逆なのだ。すぐに惚れてしまって勘違いしてしまって、失敗しかした事がないのだ。


 そう、私は恋をしない女。いや、恋をしてはいけない女。そう言い聞かせるくらいがちょうどいいのだ。自己暗示をかけないと街も歩けないし、テレビも見られない。学校だって通えない。

 て思ってるのに、イケメンを発見してしまった。身長は180センチはありそうで、5月の風景に似合う爽やかな身なり。いやいや、自分には縁がないよ。無視だ無視。


「ああっ!」


 私はイケメンに見とれて足元を疎かにしてしまい、盛大にコケてしまった。このままだと地面とキスしちゃう!

 そんなピンチに、さっきのイケメンがすぐに抱きかかえてくれた。


「大丈夫?」

「あ、はい……」


 私達はベストなタイミングで見つめ合う。これは永遠の一瞬。トゥンク。あわわ……落ち着いて、私の心臓!


「それじゃ、気をつけてね」


 イケメンは爽やかな笑顔を私に見せて、颯爽と去っていく。ああ、ヤバかった。危機一髪だった。恋に落ちるところだったわ。私は自分の胸に手を当てる。うん、大丈夫。落ち着いてきた。

 私は彼が見えなくなるまで、そのたくましい背中を見つめ続ける。これ、恋じゃないよね?



 イケメンも見えなくなったところで、私は目的地の本屋さんに向かって歩き出した。道中では特に素敵な出会いもなく、普通に到着する。よく行く通い慣れた書店だ。連休中は書き入れ時だけあって、店内は割と賑わっていた。

 店に入った私は早速並んでいる書籍をチェックする。新刊に文庫本、雑誌にラノベにコミックスに専門書。内容を知っているものは少数で、だからこそ色々と目移りもする。


「おっ?」


 気になるタイトルの本を私は見つけた。けれど、一番高い棚に収められていて、手が届くか届かないかギリギリだ。私が頑張って背伸びをしていると、ヒョイとその本を抜き取る手があった。


「はい、どうぞ」


 本を取ってくれたのは眼鏡がよく似合う文系っぽい男性。黒髪でいかにもメガネ男子って感じ。手の指も長くて全体的にすごく素敵。もしかして、この書店の主的な存在? でも今日初めて目にしたから違うか。私、ここの常連だし。この出会いってもしかして運命的なもの? また心臓が騒ぎ始めたよ。収まって!

 私が渡された本を胸に抱きしめていると、メガネ男子はそのまま去っていった。またしても恋に落ちるところだったよ。危機一髪だったー。


「あっ」


 考えたら私、本を取ってもらったお礼を言ってない。でも、それを言うために追いかけるのも変だし、心の中でペコリと頭を下げた。本は中身を確認したら趣味じゃなかったので棚に戻した。



 今日は素敵な出会いが2回もあったなぁ。今度はどこに行こうかなあ。目的地を考えながら歩いていると、知らない道に迷い込んでしまう。あれれ? ここはどこ?

 キョロキョロと周りを見渡しながら歩いてると、突然知らない男性に声をかけられてしまう。


「どしたんや? 道に迷ったんか?」

「ふぇ?」


 すぐに声の主を確認すると、そこにいたのは髪を金髪に染めてこんがりと肌を焼いたサングラスの青年だった。見るからに陽キャの人だ。えっと、私、ナンパされてる?

 怖くなった私は早歩きでその場を去ろうとする。しかし、土地勘がないので同じところをぐるぐると回ってしまった。


「なあ、やっぱ迷ってるんやろ。駅まで案内するで」

「けけけ、結構です」

「じゃあ、俺は駅まで行くから勝手についてきたらええよ」

「え?」


 青年はスタスタと歩いてく。あの言葉が真実かどうかは分からなかったものの、ついて行ってみる事にした。すると、本当に駅に着いてしまったのだ。私が駅に辿り着くと、彼は笑顔を見せて手を軽く振って去っていった。キラリと光る白い歯がまぶしい。

