TS狐と雨のそら after



「恋人らしいことがしたい?」



 九月の空の下、月に一度の戦闘訓練の授業中、順番を待つ同級生のハーピー少女の言葉に、わたしは真剣な顔で頷きを返した。



「ほら、あの馬鹿と付き合い始めてそろそろ一ヶ月以上経つんだけどよ、なんつーか、なまじっか幼馴染で関係が固定化してたせいで、付き合ってからもあんまりする事かわってなくてさ?」


「まあ貴女の言いたい事も分かるけれど、取り合えず今は向こうに視線を向けてあげたらどうかしら?」

 


 そうして向ける視線の先、校庭の中央で戦闘訓練の外部講師に向き合っているのは、私が付き合っている馬鹿の姿だ。


 私達は一般科で専用の装備を持ってる奴は稀なため、馬鹿も学校の備品の防具を身に着け、模擬戦用の刃を潰した長剣を両手で構えて外部講師の女性に向き合っているのだが、



「うわー、えげつねぇな、馬鹿の攻撃何一つ当たってねぇんだけど」


 

 あの馬鹿はサトリ系変異で目を見た相手の思考が読めるはずなんだけど、見ている限り攻撃は全部避けられている上、馬鹿は講師の女性の動きが見えていないのかと思う程後手に回っている。


 まあ思考が読めた程度で本職相手に勝てる訳は無いんだけどさ、流石にあそこまで無力だと笑えてくるというか、自分の狐耳で音声を拾う限り、『なんで考えてる事と逆に動けんの!?』とか、『何でここで昨夜の情事を思い浮かべてんですか!?』とか聞こえて来るんだが、流石に破廉恥じゃねぇですかね先生?



「……そういえばあの外部講師の女性、探索科のリンドバーグ先生と結婚してるらしいわね」


「あれ? リンドバーグ先生って女性じゃなかったっけ?」

 


 一般科だと探索科とはあまり接点は無いのだが、あの先生は金髪で背が高く一際目立つので記憶に残っている。

 

 確か、この学校で一番強い人は誰かって話になった場合、満場一致で名前が挙がる程の実力者だった筈だ。



「今のこの世界なら女性同士でも子供を作れるし、そこまで珍しくないでしょう? ――ただ」


「ただ?」



 オウム返しの私の問いかけに、ハーピーの友人は少し首を傾げながら、



「……あの外部講師の女性、確かこの学校に二人子供が居るのだけど、二人の名字が違うのよね……それに、虫系変異の旦那さんがいるとも聞くし……」


「複雑な家庭環境なのかぁ……」



 うーん、と二人で首を傾げていると、馬鹿が盛大に吹っ飛ばされて校庭の地面に倒れ伏した。


 救護担当の天使変異の女子に足を引き摺られて、男子の控え場所に戻される馬鹿を眺めつつ、



「それで話戻すんだけどさ、恋人らしいことって何なんだろうな?」



 いやその、告白の日にキスはしたし、それ以降もふとしたタイミングですることはあるんだけどもさ?


 こう、二人で部屋で本を読んでる時に、あの馬鹿がふと漫画の内容で真剣な表情をしていた時とか、ちょっと声を掛けて振り向いた所で唇を奪ったりとか、あの日から二人でやりだしたカードゲームで私が勝って煽り散らすとキレた馬鹿がキスして来たりするんだけど、キス以外は何も変わっていないっていうかさー。


 とは言えそんな事を相談できる友人なんかそういる訳もなく、水分補給用の麦茶のボトルを傾けながら変異で性別が変わった時から気に掛けてくれていたハーピーの友人に問いかけると、



「んー……そうねぇ、一発ヤればいいんじゃないかしら?」


「ぶほぁぁっ!?」



 思わず盛大にお茶を吹きだした。



「あらやだ汚いわね、服に掛かる所だったじゃない」


「げほげほっ!? いや、おま、ちょ、いきなり何言いだしてんだよ!!」



 口元をハンカチで拭きながら噛みつくように叫べば、友人はニヤリとした意地悪気な笑みを口元に張り付けて、



「ふふ、だって恋人らしいことをしたいんでしょう? それだって一つの愛情表現の到達点だと思うわよ?」


「た、確かにそうかも知れねぇけど、私等まだ高校生だっつーの!! そう言うのはキチンと責任取れる歳になってからだろ!!」



 そう捲し立てた言葉に対し、いつの間にか此方へと視線を向けていた周囲の皆が一度顔を見合わせてまばらな拍手を送って来た。



「なんだお前等!? 止めろ!! その拍手を止めろ――!?」



 と、不意に校庭の中央から声が響き、



「おーいそっちの女子連中、今は男子の番っすから雑談くらいはかまわないっすけど、あんまり騒がしいと全員参加型で私倒すまでノンストップバトル入れるっすからねー?」


「先生!! 男子も連帯責任ですか!?」


「いやいや、連帯責任じゃ無いっすよ? ――たださっきからアタシの乳ばっかり見てる男子が多すぎるっすから、そのペナルティっすね」



 その言葉に男子も含めて全員が固まって視線をそらし静かになったので、自分は大きく息を吐きつつ小声で言葉を作り、



「……で、話を再度戻すけどさ、何か良い案無いか? エロ絡ませないで」


「この流れでまだその話題引っ張れる貴女にちょっと驚愕するけれど、そうねぇ……」


 

 そう話す最中、不意に背後から近づいて来る気配を感じ、自分はそれが何かを音で見極めて体を横に避ける、と、



「なになにー? 何話してるのハピ子にコン子?」



 そういってハーピーの友人に背後から抱き着いたのは、天使の四枚翼を楽しそうに羽ばたかせた金髪の女子。


 彼女はハーピーの友人……うーん、私もハピ子呼びしていいんだろうか? と以前からの親友で、正直外から見てるとお前等さっさとくっ付けよ案件なんだが、タイミングを逃しているのか進展しないままの様であり……とは言えこの辺りあんまりツッコムと自分に返って来るから私はノーコメントで。


