ある日の2人

あるふぁ

寝ている間に……

「なあ、晶」

「なに、兄貴?」


 このやりとりは俺たちが毎日のようにしているものだ。

 何ら変わりないはず。でも、一つだけ違和感がある。ちょっとした違和感ではなく、大きな違和感。

 その正体は俺の顔にあった。


 違和感自体は結構前からあったと思われるが、俺はさっきまでその違和感に気がつくことができなかった。

 その違和感とは、俺の顔にある落書きのことである。


 なぜ気づかなかったかというと簡単なことだ。ほんの数分前まで寝ていたからだ。

 それでは、なぜ気づいたのかというと、晶が笑っていたからだ。俺の顔を見て。寝癖でもついているのかなと思い鏡を見たらこの有り様である。


「俺の顔に落書きがあるのだが」

「そりゃあるね。僕が書いたから。それがどうしたの?」


 なぜかは知らないが晶は反抗期らしい。この開き直り具合もそうだが、体の向きからして。

 朝はそんなことなかったのだが。


「まともな人間は人の顔に落書きしない!」

「兄貴がマヌケな顔で寝てたら落書きするのは常識でしょ?」

「少なくとも俺はその常識が通用する世界に住んでいないからな」

「何でこんなに怒ってるの? 油性じゃないからすぐ消せるけど?」


 そこは気遣っているのか、と安心する俺。でも、言わなくてはいけないことがある。


「書いたという行為自体に怒っているわけではないからな――いや、怒っていないわけでは無いが……」

「それじゃあ、何に怒ってるの?」

「落書きの内容だよ! なんだ『セール中』って。俺はどっかの売り物かよ! それに、近くに『¥3980』って。俺の価値は四千円以外なのかよ!」


 俺は間髪を入れずに続ける


「油性じゃなかっただけだが。水性じゃなかったら引きこもるしかなかったからな」

「じつは油性で書こうと思ってたけどインクが切れてたんだよね〜 命拾いしたね兄貴。でも、兄貴が引きこもったら、僕も一緒に引きこもるから安心して。そうしたら一日中ゲームできるよ」


 ――――といった感じの晶にツッコミを入れつつ、「僕には関係ないことなんだけど」の一点張りで通す晶に口止めしておく。万一にも親父や美由貴さんにバレたらどんな反応をされることやら






  * * *






 仕事から帰ってきた親父や美由貴さんに鉢合わせといった展開もなく、俺は無事に顔を洗うことができた。

 洗面所を出て、リビングに向かう。その最中、スマホの通知が鳴った。

 いつもなら気に留めないのだが、光惺からのLIМEだったから目を疑った。

 それもそのはず、光惺から連絡してきたのは、片手で数えられるほどだからだ。


 肝心な内容はというと

『ひなたからこんな写真を見せられたんだが』

 というものだった。

 どんな写真か分からず困惑していると、ちょうどいいタイミングで写真が送られてきた。

 その写真はというと、俺の寝顔だった。もちろん、の写真ではなく――それなら光惺から連絡はこないだろう――先ほどまで顔に書かれていたが顔に書かれている状態の写真だった。

 推測するに、晶が撮っていたその写真をひなたちゃんに送ったのだろう。


 ということは、やることは一つだよな


「晶」

「なに、兄貴?」

「晶、わかってるよな?」

「兄貴ごめん」


 いきなり頭を下げられて面食らった。

 俺の反応に構わず晶は続ける


「まず、兄貴の顔に落書きしてごめん。次に、生意気な態度取ってごめん」

「理由を――聞いてもいいか」

「…………」

「言いたくないなら言わなくても――」

「――いや、言いたくないわけじゃ……自分が恥ずかしいだけで……ほんのちょっとだけ…………」

「小声で聞こえなかったんだが、なんて言ったのか?」

「――拗ねただけって、言った……」


 話を聞いた限りだと、俺の何らかの行動に拗ねて、晶はいたずらしたのだろう。

 思考を巡らせる中、俺はある記憶にたどり着いた。そういえば――


「ごめん、晶。ゲームの約束忘れてて」

「一応は覚えててくれたみたいだね」

「本当にごめん」


 そう、俺と晶は今日、ゲームをする約束をしていたのだ。最近お互いが忙しくて二人でゲームをする時間がとれていなかったからだ。

 けれども、睡眠不足が原因で頭が回っていなかったせいで、俺はすっかり忘れていたのだ。


「そう思ってるなら、今から一緒にゲームしてくれる……?」


 晶のゲームに誘う表情はとても可愛らしくて――

 答えはすぐに出た。それも自然と


「ああ、もちろん」


 晶の表情は先ほどよりもうんと明るい表情になっていて、晶の笑顔はいつにもまして可愛くて。その笑顔を見ているとなんだか気恥ずかしくて顔が熱い。

 それに、晶の顔も心なしか赤くなっていて……




 少しぎこちない空気になってしまったが、数分後、俺たちはゲームを始めるのだった。もちろん、お互い真剣モードで



 そして、この後、俺は再認識することになる。晶の凄まじい集中力を。

 徹夜でゲームをして、いつの間にか寝落ちすることになるなど知る由もなかったのだった




【涼太の後日談】

 あのLIМEのあとに光惺から『値付けミスってるな』『どう考えてもマイナスだろ』と送られてきたことに気がついたのは翌日になってからだった。

 その後、光惺を問い詰めたのは言うまでもないだろう。


【涼太の後日談②】

 俺は衝撃の事実――俺の寝顔の写真が定期的にひなたちゃんに渡っていること――を知ることになるのだが、それはもっと後のことだ。ちなみに、真相は、晶が一方的に送りつけていただけだったのだが……

 晶の身勝手な行動に振り回されるひなたちゃんに、俺は深く同情した。






(完)

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