ビューティフル メモリー(後編)
わたしが手持ちの色鉛筆で描いた絵は、お世辞にもうまいとは言えなかった。だから、わたしは次の日も公園に行って、おじいさんの絵を見に行った。
前の日に失礼なことをしたわたしを、おじいさんはやっぱりにこにこと迎えてくれた。
「おじょうちゃんは、どの絵が好きなんだ?」
と聞かれたので、昨日見た絵を指さした。
おじいさんはびっくりして、そしてまた笑った。
「この絵なのか? この絵は睫毛が長くて、体が細すぎるんじゃないのか?」
私は真っ赤になって、今度は正直に心を伝える。
「でも、この絵がいちばんきれいだったから」
「そうか、そうか」
おじいさんは、またにこにこ笑った。
「ねえ、おじいさん。絵を描くって難しいのね。昨日いっぱい描いたけど、ぜんぜんうまく描けなかった」
「そうだねえ。いっぱい練習すれば描けるようになるよ? ぼくみたく」
「おじいさんは、いっぱい練習したのね」
「そうだよ。たくさん書いたよ。山のようにね」
おじいさんは、またにこにこしてわたしに答えた。
それから、毎日絵を描いてすごした。
なんとなく、あの絵に似た絵を描いていて。
まつげが長くて、細い女の子。
そんな絵ばかり描いていて。
毎日描いていたら、一枚だけ気に入った絵がかけたので、おじいさんに見せようと思った。
いつもの公園のいつもの場所に、おじいさんはいた。
「おじいさん、見て!」
わたしは、おじいさんに上手く描けた絵を渡す。
おじいさんはそれを見て、笑顔になった。
「わはは! おじょうちゃん、良い絵がかけたね! でも、ちっと睫毛がながくて、体が細くないかな?」
「いいの! それがかわいいんだから! そうでしょ? おじいさん!」
「そうだね! がはは!」
おじいさんは口を大きく開けて笑った。
それから、わたしはおじいさんのところへしばらく通ってあそんだ。
絵を少し教えて貰ったり、一緒に絵を売ったりして。
でも、ある日、おじいさんは「次の場所へ行く」と行って、明日にはもうここには来ない、とわたしに言ったのだ。
別れは胸が痛むほど悲しかったけど、引き止めても無駄だろうと思った。
大人の事情とやらは、子供には変えられないのだ。
「おじいさん、わたし、これからも絵を描いて行くよ」
「そうか、そうか。じゃあ、おじょうちゃんにはこれをあげよう」
おじいさんは、わたしの肩に手を置いて、あのきれいでかわいい女の子の絵をくれた。
「元気でな」
「おじいさんも元気でね。わたし、この絵みたいな絵を描けるようになるから」
「がはは、楽しみだな!」
おじいさんは、夕日のなか笑って去って行った。
次の日から、おじいさんがあの公園にくることはなかった。
「絵を描き始めたきかっけは――」
記者の声に答えようとして、あまりにも複雑な気持ちと切ない思い出に、言葉がつまる。
おじいさんの絵に魅了されたわたし。
優しかったおじいさん。
あとあと聞いた話では、あのおじいさんには当時のわたしと同じ歳ほどの女の子の孫がいたのだという。だから、私のことも、孫のようだと思ったのかもしれない。とてもかわいがってくれた。
「きっかけは――」
フラッシュが幾度もたかれるなか、私は言う。
「ないしょです」
新聞記者がぽかんとした顔をした。
あの、絵の魅力を教えてくれたおじいさんとの時間は、ないしょ。
だれにも言わずに、わたしのこころにしまっておこう。
あまりにもすてきな、美しい思い出だから。
おわり
ビューティフル メモリー【短編】 陽麻 @urutoramarin
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