 

「――ていうかコン子って私か?」


「そうだよん! キツネでコンコン鳴くからコン子、可愛いでしょ?」



 何となく可愛いと言う部分には同意してしまうのだが、それはそれとして、



「こういうあだ名をビミョーに否定したくなんのは、これまだ私が男の頃の感覚残ってんのかな?」


「そう言う事で納得できるならそれでいいんじゃないかしら、コン子?」


「なんか早速定着させようとしてる気がするんだが……」



 まあ、こういう風に気楽に離せる友人があの馬鹿以外に出来てる事は嬉しいし、素直に受け入れとくべきかなって、そう思ってさ。



「はあ……じゃあまあコン子で良いけどさ、その場合ハピ子はもうハピ子で良いとして、天使だから……天子?」


「それ漢字の読み方次第で天使と変わって無くないかな?」


「メタ視点やめろよ。んー、でもテン子だと一文字違いでアウトっつーかさー?」


「エンジェルだからエン子とかもありだと思うけれど、これはこれで最後の子を伸ばすと大惨事よね」


「ダイジョブダイジョブ! えんこーだよ!! えんこーぅ!!」


「最後を『う』になるように叫ばれると洒落にならないんだよなー!?」



 気付けば再び周囲の視線が集まって居たので、軽く三人で顔を見合わせて一度深呼吸。



「で、結局恋人らしいことってなんだよ?」


「コン子、貴女意外と諦めが悪いタイプよね?」



 まあここまで来ると半分くらい意地になってるところもあるんだけどさ、折角エン子も来たんだし、駄目で元々くらいの気持ちで聴いてみたところ、ハピ子を後ろから抱き締めたままエン子が首を傾けて、



「んー、恋人らしいことかあ……腕組んだりー、デートで買い物したりとか思いつくけど、コン子は彼氏とそう言うのないのかな?」



 あー、どうだろうかその辺り。たまに手を繋いで帰ったりすることはあるんだけど、その状態で視線合わせると心読まれて恥ずかしさでテンパってることバレるしあんまりなー?


 となるとデートで買い物だけど、つい最近あの馬鹿と出かけた記憶と言えば……



「……隣町の玩具屋にカードゲームの新弾買いに行ったり、学校帰りに本屋に漫画買いに行くくらいだな……」


「完全に男友達の感覚のままじゃないの」


「本人達は楽しんでるんだろうけど、こりゃ駄目かもしんないねー」



 いやもう仰る通りと言うか、返す言葉もないってのはこういう事を言うんだろうなーと思って居ると、不意にハピ子が何かを思いついた様に腕の翼を揺らし、関節の補助具を頬にあてながら、



「あ、そうねぇ、――お弁当作って食べさせてあげるのとか、それっぽいんじゃないかしら?」



 お弁当かー……。実の所、料理はそこそこ出来る方ではあるんだよな。


 両親が共働きだった事と、母親の方針で小さい頃から卵焼きや味噌汁みたいな簡単な料理は作れる様に教わっていた事で、休みの日や親の帰りが遅い日なんかは軽く夕食くらいは作っているわけで。


 ……ちなみにあの馬鹿はからっきし駄目だ。確か調理実習の時に、将来自炊する時の為の簡単手料理って名目でチャーハンとか野菜炒め作らされたんだけど、『先生、カップ麺は自炊に入りますか!?』って言って眉間に黒マジック飛んで来てたよ、キャップ取れてて額に黒子できたっけなあの時。


 とはいえ自分が作れるのはあくまでもそのまま食べる簡単な食事であって、自分用ならともかく、恋人に食べさせるお弁当となるともっと手は加える必要がある気がするんだよなー、と、



「お弁当かー、なるほどねー?」



 エン子、そのなるほどねは一体どういう意味なんだ? と問いかけようとした所、不意に呼子の甲高い笛の音が校庭に響き渡った。



「はーーい、そんじゃあ次は女子の番っすから、お喋り止めて準備するっすよー!」



 まじかよ向こうで男子全員倒れてるんだけどこれからあの化物と訓練すんの私達?





   ●




 放課後、いつも通りに馬鹿と話しながら歩く帰り道。


 二人並んで歩きながらも、馬鹿は此方を見ないし、私も馬鹿を見ないように会話を続けるのは、目を合わせると馬鹿は心が見えてしまうからだ。


 別に見られて困るもんでも無い……とは言わないが、見られても構わないとは思ってる。にも関わらず馬鹿と視線を合わせないのは、まぁなんだ、ちょっとしたスパイスっていうか、馬鹿のほうが『全部わかっちまうと勿体ない』とか言いだしたからでさー。


 正直今の私としては『恋人らしいこと』を模索してるわけでさ? 面倒くさいからさっさと心読んでお前の方からもアプローチしろよって思うけど、確かにそれは勿体ないのかもなと、そうも思う。


 

「つーかお前、心読める割に戦闘訓練でフルボッコだったよな」


 

