第36話 エンディングのその先へ

  ヤミィヒール女王陛下殺人事件。

 それが解決してから数か月の月日が流れた。


 数か月前の夜。あの狭い洞窟の中で、シャサールはキュアを抱き寄せ、最愛の妹のために静かに涙を流していた……ハズなのに。


 それが数か月経った今ではどうだ。

 騎士の中でもとても偉い立場の者が身に纏う隊服を身に纏った彼は、目の前の椅子に腰掛け、足を組みながら偉そうに踏ん反り返っていた。


「そもそもアルシェが裁かれる必要などなかったんだ。何故ならお前の前世とやらが本当であるのなら、ヤミィヒール様はいずれスノウ姫の命を狙い、その上で世界を掌握するべく、世界を恐怖に陥れようとしていたのだから。その戦いではオレ達はおろか、協力してくれた多くの者が傷付き、命を落としたのだろう。それを、アルシェはさっさと女王陛下を葬る事によって、未然に防いでくれたのだ。まさに救世主じゃないか。誉められはしても、処刑される筋合いはない」

「そのせいでスノウ姫が処刑され掛けた事とか、私が殺され掛けた事とか、あんたもう全部忘れちゃったわけ?」


 何都合の良い事ばかり言っているのだと、キュアはシャサールに呆れた目を向けるが、彼はそんな事全く気にせず、優雅に紅茶を啜っている。


 ポカポカと暖かな陽の光が差す昼下がり。

 城の広い庭園に来いと、キュアはシャサールに呼び出されていた。


 仕方なくそこへ向かえば、待っていたのはキュアを呼び出したシャサールと、彼の付き人として働いているカガミ、そして煌びやかなアフタヌーンティーセット。


 とりあえず座って食え、と言われたので指示通りにすれば、始まったのはいつもの妹語り。


 正直な話、キュアとてそんなに暇ではない。

 妹の話がしたいだけで呼び出すのは、いい加減に止めてはもらえないだろうか。


「しかしさすがはスノウ姫様だ。愚民共がアルシェを殺せと訴える中、アルシェを無罪にして下さった。さすが姫様、分かっていらっしゃる」

「私は甘すぎると思うけどね」


 うんうん、と頷くシャサールに、キュアは困ったように溜め息を吐く。

 

 シャサールは無罪と言うが、それはちょっと違う。


 みんなの協力の甲斐あって、スノウの無罪が証明され、逆にアルシェの罪が暴かれ、彼女は捕えられ、投獄された。

 もちろん、当初は法に則って、アルシェには死罪が与えられるハズであった。

 しかしその刑を軽くしてもらえないかと、彼女の兄であるシャサールと、彼の涙に心を打たれた騙されたキュアが、スノウに直談判したのだ。


 よくよく聞けば、スノウとてアルシェの命を取るまでの事はしたくなかったらしく、彼女はキュア達の願いを快く聞き入れてくれた。

 そこでスノウは、自分の無実を証明するのに一躍担ってくれたシャサールの妹だからと周囲を納得させ、アルシェを死刑ではなく、重くとも無期懲役の刑にするようにと命じたのである。


(でも、アルシェはもうすぐ解放される)


 スノウの優しいところは、キュアも大好きだ。

 しかし今回に限っては、優しいを通り越してお人好しすぎるんじゃないかと、キュアは思う。


 キュアの念願が叶い、スノウは年内にレオンライトと結婚する。

 そしてこれを期に、この国と隣国は一つの国として統合される事になったのだ。

 これはとてもめでたい事だ。

 だからスノウはその恩赦として、アルシェを解放してやるつもりなのである。


「アルシェを解放って、不安でしかないんだけど」

「アルシェも反省している。元は心の優しい良い子だからな。同じような失態は二度と起こさないだろう」

「だと良いんだけど」

「それに安心しろ。オレの好意はお前にしか向いていないんだ。だから二度とアルシェの魅了の術に掛かる事もないし、アルシェと浮気する事もない。だからそんなに心配するな」

「……」


 妹と浮気とか、マジで冗談じゃない。


「それよりシャサール。私、こう見えて色々とやる事があるの。妹語りなら他を当たってくれる?」

「何だ、嫉妬か? 可愛いな」

「そうじゃない」


 こっちは引っ越しの準備で忙しいんだ。

 くだらない用件なら、マジで後にして欲しい。


「良いだろう、別に。前みたいに森に住んでいるわけでもあるまいし。共に城で住み込みで働いているのだ。すぐに会える距離にあるのだから、会いたいと思ったら会おうとして何が悪い」

