「九曜巴」其の七

 大合衆国はタバタ州に駐屯するエリス空軍基地で、性能試験の演習場を持つことから、お馴染みの旧型機ベテランと見知らぬ新型機ルーキーが格納庫に居並んでいる。それは何も、飛行機だけではなく飛行士パイロット整備士メカニックも同じことであった。


 「班長チーフ… あの試作機、どうしたんでしょうね?」

 「試作機はいくつもあるが、アレのことか? お前さん、随分と執心じゃないか」

 「ええ、飛行試験中に大破クラッシュしたアレですよ…」


 扶桑之國と大合衆国によって研究開発した次世代型音速戦闘機YS3、通称「月光ムーンライト」は扶桑之國空軍から飛行士パイロットを招聘して試験飛行を行っていた。


 そのうち試作一号機が試験飛行中に大破した。幸いにパイロットの生存は確認、機密保持の為の残骸回収も無事に終了したのがつい一週間前のことだ


 「あれは好きな機体でした。僕はあの時、随分悔しかった…」

 「何でぇ、さっきからお前まで月光ムーンライトみたいに青白くなって」


 この班長チーフとて、この若造の思うところは判る。いずれ目の当たりにするであろう、次世代の技術の結晶がフイになったのは、自分たちの未来が消えたような心地がするのだろう。


 「それに班長、事故の詳細… あんなの納得できます?」

 「マァ何だ。納得はしちゃいねぇが… この基地での不思議なことなんて、日常茶飯事だろ?」

 「そういえば、そうですけど…」

 「いいから、さっさと仕事に戻ろう。また無茶をやったのが居る」

 「はぁい…」


 班長のいうように、この基地付近では時折妙なことが起きる。もっとも、近隣住民が秘匿された試験機演習を偶然目撃しては「未確認飛行物体」などと風説を流すためでもあるのだが、今回ばかりはどうも様子が違うのだった。


 「この基地での不思議な事なんて…か」


 その不思議を目の当たりにして二人のようにボヤく人間もいれば、真っ向から向き合わねばならない立場の人間もいるのであった。世の中は、ままならない。


 「まさか、こんな形で再会するとはな… シバ中佐」

 

 タバタ空軍基地司令、マシュー・ハリス少将が懐かしそうに話しかけているのは、今回の事故の現地調査と聴取のために扶桑之國から派遣されたサダカズ・シバ中佐だった。


 「大合衆国こちらへの留学以来になります。教官… 失礼、ハリス閣下」

 

 陸海軍しか持たなかった扶桑之國が空軍を持つにあたっては、右目の傷と左足の義足で有名な将校で、扶桑之國空軍学校では教官として幾人もの飛行士パイロットを鍛え上げた男だ。


 「構わんよ、懐かしいだけだ」


 扶桑之國空軍創設時、大合衆国との協力関係が始まった頃に、二人は教官と訓練生として出会っていた。今のマシューから見れば、あの雛鳥ひよっこが祖国の空を護る立派な荒鷲に育って嬉しく思う。


 「元教え子の一大事ということで上層部うえが気を回してくれました」

 「ふふ、それは親心を知ってだな。君の…」

 「閣下、事故記録については眼を通しておりますが、これは…」

 「ああ。機体の破損というよりは、消失… 前代未聞だよ」

 

 計器類など小型の部品ならいざしらず、尾翼やエンジンのファンといった大型の部品を含めて、回収不可能となったものが存在している。これらを爆発による高温の完全燃焼或いは融解と断定するには無理があった。


 この完全消失、第三者によって持ち去ったように見えたが、監視をかいくぐってこの試験場に立ち入ることは勿論、数十トンは有るこれらを誰にも知られず持ち去るのは至難の技、不可能と断言して良い。


 「そして消失部分には機首や操縦席も含まれているが… 飛行士は無事に発見回収」

 「それも事故現場から数キロ彼方… 第五十一区の乾燥湖だ」


 付近の監視カメラが記録していたが、突如として飛行士が姿を現わしているとしか判断できない代物だった。爆風でここまで飛ばされたとなれば、無論無事では済まない。


 「調査班の中には、一部が別の世界に転送されたのではないかというものがあった」

 「それは傑作ですな」


 サダカズは思わず失笑してしまった。これにつられて、マシューも笑う他は無かった。この道理が通れば、公的機関のあらゆる不祥事がそれで片づけられるだろう。


 「まったく不思議の連続で、空想科学サイエンスフィクションではなく御伽噺ファンタジーの世界ですよ」

 「その通りだよ。現物を見たら、運輸安全委員会の連中も眼を点にしていたよ」

 「でしょうな。連中も競合他社や報道を慮って、エンジントラブルの線で片づけるか…さて」

 「報道は寧ろ、生還した女性飛行士パイロットに注目するだろうな」

 「確かに、悲劇的な事故の後、大衆はその真相よりも奇跡の光景を求めます」

 

 真相を求めたところで、誰がこの現状を信じるというのだろうか。そして、自分たちすら真相に辿り着くことができるのかさえ、未知の領域であった。

 

 「こんな事件の後に酷だが、彼女はもう一度飛べるだろうか?」

 「もう一度彼女に奇跡の人になれと?」


 やや冷笑的なこのサダカズの一言には、思わずマシューも机を拳固で叩いた。訓練生時代から、時々こうした斜に構えたようなところを見せるのが彼の唯一の欠点だと知っている。


 「シバ中佐、それは断固として違う。私は、彼女の能力を信頼している」

 「私も同じです。イオリ・ツキオカはこれしきのことで挫ける飛行士パイロットではありません。それに…」

 「それに?」

 「翼を持つ者は飛ぶことを忘れません。どんなことがあっても、再び舞い上がるのです」


 彼らは知る由もないが、イオリは見事に再び舞い上がったのだ。それも、超次元の航路へ。

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