 ふと思い出してそう問いかければ、馬鹿は視線を向けないまま口を横に開いて眉を顰め、



「ありゃ心読めた所でどうしようもねぇって、どうやったら昨晩の旦那とのエロ行為回想してる人間の次の行動読めるんだよ?」



 その言葉に、ちょっと自分は目を半目にして馬鹿の横顔を覗き込み、



「……なに、お前、私以外のエロ行為見たって事か?」


「まて、落ち着け、内心が読めるだけだから映像記録じゃなくて文字記録的な感じだし、何より八割がた旦那さんへの惚気メインで胸焼けしたっての!!」



 ちょっとからかう程度の言葉だったんだけど、顔を反らし手を振って本気で否定する彼の姿に、私は思わず吹き出しながら言葉を紡ぐ。



「ぷはっ! なんだよマジ否定するじゃん、そんなに私に愛想尽かされるの怖いのかよ?」


「――当たり前だろ、どれだけ前から好きだったと思ってんだバーカ」


「ああ、まあ男の頃から好きだったとか言われた時は流石にちょっと引いたよなアレ、――けどまあ」



 そう言って、自分は馬鹿と目線を合わせる様に前へと回り込み、視線をそらそうとする彼の頬に両手を添えて抑え込みながら、



「そんな事で愛想尽かすわけないだろ? ――ちゃんと大好きだよ、馬鹿」


「……お前、そういうとこ本当ずるいよなぁ……」


「良いから返事しろって、私はお前と違って心読めないんだからさ?」



 な? と額を突き合わせて問いかけた先、馬鹿は大きくため息を付くと口を開いて、



「……ああ、俺も大好きだよ」


「ならよし!」



 そう言って、唇を啄む様なキスをしてから身を回し、小首を傾げて微笑んだ先で、耳まで真っ赤になっている馬鹿を見て、ちょっと我ながら破壊力高かったかなーと思ったけど、多分私も真っ赤だからおあいこだよな?




   ●




 夜、私はお風呂を済ませて、髪にヘアオイルを馴染ませてからドライヤーで乾かしていた。


 以前はドライヤーどころか自然乾燥だったんだけど、変異で性別変わってからはハピ子やエン子に『せっかくキレイな髪してるんだからちゃんとヘアケアしなさい!』って怒られたので、貰ったヘアオイルも使いながらケアをしている。


 確かにタオルで拭いただけとは起きたときの髪の艶が別物だし、ドライヤーの風が当たって香るヘアオイルの香りは心地良い。


 ブラシで丁寧に髪を梳かし、次いで尻尾にドライヤーを当てていると、横においていた携帯端末が光を放っていた。


 ロックを解除しメッセージアプリを起動すれば、最新通知欄に表示されたアイコンは、



「ん……エン子か、珍しいな」



 メッセージ自体はよくやり取りしているんだけど、エン子とハピ子は夜にいつも寝るまでメッセージ送り合っているらしいので、この時間に彼女達から通知が来ることは稀だ。


 本当、早くくっつけよなー、と思いながらアイコンを押し、メッセージの内容を表示する。



・エン子:『やっほーコン子、名前変えたついでに連絡だよん♪』


・コン子:『あー、私も変えた変えた、――んで、何の用だよ?』


・エン子:『あれあれ? 今しょっぱなで言ったと思うんだけどな?』


・コン子:『それだけでこの時間にお前が連絡してくるとは思わなくてなー?』


・エン子:『うへー、やっぱり勘イイねぇコン子、種族特性? 占いやる?』


・コン子:『私はコックリさんじゃねえっての。……んで、さっさと用件言えって、往生際悪いぞー?』


・エン子:『うー……あのさ、確かコン子って、そこそこ料理できたよね?』


・コン子:『元男の手料理だし、そんな褒められた物じゃないけど、まぁ一応はできるな』



 ああ、これはそういう事かな? と、そう考える思考の答え合わせのように、メッセージの通知が光る。



・エン子:『あのさ、お弁当の作り方、教えてくれない?』



 やっぱりかー。


 まぁ昼間お弁当食べさせるのが恋人っぽいと言い出したのはハピ子だからな、じゃあお弁当作ってアピールしようと言う思考は理解できる。


 ……ただ、



・コン子:『教えてくれって言われてもな、私も家での簡単な食事くらいだから、恋人に作るようなお弁当ってなると素人だぞ?』



 普通ならここで『母親に聞けよ』って言うべきなのかもしれないが、両親が海外暮らしのエン子に対してそれはちょっと気が引ける。



・エン子:『いやさー、うち両親二人とも海外赴任で一人暮らしだからね、ハピ子やコン子以外にも友達は居るけど、料理教われるほどってなるとちょっとねー』


・コン子:『あー、うちも母親が予定合えば良いけど、ここしばらくは土日は仕事って言ってたからなぁ……』


・エン子:『そっかー……うーん、いい案だと思ったんだけどなぁ……』



 普段の話を聞く限り、エン子は家でも自炊というよりは出来合いを買ってくるタイプだと言うし、ここ最近女性としての在り方を教えてもらっている手前、出来るなら力になってやりたいとは思うわけでさ、


 さて他に誰かこういった事を相談できる相手が居ただろうか……と思考を巡らせて、思いついた。



・コン子:『一人、教えてくれそうな人に心当たりがあるけど、どうする?』


・エン子:『え、本当!? 誰!?』


・コン子:『あー……ちょっとした知り合いなんだけどさ』


・エン子:『なになに、随分渋るじゃん?』


・コン子:『いや渋ってる訳じゃないんだけど、友人って言えるほど親しいわけでも無いからさ、ちょっと確認とって、オッケーだったら土曜日に一旦私の家集合な?』


・エン子:『ありがとー!! やっぱ持つべきものは友達だよね!!』


・コン子:『はいはい、感謝の言葉は終わってからで頼むな?』



 さて、これはちょっと気合入れて交渉しないとだな……と、文章だけでも上機嫌なエン子の様子に思う私だった。





   ●




 そして迎えた土曜日の朝、交渉の結果快く指導を引き受けて貰えたわけで、私はエン子と自宅で待ち合わせをしてから目的地へと歩みを進めていた。


 私は最近お気に入りのインナースーツ姿、エン子も有翼用の背中が開いたインナースーツを着ているが、これは料理をするから動きやすい格好を選んだと言う事だろう。


 

