三つのA

フィステリアタナカ

三つのA

 彼と初めて話をしたのは高校生二年生の五月。登校中、電車に乗ってから二駅を過ぎると、彼はいつものように電車に乗ってきた。私服姿で。

 僕は制服ではなく私服姿の彼に驚いて、思わず声をかけてしまった。


「えーっと、石塚君だよね」

「ん? そうだぞ」

「何で制服じゃなくそんな格好なの?」

「お前、学校行くのか?」

「そうだけど」

「学校に行くなんて馬鹿じゃねぇの。雲一つ無いこんなに良い天気なんだから、その日にしかできないことするんだろうよ」


 僕は彼の発言に啞然としてしまう。何故学校に行こうとしないのか、理由がわからなかった。


「それはダメじゃない? 先生に言われるよ」

「いいんだよ。どうせあいつら社畜を作ることしか考えていないんだから。あんなに生徒にガミガミ言って、反抗したら学校のルールを守れって。大人だからって力でねじ伏せる。無理矢理学校のルールを守らせるって、絶対に会社のルールを守らないといけないって洗脳だよ。洗脳」


 彼の言っている意味がわからなかったが、僕は彼の洗脳という言葉を聞いてショックを受けたのは間違いなかった。


「じゃ、学校頑張ってな。俺は海に行って、打ち上げられたクラゲでも海に放り投げるわ」


 僕は電車から降りる。彼は窓の外を眺め、青空を楽しんでいるようだった。

 改札を抜け、学校への道を歩く。日差しは心地よく、風も穏やかだ。学校の敷地に入り、昇降口で靴を履き替える。クラスに入ると、窓際の彼の席をふと見てしまった。


「今日は、石塚は来ていないのか」


 ホームルームが始まる。先生が話をしているのに、隠れてゲームをしている人もいる。いつもと変わらない日常だが、何故か僕は彼のことが気になった。


 六限目の授業が終わり、掃除の時間になる。先生が見ていないことをいいことに、掃除当番をサボって下校していくクラスメイトが結構いた。僕は残った数人の生徒と机を動かし、掃除をする。掃除が終わり机を整理していると、彼の座っていた席の左側の壁に「A」という文字が三つあることに気がついた。


「なんだこれ」


 「A」の文字を消しゴムが消そうと思ったが、石塚君が書いたものなら、あとで彼に注意をして、文字を消してもらうようにしようと考えた。


 翌日。僕がクラスで英語の単語テストのための勉強をしていると、教室の前の方の扉から彼が教室に入ってきた。彼は不規則に並んでいる机の間を通り抜け、自分の席へ。机に鞄を置いた後、壁に向かい屈んでいた。

 その日は彼に声をかけられずに終わった。帰りもいつものメンバーが残って教室の掃除をする。机を整理している時、気になったので壁みると、そこには「A」の文字が四つに増えていた。

 どうやら彼は休んだ翌日に「A」を書いて、欠席日数をカウントしているみたいだ。


 十一月のある日、先生がホームルームで石塚君のことを言った。どうやら、石塚君はこのままのペースで行くと、欠席日数の関係で留年してしまうらしい。だから、先生はみんなにも彼に声をかけて欲しいと頼んでいた。

 その日の放課後。掃除当番ではなかったが、残っている人数が少なかったので僕も掃除をすることにした。

 机を整理して掃除が終わる。僕はシャープペンシルを持って壁に行き「A」の文字を三つ書き足した。


 数日後、彼はまた学校を休む。その次の日には、いつものように教室にきて壁の前に座り「A」を書き足しているようだった。


「まずいな」


 その日から彼は一日も休むことなく学校にきた。


 一月の下旬、彼は四日間、風邪で学校を休んだ。そしてその次の日、珍しく彼は落ち込んだような表情をして学校にきた。僕は彼に声をかける。


「石塚君。休んでいたけれど、風邪大丈夫?」

「ん? あぁ、風邪は大丈夫だ」

「風邪は大丈夫って」

「昨日休んじまって、俺留年なんだよ」

「えーっと」


 僕は壁に「A」の文字を三つ付け足して書いたことを彼に言うと、


「このやろ!」


 彼にヘッドロックされ、僕は彼を引きはがそうとする。彼は僕を解放してくれて、こう言った。


 「はぁ、焦った。マジ駄目かと思った」


 その日から、彼とよく話すようになり、仲良くなった。


 三月の終業式の日。天気は快晴。これから三年生に上がるのかと思いながら、電車の窓から外を眺めていた。

 彼が電車に乗ってくる。僕は彼を見て、私服姿に苦笑いをしてしまった。


「おう。これから、海に行くぞ。拒否権は無しな」

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