 何もされなかった事から、陽キャの人は本当にただの親切心だったらしい。私は変な想像で勝手に色々と決めつけてしまった事を心の中で謝罪する。


「いい人だったなあ……」


 トゥンク。また私の鼓動が早くなる。もう一人の私が追いかけろって言ってる。まぁ追いかけないけど。彼が去って行かなかったら、もし一緒に遊ぼうって誘われてたら……それはそれで危機一髪だったのかも。

 やっぱり外の世界は危ないわ。危険な誘惑が多すぎる。



 ここまで特に目的もなく出てきた訳だけど、駅に来たからにはちょっと遠出をしてみようかな。こう言う場合の定番はやっぱ海でしょ。

 と言う訳で、海に近い場所までの切符を買って電車に乗った。観光シーズンだけあってお客さんが多く、席は空いていない。仕方ない、立っていましょ。


「あ、席どうぞ」


 立って車窓を見てたら、可愛らしい童顔の年下男子に席を譲られた。遠慮するのもどうかと思い、私は素直に席に座る。この時、私の代わりに立った彼と少しの間見つめ合った。すぐに顔をそらされてしまったけど。年下ってのも悪くないかも。

 あでも、実は童顔なだけで同世代か、年上だったりするのかも知れない。ヤバい、妄想が捗ってしまう。何でここでもこんな出会いがあるのーっ。


 少年は次の駅で降りてしまい、私の妄想タイム無終了する。もしずっと乗っていて、同じ駅で降りるなんて事になってたらヤバかったかも。危機一髪だったー。


 目的の駅まで着いたので私は電車を降りる。海を見た後はどうするかな。クレープか何か食べようかな。背伸びをしながら海に向かって歩いてると、突然視界がぐにゃりと歪む。道路の感触も何かおかしい。

 違和感を覚えた私が足元を見ると、そこには光の魔法陣があった。え? ここで異世界転移展開?



 一瞬視界がブラックアウトした私はその場にしゃがみ込む。そして、すぐに感覚が戻ってきた。恐る恐るまぶたを上げると、案の定、全然知らない景色が広がっている。ここはどこーっ?!


「あはは、もう何でもありじゃん」


 私が呆れながら絶望していると、二本足の武装した豚が襲ってきた。あ、オークってやつだコレ。ゴブリンよりはマシだけど、ゴブリンよりマシってだけだなあ……。


 この異常事態に、私は割と冷静だった。異常な状況だからこそ、逆に冷静になれたのかも知れない。冷静になったところで、この豚に切り刻まれる運命は変えようがないのだけれど。

 足がすくんで動けない。叫んでも仕方がないので声も出ない。さようなら、私の人生――。私は覚悟を決めてまぶたを閉じ、もう一度しゃがみこんだ。


「ブギャアア!」

「大丈夫ですか? お嬢さん」


 絶望していた私の耳に王子様のような声が踊る。思わずまぶたを上げると、そこには王子様がいた。マジで金髪のハンサムで高貴な服を着ている。どこからどう見ても王子様だ。こんな出会いってある? 高貴な彼はオークを倒してくれたらしい。

 まさかの天然の王子様の登場に、またしても私の胸は弾む。落ち着けっ! マイハートッ! ハウス!


 私は差し出された手を握り、ゆっくり立ち上がる。そうして、ここに来た経緯を話した。王子様は黙って話を聞いてくれる。

 話し終わると、彼はすぐに原因を明らかにしてくれた。


「ゲートが開いてしまったようだね。済まない、こちらの世界の不手際だ」

「えと、戻れますか?」

「ああ、その手の魔法に詳しい者が近くにいる。彼ならおそらく。私が案内しよう」

「あ、有難うございます!」


 と言う訳で、その魔法使いのもとに向かう事になった。そこまでは王子と2人きりだ。何これ? デートかしら?