「いや、だから私にはやる事がいっぱいあるから、遊んでばかりはいられないって話なんだけど……」


 オレは間違っていない。

 そう言わんばかりのシャサールに、キュアは困ったように溜め息を吐く。


 ヤミィヒール女王殺人事件。

 その事件に良い意味でも悪い意味でも巻き込まれた八人のエルフ達は、それを切っ掛けに、スノウの専属護衛兵として城で働く事になった。

 もともと、魔法を始めとする戦闘能力に秀でていたエルフ達。

 その能力や実績を評価されたエルフ達は、結婚を期に隣国にある城へ移るスノウを引き続き護衛するべく、彼女と共に隣国の城へと異動する事になったのだ。


 そのため、キュア達は隣国の歴史や作法を勉強したり、異動のための書類を作成したりするなどして、引っ越しの準備を忙しなく進めているのである。


「だから私は今、すごく忙しいのよ。勉強は苦手だし、書類作成は意味が分からないし! でも推しカプの新婚生活をこの目で拝めるから、死に物狂いでやるけどね!」

「相変わらず動機がわけ分からんな」


 他人の新婚生活を見て何が楽しいのか。

 残念だが、自分には到底理解出来ない。


「まあ、良い。そこまで文句を言うのであれば、そろそろ本題に入ろうか」

「あ、あったんだ、本題」


 用がないのなら、さっさと食べてさっさと戻ろうと思っていたキュアであったが、意外にもシャサールは、ちゃんとした用件があってキュアを呼び出したらしい。

 それならそうと早く話してくれよ、とキュアが目線で促せば、シャサールはその本題とやらをようやく口にした。


「オレがスノウ姫の筆頭専属護衛兵に就任し、レオンライト王子との結婚後、姫やお前達と共に隣国の城へ異動する事は知っているよな?」

「うん、知っているよ」

「そう、つまりオレは、お前達を纏め上げる隊長となる。そして隊長になるという事は、お前達の上官となる。ここまでは理解出来ているか?」

「……出来ているよ」


 言い方が鼻に付くし、この先コイツの下で働かなければならないのは癪だが、これはスノウ命令だ。致し方ない。


「では、お前達の上官となるオレの立場は、どのくらい偉くなると思う?」

「え? えーと……どのくらいだろう?」

「そうだな。お前に説明したところで、どうせ理解出来ないのだから、とても高くなるとだけ理解してくれれば良い」

「……」


 コイツの下で働かねばならない事に、苛立ちしか感じない。

 何とかして、出世出来ないだろうか。


「そう、オレは立場上、とても偉くなる。だが、そんな偉い立場となったオレに、配偶者がいないのはどうにも格好が付かない。だからキュア。お前、オレの配偶者になれ」

「……。は?」

「オレと結婚しろ」

「……」

「返事は?」

「え、待って。ちょっと待って。ねぇ、まさかこれ、プロポーズ?」

「は? 他に何だと思うんだ?」


 何だと思うんだって……。

 訝しげに首を傾げるシャサールに、開いた口が塞がらない。

 今のをプロポーズとして受理しろと?

 いや、無理だろ。


「す……、するわけないでしょ! アホか!」


 まさかのプロポーズに、キュアは思いっ切りテーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。

 何だ、今のプロポーズは。

 こんな上から目線のプロポーズがあって堪るか!


「アホではない。オレは真剣に言っている」

「尚悪いわ!」

「まったく、お前は相変わらず可愛げがないな。素直に受け取れば良いモノを」

「受け取れるか! むしろ、よく成功すると思ったね!?」

「そりゃ、思うだろ。何故ならオレ達は既に恋人同士。致している事も色々致しているしな」

「生々しい言い方止めて!」


 確かに自分達は恋人同士だ。プロポーズされてもおかしくはない。


 でも何かもっとこう、雰囲気と言うか、何と言うか……。とにかく何かもっとこう他に何かあっただろうに!


 しかしキュアに全力で断られたにも関わらず、シャサールは勝ち誇った笑みを浮かべながら、存在感の薄くなっていたカガミを呼び寄せた。


「カガミよ、カガミ。キュアをオレのモノにするにはどうしたら良い?」

「はい、このままグイグイいけば、割とチョロくモノに出来ます」

「ちょっと! 言い方ッ!」


 割りとチョロくって何だ?


「まあ、そういう事だ」


 カガミに言いたい事は多々あるが。

 

 勝ち誇った笑みを浮かべたまま立ち上がると、シャサールはキュアの隣に移動し、その顎をグイっと持ち上げた。


「このまま遠慮なくグイグイいかせてもらうぞ」

「……」


 そう不敵な笑みを浮かべるシャサールに、キュアは白い目を向ける。


 そうしてから、キュアは自分の顎を掴む彼の手をパンッと払い退けた。


「命令口調じゃなきゃ良いって言ってんのに……」

「うん?」

「もっと、こう、ちゃんと? 一般的な感じで真剣に言ってくれれば、その……私だって素直に受け取る」

「……」


 自分で言っておきながら恥ずかしくなって来たキュアは、シャサールからフイッと顔を背ける。

 

 しかしそれは、シャサールからしてみれば煽られているような行為だったのだろう。

 顔を背けられたために見えたのは、真っ赤に染まったキュアの耳。

 彼女のその反応に、シャサールは、自分の中で何かが切れたのを感じた。


「カガミ。席を外してくれ」

「畏まりました」

「え、待って、カガミ! いなくならないで!」

「キュア」

「っ!」


 待っていましたと言わんばかりに、さっさと立ち去ろうとするカガミを、キュアは必死に呼び止める。


 しかしその甲斐虚しくカガミが立ち去ると、シャサールはキュアの体を自分の方に向かせ、その両手首を優しく掴んだ。


「好きだ、キュア。だからオレと結婚してくれ」

「えっ? えっ、あ、その……っ!」


 急に真剣な目で瞳を覗き込まれ、キュアはパクパクと口を開閉させながら言葉にならない声を上げる。


 そして掴んだキュアの手首を引き寄せると、シャサールは彼女の体を軽々と抱き上げた。


「そして子供を作って、姫達の子と結婚させよう」

「待って、展開が早すぎる!」


 さてはて。

 一方こちらはスノウとカガミ。

 不器用な二人の恋の進展に興味津々なスノウは、今日の二人の様子をカガミから聞き出した後、今日はもう一つだけ彼に尋ねた。


「カガミよ、カガミ。キュアとシャサ―ルの未来は、この後どうなりますか?」

「はい、概ねシャサール様の希望通りになります」


 前世では見る事の出来ない、アニメのエンディングのその後。

 どうやらそれも本編には負けないくらいの、甘い物語になりそうである。

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白雪姫と八人のエルフ達 かなっぺ @kanya1616

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