「ねぇねぇコン子、なんだか周りの住宅が目に見えて高級そうな一帯に入って来たんだけど、一体どこ向かってるのかな?」



 彼女が言う通り、いま自分達が歩いているのは少し大通りから離れた所にある高級住宅街。私達の住んでる地域はPLANTのすぐ近くと言う事もあって、必然まあ金が集まる部分が出て来る訳で、そうした人達が住んでるのがこの辺一帯だ。


 

「んー、ぶっちゃけると、その人自体は今は別の所で彼氏と同棲してるらしいんだけど、料理教えるなら実家のキッチンが広くて五人くらいは余裕らしいから、そっちにしようって事でさ?」


「……五人並んで調理して余裕って、ブルジョワジーだー……」


「……昔来た時の話だけど、二桁単位でお手伝いさんいるみたいだし……住む世界違うよなぁ」

 


 そんな事を話しながら辿り着いた先は、もはや家と言うよりも屋敷と言った方が良いだろう佇まいで、


 うわー……この高級住宅地で池のある庭付き平家でこのサイズとか……どう見ても他の宅地の三倍くらいの敷地あるんだけど……これが、格差……!!



 まあ気にした所で私にお金が入って来る訳でもないし、時間も丁度予定時刻になっていたので、門……うん、門に備え付けられたインターホンを押して暫し待つ、と、



「やあやあよく来たね二人共!」



 急に後ろから声を掛けられると同時、ひんやりとした感触が首筋に触れてきた。



「「うひゃぁ!?」」



 二人同時に飛び上がりながら振り向いた先、此方の首筋へと指先を伸ばしたポーズで笑みを見せているのは、全身を水色の色彩で満たした一人の女性スライム



「ふふふ、サプライズは成功という所だね。そろそろ来るかと思って物陰に隠れていた甲斐があったという物だよ」



 特殊変異用のインナースーツに身を包み、眼鏡を掛けたその女性の事は、私だけでなくエン子も知っている事は間違いない。――なぜなら、



「あれ!? フクカイチョー!?」



 そう、そこに居たのは、自分やエン子の通う学校の現生徒会副会長の女生徒だ。



「うんうん、その通りだよ天使君。私はそこの狐君とはちょっとした知り合いでね、――うん、昔から色々粉や葉っぱを融通してもらっているんだよ」


「人聞き悪い事言うなって、うちの父親が仕入れてるスパイス納品してただけだろ?」



 うちの両親の内、父親は調味料とか茶葉とかを大小問わず扱う卸業みたいなことをしていて、副会長の家にも希少な香辛料や茶葉なんかを直接納品していた関係で、幼いころ父の仕事について行っていた時に軽く知り合ったのだ。


 と言っても軽く挨拶する程度で、そんなに特別親しいわけでは無いのだが、ダメ元で今回相談したところ、快く引き受けて貰えたという感じ。



「ふふふ、まあ外で話していても仕方ないからね、入りたまえよ二人共?」



 そう言って彼女が手を叩けば、重い鉄格子の様な豪華な門が独りでに開いて行き、その先の玄関の扉の横で従者の様な恰好をした女性達が頭を下げて居る訳で、



「……コン子、これ私入ってもダイジョウブなやつ?」


「気持ちはスゲー分かるけど、慣れるしかねぇと思うから諦めようぜ」



 うわー……門から玄関までが無駄に遠いー……。





   ●





「……何だこの広さ、キッチンだけでうちのリビングの倍以上の広さあるだろコレ」


「いやコン子、コレもうキッチンじゃ無くて厨房だって、見て見なよアレ、コンロに着火装置無くて横に着火術式の焦点具あるとか、ホテルの厨房とかで見る奴だもん」


「うわマジだ……ていうか壁に掛けられた調理器具に見たこと無いのが幾つかあるんだけど、何に使うんだよアレ?」



 促されるままに屋敷の中へと案内され、キッチンへと通された自分達は、そのあまりの広さと設備の充実具合に呆気に取られながらも、目の前でエプロンを装備した副会長の言葉を聞いた。



「はいはい、見惚れる気持ちは分からなくもないがこっちを向き給えよ、一応お昼は使っていいと許可を得ているけど、夕飯の準備が始まる三時までには終わらせたいからね」



 その言葉に、自分も頷きながら持参したエプロンを首のポイントユニットに掛けて腰の後ろで軽く縛る。エン子は用意が無いようだったので、副会長の家の侍女が用意した高そうなエプロンを恐る恐るといった様子でつけている。……あれ、無地でシンプルなデザインだけど、布の艶が絶対エプロンに使うやつじゃないよな……。



「ねぇねぇコン子、これ汚したら弁償とかないよね……?」


「服汚さないためのエプロンが汚れたら駄目って何の縛りプレイだよ、こんだけ凄い家なら染み抜きの技術とかもあるだろうし、まあ大丈夫だろ」


「うんうん、と言うか天使君、持って来ていないと言う事は家にもエプロンは無いのだろう? それは天使君にあげるから、気にせず使いたまえよ」


「ひぇ……ッ」



 やばい、エン子の奴が資金力の格差に怯えだしてる。


 その事を何となく副会長も察したのか、彼女は軽く手を振って侍女を下がらせると、術式陣を展開してホワイトボードのように拡大し、



「さて、それじゃあ今言った通り時間もあるからね。まずは君達二人が作りたいお弁当の方向性を決めようじゃないか」


「「――方向性?」」



 思わず二人でハモってしまったのだが、副会長は特に気にした様子もなく首を縦に振り、



「うん、一口にお弁当と言っても、目的によって方向性は変わる。例えば家で作る場合に限定しても、家族でお花見に行く為のお弁当と、毎日お昼御飯用に作るお弁当では、求められる手間もクオリティのレベルも異なってくるからね。