「あの、王子はどうしてここに?」

「オークを見かけたから追い払おうとしたんだ。そうしたら君が襲われそうになっていたからね。無事で良かった」


 何でも、この近くに別荘があって、そこで剣術の鍛錬をしていたらしい。私はそんな話よりも彼の横顔に見とれていた。こんな状況、多分私の人生の中でもう二度とない。今しっかり堪能しなければ。

 でももし戻れなかったら、このままこの国に住む事になったなら、私は王子様と結ばれる運命になるのかしら? それで貴族達に疎まれたりしてドロドロの陰謀に巻き込まれたりするのかしら? 妄想が、妄想が止まらないー!


「ここが魔法使いの家だ。無事に戻れるといいね」

「あっはい」


 無事に案内を済ませた王子様は、ものすごくあっさりと帰っていった。あれ? 私の運命の歯車は? ここでボーナスタイムは終わり?

 いかんかん。私としたことが有り得ない展開に溺れるなんて……。そう言う状況になったら多分私はストレスで大変な事になってた。フラグが折れたのは幸運だったんだよ。そう、また危機一髪だったんだ。



「よし、行くか!」


 気持ちを切り替えた私は、魔法使いの家のドアをノックする。


「すみませーん、いらっしゃいますかー」

「おう、入りな。鍵は開けた」


 ドアの向こうから渋い声が聞こえてきた。お言葉に甘えて私はドアを開ける。目に飛び込んできたのは床に伸びている光の矢印。これを辿って来いと言う事なのだろう。なんてテンポがいいんだ。

 意図を理解した私がそのように歩いていくと、黒いとんがり帽子を被ってダボダボの黒い服を来たテンプレファッションの魔法使いがいた。白髮ロングヘアで肌も透き通るような白さのイケてるジジイ、イケジジだ。


「あの……魔法使いさん?」

「ああ、お前さん野良ゲートの被害者だろ? 詳細は見ていたさ。災難だったな」


 彼の声はまるで有名声優のようなイケボだった。その容姿とその声。完璧で究極に似合い過ぎている。文句のひとつもない。何この奇跡のようなお人ー! 惚れてまうやろーっ!

 私が感動していると、魔法使いの表情が呆れ顔に変わる。


「おめえさん、惚れっぽすぎじゃろ」

「は? 何? そんなはずないし」

「分かりやすいんじゃよ。読もうと思わなくても心の中が丸裸じゃ」

「はっ、はだっ!」


 私は彼の言葉にカーっと体感体温が上昇する。もしかして、全てお見通しって事? はっ、恥ずかしィーッ!

 ただ、それを認めてしまうと負けてしまう気がしたので、しっかり反論する。


「ほ、惚れてないもん!」

「まぁいいわ。ほれ、ゲートを作ったぞ。この陣の中に入れ」


 用意周到な魔法使いは、既に帰還用のゲートを作ってくれていた。私はその魔法陣の前まで歩き、しかし、一歩を踏み出すのを躊躇する。


「本当に、戻れるんですよね?」

「疑うな。ほれ!」


 彼は怖がる私の背中を杖で押す。ちょ、そんな雑な扱いしないで。もっと丁寧に――。

 陣の中に押し込まれた私が抗議をしようとすると、既に私は元の世界に戻ってきていた。しかもご丁寧に自宅の目の前だ。魔法ってスゴイ。



 私は狐につままれた気持ちになりながら、見慣れた家を改めて見上げる。


「帰ってきちゃった」


 戻ってきたものは仕方がないと、私は玄関のドアを開ける。今日は色々あったけど、色々ありすぎたけど、とにかく誰にも惚れずに済んだ。それで十分だ。危機一髪を乗り越えたんだ。よくやった私! やれば出来るぞ私!

 自分を褒めながら玄関を見ると、見慣れない靴が並んでいる。ん? 誰か来てるのか?


「あ、コレ兄貴の友達のだ!」


 確か今朝は兄貴が友達が来るって母に何か注文してたっけ。兄貴の友達って一体どんな人なんだろう? もしかして、かなりのイケメンだったり? 新たな恋が始まっちゃたりするのかしら?


「ほ、惚れてなるものですかー!」


 私は気合を入れ直して、多分今日最後になるだろう試練に臨むのだった。



(おしまい)

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