第5話

 老人から声をかけられた後、私は駅前のビジネスホテルにチェックインした。もう少しこの町に滞在して、探索する必要があるのだ。飛び入りで入ったビジネスホテルの一部屋が空いていたことは幸いだった。この町に来て初めて、休息を得て、すこしベッドに腰掛けるつもりだったものが深い眠りについてしまった。それは長い眠りだった。

この町に到着してから三日目の夜、町の散策と聞き込みを終えた私はホテルの自室でまどろんでいた。少し諦めの気持ちもあったかもしれない。その時、窓の外から大きな音が聞こえてきた。窓も振動している。それは三味線の刻む音で、遠くの方からその音を響いている。なんだろうと思っているうちに三味線の音が大きくなり、続いてヒョローという篠笛のメロヂィーが聞こえてくる。私は音につられて震える窓を開けると遠くの方に赤提灯を持った連中が見え、その後ろに三味線を持った着物の女性集団、篠笛の集団が続いているのが見えた。急いでホテル前の道まで出ると、篠笛集団が通過したところだった。

その場に立って眺めていると、篠笛集団の後ろから締太鼓、鉦鼓の鳴り物集団が現れた。急いで私はホテルのサンダルを脱ぎ、自分の履いてきたスニーカーに履き替えるとその集団についていった。その集団の行列は駅前の広場まで続いていた。広場には大勢の鳴り物集団と見物人が集まっていた。広場全体が車両通行止めとなっており、鳴り物集団が中央に占拠していて、その周りには見物人がいる。一本の道となった行列を鳴り物集団が囲み、さらにその周囲に見物人がいる。私もその一番外側の見物人の一人として加わった。行列の両脇に分かれた鳴り物集団はその場に立ち止まりずっとシャカシャカとして金属音を出し続けて、誰かの到着を待っているようだった。すると行列の奥の方から数人の踊り手の姿が小さく見えた。初めに現れたのは法被にねじり鉢巻きを巻いた小男の姿。小さな男達はねじり鉢巻きをして、皆うちわや扇子を手にして、それを細かく振りながらおどけた踊りで進んでいく。陽気な音に誘われて私の体も小刻みに動き出すのがわかった。鳴り物集団の二拍子のリズムが次第に刻む速度が速くなってきた。私は高揚した。法被姿の小男の後ろから淡いピンク色の着物を着て、袖からは白い長そでの裾が見える女性の踊り手の集団がやってきた。これが大本命と言う形で鳴り物集団の音は最高潮を迎えた。行列の中央をやってくる女性の踊り手達が大本命であることは、私のもわかった。女性の踊り手達は皆、半分に折れた笠をかぶり、黒い下駄を斜めにして前のめりで、踊り進む。一心不乱という言葉しかその行動を表す言葉は思い当たらない。彼女達の精緻な手さばき、足さばきに私は目を奪われた。落ち着いた笑顔で踊りに没頭する彼女達に私は夢中になった。踊り手達は、鳴り物集団と見物人に囲まれて数分程踊りを披露した後、さらに踊りながら駅へ向かって練り歩いていった。鳴り物集団は脇にはけて、踊り手達は駅の構内へと消えていった。誰かに背を叩かれたので驚いて振り向くと、あの小さな老人がにやりと笑い法被を私に手渡してきた。裏道の物陰では私は渡された法被に着替え、遅れまいと駅構内へと踊り手を追いかけて続いていった。改札から駅構内に入ると、笠を目深にかぶった踊り手の集団が長い跨線橋の階段を整然と二列でしゃなりとしゃなりと下駄を履いた前傾姿勢で両手を天に向けて挙げ、手すりも持たずに踊り登っていく。彼らはとても不安定でぎりぎりのバランスを保ちながら階段を踊り登っていた。両手の振り付けも完璧だった。呆然と眺めていると、頬かむりをした一人の若い男性が跨線橋を駆け上っていった。若い姿の頬かむり男性は、薄ピンクの着物を着た女性踊り手の背後に取りつくと二人は跨線橋の踊り場の影へとすっと消えていった。それを階段下で見ていた数人の男性のうち一人がさらに跨線橋を走りあがっていった。下から眺めていた男踊り連中が一人一人と跨線橋の踊り場へと駆け上がっていく。背後を奪われた女性の踊り手数人は跨線橋の影へ消えたが、依然として大多数の踊り手が。何も気にしない様子で整然と踊りながら階段の昇降を繰り返している。列は長く伸び、三面五線で島式ホームは薄ピンク色の踊り手達でいっぱいになってしまった。まだ十数人以上の若い男連中が階段の下から踊り上っている女性踊り手の後ろ姿を熱く見つめている。かく言う私もその一人であった。私はどうにもならない下半身の疼きを感じながら、遠くに聞こえる鳴り物の音に合わせて、体を震わせ、跨線橋の下から美しい踊り子を眺めている。

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阿波環状線の跨線橋 武良嶺峰 @mura_minemine

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