 ――これが差し入れ用の仕出し弁当クラスとかまで行くとまた色々あるのだが、今回はあくまでご家庭を基準に手抜きも踏まえて考えようか」


「え、フクカイチョー、何でわざわざ手抜きを考慮するの?」



 エン子の疑問は、まあ分かる。好きな人の為のお弁当なら、妥協をせずに突き詰めたいという想いはあるだろう。――ただ、たまに料理をする視点から言わせて貰うとだ、



「あー、アレだよエン子、私もエン子も初心者だろ? それがいきなり、例えば出汁から味噌汁作るってなったりすると、まー覚える事が多すぎてパンクすんだよな」


「そうだね、今回の場合大事なのは『食べる人に美味しいと思って貰う事』であって、『手間をかけて自分の技術をひけらかすこと』じゃない。――ああ、場合によっては手間をかけてそれを誇る場合もあるから、ケースバイケースだよ?」



 確かに品評会みたいな所だとそうした部分も評価基準だろうしなー、と思っていると、納得したのかエン子が一つ頷いて、



「んー、じゃあ方向性って言うと、私の場合、ハピ子に意識してもらう事が目的とか、そんな感じかな?」


「うんうん、いい感じだね天使君、じゃあ意識してもらう為に必要な事はなんだろうね? あ、これは狐君も同じだよ、恋人とらしいことでお弁当を用いるなら、何を強調すれば意識してもらえるだろうね?」



 副会長の言葉に、私とエン子は二人並んで腕を組みながら、軽く唸って言葉を絞り出す。



「手間を掛けた一品? あーでも、これ一歩間違うと重くなるやつか?」


「そうだねぇ、狐君のように付き合っていればともかく、天使君のように『意識されたい』の段階だと少々重くなる可能性もあるね」


「あれあれあれ? なんか私の方が難易度高いってこと?」



 エン子の焦りを帯びた声に、副会長は軽く首を横に振ると術式陣にお弁当を模した四角を書き込み、更に半分に区切った片側に大きな丸を一つと小さな丸を3つほど書き込んで、



「手間を掛け過ぎなければその分作ること自体は簡単になるから、まあ良し悪しだね。だけど天使君の相手はハーピー君だろう? だとしたら信頼関係の構築は十分だから、例えばだが『主菜』に手間を掛けることで特別感を演出しつつ、『副菜』を簡易化して全体としての重さを減らす、と言う手もあるね」


「あー、作る難易度的にも、メインに唐揚げと玉子焼きで、野菜はプチトマトと茹でたブロッコリーにするとか、そういう感じか」


「うん、いいと思うね狐君。唐揚げや玉子焼きはどちらもお弁当の定番だし、簡単そうに見えて結構奥が深い料理だ。野菜を洗ってそのまま使えるプチトマトや、茹でるだけで良いブロッコリーにするのは英断だと私は思うよ?」



 副会長の言葉の通り、お弁当と言えば玉子焼きは外せないし、元男子としては唐揚げも鉄板だ。その二つをメインに、彩りとして野菜を二品程度というのは、正直あの馬鹿の好みを考えてもちょうど良さそうである。


 ただ、自分の方はそれでいいとして、



「んー、唐揚げかぁ……」


「あー……、有翼系だとやっぱり鳥系ってビミョーな感じか?」



 特にハピ子は仇名の通りハーピーだから、エン子以上に鳥に近い容姿をしているわけで、考えようによっては近親食だよなぁ……と、そう思ったんだけどさ、



「そのへんは大丈夫だよん、ぶっちゃけ変異する前から普通に食べてるし、ハピ子とかコンビニで山賊焼き買食いしたりするからねー」



 予想が居な答えにちょっと驚いてしまったけど、まあ確かに生まれた時から有翼系って訳じゃないんだから、それもそうか。



「っていうか、アイツ買い食いとかするタイプだったんだな……」


「あーうん、確かに真面目っぽいイメージあるかもだけど、結構その辺りフレキシブルだよハピ子」



 なるほどなぁ、と思って居ると、副会長が一度手を叩き、



「はいはい話を戻したまえよ。――それで、何故天使君は唐揚げに難色を示したのかね?」



 疑問に、エン子は一度軽く頭を掻く様に手を後ろに回すと、



「いやさぁ唐揚げってどちらかと言うと男子向けのイメージでしょ? ハピ子の性格考えると、私がお弁当作ったら間違いなく『誰か好きな人が出来たのかしら』って考えると思うから、そこで唐揚げ入れてると尚更『好きな男が出来た』って思われそうでさぁ……」


「え? ハピ子ってそんな鈍感な奴だったの?」



 こっちに馬鹿がモテる事を伝えて来たり、私が馬鹿の事を好きだって自覚してない事を指摘してきたりと、恋愛方面には聡いイメージがあったので、二人が付き合ってないのは純粋なタイミングの問題だと思って居たのだけれど、



「あーうん、何て言うのかなぁ、何故か分からないけど、腕組んだりとか、後ろから抱き着いたりとかしてるんだけど、私からハピ子へのアプローチにだけ異常に鈍感になるんだよねー」


「うーん、その辺に関しては友達付き合いの延長にも思えるからなー……」



 再び本題から脱線しているのだけれど、今回はメニュー決定にも関わるからか、副会長が一つ頷いて、



「ふむ、私はそこまでハーピー君と親しくは無いが、彼女は思考が早く物の機微にも聡い人間に思える。――だとするなら、むしろ彼女は考えすぎてしまって居るのかも知れないね」


「考えすぎてるって、どういう事?」


「うん、頭の良すぎる人の中には、自分にとって望ましい出来事を『そんなうまい話がある訳がない』と疑って、否定する為の材料を集めてしまう事があるんだよ。――例えば、『この人が私に距離が近いのは、恋愛対象として意識していないからだ』とかね?」



 あー、その話は私も思い当る節があるなぁ……。



「アレだよな、手に入るかもしれないけど、もしそれが自分の勘違いだったら、今の関係ですらなくなるのが怖いんだよな」



 自分があの馬鹿の事が好きだって気付いた時も、あいつが私と近づきたくてカード始めた時に、『このまま一緒に入れるなら恋人になれなくてもいいや』って諦めようとしたわけでさ、


