電車に乗る時はご用心

平 遊

私の危機一髪

 朝の満員電車。

 途中の駅から乗り込もうとしていた女性が、突然乗るのをやめてホームに戻った。

 混みすぎているから諦めたのかと思いきや、閉まったドアの窓越しに見た彼女の足元は、黒とベージュ。

 もしや片足ずつ色の違うパンプスを履いているのかと目を凝らしたところ、どうやら片足だけパンプスを履いていない。

 そこでようやく気づいた。

 彼女は電車に乗り込もうとした際に、ホームと電車の隙間にパンプスを落としてしまったのだ。

 彼女をホームに残したまま、電車はゆっくりと走り出す。

 その電車の中、私は自分自身の体験を思い出していた。


 あれは私が女子高生の時だった。

 当時はミニスカートにルーズソックスが全盛の時期。私も右に習えでミニスカートにルーズソックス。電車通学をしていた。

 乗り換えの駅はその電車の始発駅。

 私は慣れた足取りで、ホームに止まって出発を待っている電車に乗り込んだ。


 つもりだった。


 一瞬にして視界がガクンと下がり、気づけば腰辺りに電車の床が見えた。

 私の片脚は、ホームと電車の間の隙間にスッポリと嵌ってしまっていたのだ。

 幸いにも脚は直ぐに抜け、その場を離れることができたのだが、ミニスカートの女子高生が片脚をスッポリと電車の床まで埋めている姿は、なかなかシュールだったのではないだろうか。

 ほどなくして、友人が同じ電車に乗ってきたが、私は素知らぬ顔で友人と合流した。

 もう少し友人が来るのが早ければ、もう少し私がその場を離れるのが遅ければ、あられもない姿を見られてしまっていたかもしれない。

 正に、危機一髪。


 それから、こんなこともあった。


 あれは社会人になって数年後の通勤時のことだ。

 当時の私は寝起きがひどく悪く、通勤時さえもまだ頭は眠っている状態。

 ぼんやりとした頭で、満員電車に背中から乗り込んだ時だった。


 一瞬、ガクンと視界が下がったかと思うと、次の瞬間に両脇を抱えられ、視界が元に戻ったのだ。


 いったい何が起こったのか。


 まず、私はまたも、ホームと電車の間に片脚を落としかけた。

 そして、それに気づいた私の両隣の乗客が、すかさず私の腕を掴んで引き上げてくれたのだ。

 もし、どちらかあるいはどちらの乗客も引き上げてくれなかったら、私は高校生の時と同じように、片脚をホームと電車の間に突っ込んでいたに違いない。大勢の乗客の目の前で。もしかしたら、駅員が飛んできて救出作業となり、電車遅延を発生させていたかもしれない。

 正に、危機一髪。


 ちなみに、両隣の乗客は、どちらも私の知らない方。その乗客同士も知らない人同士だったらしい。にも関わらずの、ナイスプレー。

 あの、名も知らない方たちに、感謝!


【終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電車に乗る時はご用心 平 遊 @taira_yuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