第4話

 やっとたどり着いた阿波池田駅は事前調査の通り、三面五線で島式ホームの二面が跨線橋に連絡していた。ついにここまで来たという思いと共に、作中の文章から想像していただけの駅がやっと目の前に現れたという既視感があった。ここで何か奇妙な風習が取り行われているという私の思いはより強くなった。とりあえず跨線橋を渡り、改札口のあるホームから駅を出ると、私はこの町の観光協会に向かった。駅のロータリーから一本内側に道を入ったところに三階建ての小さな雑居ビルがあり、一階の頭上看板に「阿波池田観光協会」と書いてある。私は早速その建物の中に入った。雑居ビルの一階に入ると事務員らしい中年女性が手前に座っており、奥の方は責任者らしい作業着を羽織った男性が一人、パソコンの画面に向かっている。私に対し手慣れた感じで中年女性が観光マップはこちらですと言って手渡した。どうもと、会釈してその資料の表紙を眺めると、薄ピンク色の着物を着て白い長そでを着たつま先立ちの下駄をはいた女性たちが整然と踊っている写真が目に入った。

「阿波踊りに興味がありますか。」

中年女性事務員が話しかけてくる。いやあ、はあと煮え切らぬ返事をしていると中年女性は自分のデスクへと戻っていった。私は思い切ってこの女性に「阿波環状線の夢」という阿部公房の短い文章を知っているかとたずねた。阿部公房が三十年以上前に書いた随筆集にこの町が彼の夢の中に現れているのだが、、と早口に伝えた。今度は中年女性の方がぽかんとした顔をして、何のことですかと回答に困っていた。ここまで来て引き返すことのできなかった私はより具体的に作中の説明をしてこの阿波池田駅で奇妙な風習が残っていないかと直接聞いてみた。(つまり、女性を男性が後ろから襲っても罪に問われないというもの)、すると中年女性はあからさまに不機嫌な顔をして頭のおかしい犯罪者を見るような目つきで私を睨んだ。

「どうしても知りたいのだけれど、他にこのことを知っているような人がいれば教えてほしい。」

 しつこく私が食い下がっていると中年女性は身の危険を感じたのだろうか、奥にいる責任者男性に目配せした。これは危ない旅行者が来たと。

「何かこの町についてご興味を持っていただいているようでありがとうございます。先ほど、うちの事務員から聞きましたが、奇妙な風章がこの町にあるのではないかと調査されているのでしょうか。なんのことかわかりませんが、あなたが言っているとうな奇妙な風習はこの町にはありません。それは今も昔も。ぜひこの町の美味しいものでも食べて数日後に取り行われる阿波踊りのお祭りを楽しんでいってください。」

 その責任者男性の笑顔は自然体そのもので、他の旅行者に対するものと寸分違わぬものだった。ただその責任者男性は体よく私を追い出したいのだろうということは、鈍い私にも理解できた。しょうがなく私は観光協会を後にした。ただそれだけであきらめられるわけでもなく、私は駅から続く細い商店街をふらふらと歩いた。商店街には街頭で揚げ物を売っている店員や小さな書店の書店員に奇妙な風習のことを聞いたが、皆首をかしげて私へ怪訝な視線を投げつけるだけだった。私はくたびれて商店街に設置されたベンチに座りペットボトルの茶を飲んだ。どうしようもないかもしれないが、あたりまえのことかもしれない。疲弊して動けなくなり三十分程そこのベンチに座っていただろうか、後ろから誰かに背を叩かれて私はベンチからずり落ちそうになった。背後には小奇麗なシャツを着た小さな老人が立っていた。

「なんですか。」

 私は不安になり声を張り上げた。私が奇妙なことを質問してこの町を歩き回っていることに対して咎を受けるのかもしれないと身構えたわけだ。ただ老人は私を手招きしているだけだった。呆然と私はそれに従い、ついていった。周囲に誰の姿も見えなくなる場所までくると老人は、町の人に「あの質問」をするのはやめなさい、あと数日もすれば色々わかるだろうから待っていなさい、といって去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る