 だからまあ、ハピ子がエン子の事を好きなのはほぼ間違いが無いわけだし、



「――ぶっちゃけ手っ取り早いのは、エン子の方からストレートに告白する事だよな」



 そうこともなげに問いかけた先、エン子は思い切り頷きながら口を横に開くと、



「……いやさー、だからその為にお弁当とかでキッカケ作りたいんだよねー……」



 切っ掛けも何もそのまま告ればそれで済む気はするのだが、……まあ、日和って告白出来なかった私が言う資格はないなそれは。


 ともあれ、と、副会長が再度手を叩き、



「話を纏めると、必要なのはハーピー君が少しでも勘違いをしない為のメニューと言う事になるかな? ――そうなると、ここはオーソドックスに彼女の好物を入れるのが良いだろうね」


「ハピ子の好物か……エン子、あいつって何が好きなんだ?」



 普段、この二人は何処か教室の外で食事をとっているので、恐らく彼女の好物を知って居るのはエン子だけだろう。


 そう思って問いかけた言葉の先、エン子は唇に軽く人差し指を当てて考えながら、



「うーん、よく食べてるのはおにぎりとかサンドイッチだけど、それは一人でも食べやすいからだから、そうじゃ無くて単純な好物って言うと……エビとかカニとか、甲殻類結構好きな感じかな」



 ふむふむ、と、自分と副会長は軽く頷いて、



「……甲殻類でお弁当のおかずって言うと、エビフライとかか?」


「それも良いが、カニクリームコロッケとかも良いんじゃないかね? エビフライよりもオシャレな感じと掛けた手間を演出できるだろう」


「あー、ハピ子結構グラタンとか好きだから、カニクリームコロッケありかもー」



 当人の後押しが出たのでメインはカニクリームコロッケに決定。というか流石だな副会長、私より出て来る料理案にキチンとした理由が付いて居るなぁと思って居ると、



「よし、それじゃあ天使君の方はメインをカニクリームコロッケ、狐君は唐揚げと言う事で、その二つと玉子焼きを早速作って行こうか」



 そう言って立ち上がった副会長は、更に二枚の術式陣を空中に展開、カニクリームコロッケと唐揚げのレシピを表示して此方へと見せながら、



「それじゃあ私の方で食材と調理器具を用意しておくから、準備が整うまで二人はそのレシピをある程度頭に入れて置くことだね。暗記してくれとは言わないが、少なくとも最初から最後まで目を通して置いてくれたまえよ?」



 厨房の奥の巨大な冷蔵庫の方へと歩いて行った副会長を見送りつつ、私とエン子は互いに視線を合わせて口元に笑みを浮かべ、



「さてと、じゃあお互い好きな相手の為に頑張りますかね?」


「うんうん、何だか私こうしてるだけでも楽しいよん!」



 さて、それはそれとして渡されたレシピが明らかに副会長の手作りなんだけど、もしかして私達が何を作るか全部織り込み済みだったんですかねアンタ?




   ●




 その後は副会長の指示の元、私とエン子は料理を開始していったわけで、作り始めてから一時間もすればお互い第一陣が出来上がる。



「ふむ、狐君は以前から料理はしていたと聞いていたからあまり心配はしていなかったが、やはり唐揚げくらいなら問題なく作れたようだね?」


「あー……まあ唐揚げは家でも作ったことあるからさ、って言っても普段は市販の唐揚げ粉使っちまうから、こうして下味付けて片栗粉と小麦粉で作るのは初めてだなー」



 まあそんな訳で自分の方は取り合えずカタチになったと言うか、……まあ出来としては可もなく不可もなくと言った所で、もう少し練習は必要だなって感じ。



 一方、もう一人のエン子の方は――



「エン子……お前なんだその光り輝く柱は……?」



 彼女の目の前にある皿の上には、天井まで届く金色の光の塔が聳え立っていた。



「いやいやいや!! 私が聞きたいよ!! 何かコロッケ揚げてたら急に金色に光りはじめたんだけどどういう事フクカイチョー!?」



 慌てふためいたエン子が副会長へと視線を向けるが、当の彼女は頭を抱える様に額に掌を重ねつつ、



「天使君、どう言う事と言われて答えが返ると思ってるのかね君?」


「……いやほら、フクカイチョーが何か面白い食材混ぜたとか……?」


「何を混ぜたら光り輝く柱を形成するコロッケ作れるってんだよ」


「サプライズ的なドッキリは私も好きだけれど、流石に今回の様な初心者への手解きでやるほどではないよ?」



 首を傾げて三人でエン子の作った光の塔を眺めていると、副会長がひとしきり唸った後で指を弾くと、奥の部屋に控えていた侍女の一人がやって来て、



「……お呼びでしょうか、お嬢様」


「うん、すまないがこの不可思議物体を解析してくれるかな? 我が家で一番エーテル関係の解析が得意なのは君だろう?」


「……かしこまりました、少々お時間を頂きます」



 うわー、現実世界でお嬢様呼びされてる人初めて見たかもしれないぞ。


 明らかに横のエン子も驚いたような関心したような顔で副会長と侍女を眺めてるが、いま話題になってるのはお前の生成した不可思議物体だからな?



 と、一分ほどで解析が終わったのか、侍女さんが副会長にデータをまとめた術式陣を手渡すと、一礼をして奥の部屋へと戻って行った。



「それで副会長、何か分かったのか?」


 

 問いかけた言葉の先、副会長は術式陣を眺めて頷くと、



「うん、どうもコレ、天使君の種族特性で軽くアーティファクト化しているみたいだね」



 …………はい?



