第3話

 早朝家を出る前に母から渡された三万円には酷く心を痛めたが、どうしても私には実態を確認しなければいけないという使命感にも似た思いが私を突き動かしており、さらに追加の二万円の寄付を仰いだ。昨夜、母にはちょっと就職活動のために東京へ行くから数日間家には戻らないと告げていたのである。東京発の高速バスに乗ったのは昼過ぎで、東京から高速バスに八時間近く乗っていいただろうか。尻は椅子の形に合わせて固く変形したがようやく徳島駅前のバス停に到着した。そこからは在来線の徳島線に乗り換える。徳島駅の周辺は想像していたよりもかなり栄えており、駅の近くには大きなホテルが林立し、向かいの川沿いに広く整備された公園が広がっている。特にこの駅に私が求めるものはないだろうと考えていたので、駅のキオスクで買ったおにぎりとペットボトルを持って私は駅構内に入った。単式ホーム一面一線、島式ホーム一面二線という巨大な駅である。ここにも立派な跨線橋があるが、私の求めている跨線橋ではない。ホームの看板には『阿波踊りの町』と至る所に表示されている。作中に書かれた場所に近づいてきていることを実感し、私は不思議な高揚感を覚えた。あの田舎町の暗い一部屋にいたままでは感じることができなかったものである。時刻用の電光掲示板には七時十五分徳島発の文字が光っている。目的地の阿波池田駅までは二時間半の道のりである。そこに行くまでに、阿波山川、阿波加茂と言った駅を通過していくが、そこも私の最終目的地ではない。これらの駅には跨線橋はなく、一面一線の小さな無人駅ばかりである。徳島線は徳島駅からほぼ吉野川沿いに上流へ向かって同じように登っていくような道のりである。徳島駅近くで広がっていた吉野川も上流に進むにつれてやや細く急流になっていくのが、車窓から見ていても良くわかる。このどこかに奇妙な風習が残っているはずだと私は強く思った。二時間の電車の旅は思っていたよりも長かった。途中の無人駅では誰を待つでもなく十分、二十分と電車は無意味に停車しているのでなかなか先に進まない。乗客も次第に減り、阿波池田駅に着く頃には徳島駅ではほぼ満席だった乗客が、十分の一程の人数になっていた。車内のアナウンスが間もなく終点の阿波池田駅に到着することを知らせた。がらんとした車内にアナウンスの声はひどく響いた。

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