「アーティファクト?」


「そう、アーティファクトだよ。――天使君の翼はかなり純白に近い白だろう? それは天使系の中でも純天と言って、文字通り天の御使いとしての特性が強く出るんだ。

 とは言え、普通はある程度以上の素体に、よほど強烈に祈りを籠めでもしない限りはアーティファクト化なんてしない筈なんだが……」



 そう言うと、副会長は一度光り輝くコロッケを見つめ、そのままゆっくりとエン子を見つめ、思い切り半目を向けて口を横に開くと、



「……どれだけ強力に祈りを捧げて作ったんだねこのコロッケ?」



「自覚全くないYO――――!!?」




   ●




 それから隔週土曜日は副会長の実家でお弁当の練習をすることになった訳で、そのたびに光の柱が量産される結果となっているんだが……



「……ぶっちゃけ、神々しいから味も良いのかと思ったらそこは普通なのな?」



 もはや恒例となった光り輝くカニクリームコロッケを、箸で崩して口へと運びつつそう問いかければ、副会長も同様にコロッケを食しながら、



「んー、どうもエーテルの獲得性が向上する加護が掛かってるみたいだから、これ食べてると私みたいな常時加護でエーテルを消費している変異持ちだと結構ありがたいね」



「味に問題ないのは有り難いけどさー……流石にコレお弁当に詰めてけないって、容器貫通して光るから鞄まで発光するし」



 一応、最初の頃より光の柱は治まって来てはいるんだけど、それでもまだ一メートルくらいのサイズがある訳で、



「――これは天使君はもうしばらく特訓だね。料理に慣れて来れば変な力みが消えて落ち着いて来るはずだから、クオリティの向上も兼ねて暫く一緒に頑張ろう」


「はいよー、ありがとうねフクカイチョー、色々協力してくれてさー!」


「何、私としても結構楽しんでいるから気にしなくていいとも。――それで、狐君の方だが……」



 そう言うと、副会長は自分が詰める所まで完成させたお弁当から唐揚げを一つ摘まみ、



「――うん、油切れも良く味も申し分ない、君はもう十分だろう。頑張りたまえよ、狐君?」


「コン子が先に卒業かぁ……分かってたけど置いてかれた気分だよー」


「悔しかったら早く光らないコロッケ作れる様になれってーの」



 冷静に考えると光るコロッケを許容し始めてる私達がおかしいんだが、さてさてまともなコロッケが出来上がるのは何か月後になるのやら?





   ●



 数日後の朝、私はいつもより1時間ほど早起きしてお弁当を作っている。


 事前に馬鹿に『明日は私が昼飯作って来てやるから、持って来るなよな!』と言って置いたので、今日が勝負時だ。



「……さて、と、作ると言っても、大体は昨日の内に終わってるんだよな」



 唐揚げに関しては前日の夜に揚げた上で、湿度調整と除菌を兼ねた術式陣を敷いた更に乗せてラップを掛けてあるので、それをフライパンで軽く揚げ焼きの要領で温め直して再度油を良く切り冷まして詰める。


 ブロッコリーは昨晩茹でて冷蔵庫で冷やして置いたので、ヘタを取って水で洗ったプチトマトと一緒にお弁当用の小さなカップに入れて水気が他のおかずに付かないようにしておく。



「……あとは玉子焼きか、えーとボウルボウル」



 ボウルに卵を割り入れ、出汁、砂糖、醤油を入れて切る様によく混ぜたら、軽く胡椒を振ってもう一度混ぜる。

 胡椒を入れて置くのは、冷めても味の輪郭がはっきりするので丁度いいと副会長に教わったからだ。胡椒の関係で味が塩辛い方向に纏まるので、バランスを考えて砂糖は少し少な目に。



「……油を引いて温めたフライパンに菜箸で卵の雫を落として……うん、温度はよさそうだ」



 そうして玉子焼き用の四角いフライパンに卵を1/3程度流し込み、軽く掻き混ぜたら暫し待ち、薄っすらと底が固まった所でフライパンの奥へと巻く様な形で纏めて置く。


 これを後二回、三回に分けて卵を巻いて行けば、厚焼き玉子の完成だ。



「――ほいっと」



 皿に移し、少し玉子が余熱で固まり馴染むのを待ってから包丁で切り分け、粗熱を取ってから断面が綺麗に見える様にお弁当の隙間へと詰め込めば、完成だ。



「……さて、ちょっと時間も余ってるし、もう一品作っていくか」



 その一品で時間が掛かって遅刻しかけたけど、まあ結果オーライオーライ!




  ●




 昼休み、 エン子とハピ子が『屋上の扉あけておくね』と言ってくれたので、自分は馬鹿の手を引いて晴れた屋上へとやって来た。


 

「ん? ハピ子だっけ、あの二人はいないのか?」



 馬鹿の言う通り、軽く見回した視界にはハピ子達の姿は無い。けれど自分の耳で音を拾う限り、どうも一段高い給水タンクの辺りで此方を見守っているようだ。


 とはいえそれを言う必要もないわけで、自分は馬鹿の目を見ない様にしつつ、



「まあ、いない方がゆっくりできるだろ? ほら、そこのベンチ使って良いって言われてるから、座ろうぜ」



 いつも二人が使っているらしいベンチに腰掛け、馬鹿との間にお弁当を置いて蓋を開ける、と、



「うお、すげぇな!? ……前から料理できるのは知ってたけど、これ金取れるレベルだろ」


「あー、隠してもバレるから言っちまうと、副会長に料理教わってな、まあ、ある程度満足のいく出来にはなったと思う」


「謙遜すんなって、正直見ただけで滅茶苦茶美味そうだぞ?」



 素直な賞賛の言葉はくすぐったいが、見た目ではなく味を見て貰わないと意味は無いわけで、自分は箸で玉子焼きを一欠け摘まみ、馬鹿の口元へと持って行って、



「……ほ、ほら、あーん?」



 …………くっっっっそ恥ずかしいんだが!?!?


 いやなんだコレ、別にただ箸で相手の口元に料理を持って行ってるだけなのに、滅茶苦茶心臓バクバクいってんだけど!? なんだ、これはアレか!? 漫画の中でよくある胸キュンシーンを実演した事による動悸か!?



 耳と尻尾が滅茶苦茶挙動不審にパタパタしてる自覚があるんだが、差し出した箸の先、馬鹿が此方の目を見ながら顔を真っ赤にしていて、



「……お前、ズルいくらい可愛いよなぁ」


「かわ……っ!?」



 バッッッ!! 何言ってんだこの馬鹿!!?



 思わず箸を取り落としそうになりながらも、必死に取り繕って此方は玉子焼きを彼へと押し付け、



「い、いいから早く食えっての! ――あーん」


「あー……」



 ん、と、頬を染めた彼が玉子焼きを頬張り、数度噛んで味わいながら喉へと通す。



「……ど、どうだよ?」


 

 いや、一応味見はしてあるんだけど、コイツの好みに合ってたかどうかと、そういうのもあってさー……


 恐る恐る問いかけた言葉の先、馬鹿は目を見開きながら、



「うっま、え、なにこれ、出汁と胡椒か? ――正直お前の手作り弁当ってだけで脳汁出る位うれしいんだけど、ちょっと想像以上の美味さに驚愕してる」



 長い付き合いだ、そういう馬鹿の言葉が嘘や御世辞でない事くらいは心が読めない私にも見通せる訳で、ほっと安堵の息を吐きながら私は答える。



「よかった……そう、副会長に胡椒入れると冷めても美味いって聞いてさ、自分でも味見はしてたけど、お前にも気に入って貰えてよかった」



 そのまま唐揚げも差し出せば、彼はそれも一口で受け取って、



「こっちも滅茶苦茶美味いな!? いや語彙無くて悪いけど、味がしっかり染みてて、冷めてるのにカリっとしてるの凄く無いかこれ!?」


「あー、昨日揚げた奴を朝軽く揚げ直して水分飛ばしてるからな、ちょっと衣固くなるけど、カリッと感増して美味いだろ?」



 肯定する様に何度も頷く馬鹿へと、小さく俵状に握って海苔で巻いたご飯や、ブロッコリーを食べさせていき、一通り反応を楽しんだ所で自分は一度箸をおく。


 此方に気を使って、目線を合わせないでいてくれる馬鹿に感謝しつつ、



「……あー、実はもう一品作ってあってさ、此処の所すこし寒くなって来たし、何かあったかい物をってことで――」



 そう言って顔を反らしながら彼へと差し出したのは、保温用のスープポットに入れて来たワカメと豆腐のお味噌汁だ。


 流石に出汁は顆粒だけれど、ちょうどいい塩梅を探して居たら思いの外時間が掛かってしまった一品を彼へと差し出せば、彼はそれを一口啜り、



「……あー……、すげぇほっとする味だこれ」



 そう言って続けて一口啜る彼が此方を見ていないのを確認し、自分はゆっくりと息を吸う。


 心を見せない様にしながら、一度、二度、深く息を吸って吐いて整えると、緊張で震える唇を、どうにかこうにか動かして、



「……もし、気に入ったなら、――――この先、毎日作ってやってもいいけど、どうする?」


「――え?」



 思わず、と言う様に馬鹿が振り向こうとしたので、自分はその頬に指先を当てて抑え込みながら、



「……察しろ、馬鹿」



 あーもう、この意味が間違いなく通じていると、そう疑う事も無く信じられるのが、何と言うか腹立たしい。


 次第に耳まで赤くなっている気がする自分の横で、彼は一度味噌汁の容器を見つめると、



 一息に、飲み干した。



「――――あっつぅ!?」



 そりゃそうだろう。いくら時間が経って多少は冷めているとはいえ、最近の保温容器は術式の効果もあって保温性が高い。一気飲みするにはちょっと厳しいに決まっている。


 大丈夫か? と、そう問いかけようとした自分の前に、不意に彼が空の容器を突き付けて、



「――足りねぇ」



「は?」



 足りないと言われても、流石に予備の容器は無いのだが……と思う自分の耳に、彼の言葉は止まらず続き、



「まだまだ飲み足りねぇし、これから先、どれだけ飲んだって、俺はまだ欲しいって、必ずそう思う」



 だから、と、言葉が聞こえて、



「――――お前の隣で毎日、ずっと、お前が作った味噌汁を飲みたいよ」



 …………まったく、この馬鹿は、数十年毎日毎日味噌汁を飲む気かよ。



「ったく、たまには味噌汁以外のスープも作らせろよな?」


 

 冗談めかして答えた言葉に、馬鹿は真剣な顔で頷くと、



「当たり前だろ、――つーか、俺も料理勉強するよ」



 は?



「お前が? 何で?」



 そう問いかけた言葉の先、馬鹿は此方の顔を真っ直ぐ見つめて視線を合わせ、



「――――お前に、俺が作った味噌汁を毎日飲みたいって、そう言わせたいからな」



 聞こえた言葉に、思わず自分は吹き出してしまった。



「ぷはっ……なんだよそれ?」



 まったく、しょうがねぇなぁ……、と、自分は馬鹿の首の後ろに手を回し、顔を近づけ視線を合わせれば、視線で心を読ませて想いを伝え、重ねた唇をもって答えとし、



「――――お前、ホンット馬鹿だよな!」








 ていうか向こうでハピ子達がガン見どころか写真とってんだけど、お前達もさっさとくっ付けっていうか、その写真後でデータ貰えないかなー?

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ハッピーエンドラブコメ短編集、現代ファンタジーで一丁! 神在月 @kamiarituki

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