「九曜巴」其の四
嵐の到来、マサナが振るう二刀は、まさしくそのものだった。
いずれか片方に囚われれば、もう片方が仕留める。さっきは回避に夢中になりすぎて、知らずのうちに右手の太刀のみを相手にしており、あやうく胴を払われるところだった。
また、二刀による払いからの反撃は二つ同時に、倍の威力で以って返されるためイオリの太刀がマサナに至ることは難しい。
この嵐を受けイオリの体の代わりに、道着のあちこちが割かれている。彼女が手にする肥前忠吉もまた、身幅の厚い刀身にすらおびただしい誉傷を残していた。
ただ過ぎ去るのを待つことは叶わない、過ぎ去る時は相手が倒れるその時だ。
二人の勝負を監視する
「どうするイオリ…?」
マサナは円相の構えを取りながら、愛弟子たるイオリを見つめる。彼女が諦めていないのは判る。だからこそ、自分も「その先」を見たいと思っている。
自分が鍛え上げ、五傑に挑戦したイオリ・ツキオカは立派な剣士だ。
「あとは… あとは勇気だけ…!」
イオリもまた、これまでの日々と鍛錬を信じていた。今するべきは前に進むことと、この刀を託したヲリョウの言葉とともに、彼女は力強く踏み込んだ。
左手の一本突きが、マサナの太刀を狙う。
だが、これも既に予想されており二刀が防がれんとしていたが、狙いはそれだった。イオリの刀が太刀に受けられると、そのまま刀を鍔元まで滑らした。そこで、海鼠透鍔の透かしを切先で引っ掛けて後方へ弾き飛ばしてやったのだ。
「なるほど、本命はこっちだったか!?」
二刀を崩しマサナの片翼を奪ったが、突いた際の引きが遅れた。そこへ左手の小太刀が襲来するも、イオリはこれを
しかし、彼女の疲労からか、足さばきがやや遅れたことと肥前忠吉の損傷もあって、切先三寸が遂に折れるや否や、柄から左手が離れた。
それを見逃すマサナではない。足払いを仕掛けイオリの態勢を崩すと、手元から刀が落ちた。完全に無防備となったイオリは身を転がして間合いから脱出する。
「間に合った!」
その先にはマサナが手放した木刀が転がっていた。イオリはここまでを踏んで全てを仕掛けていた。彼女は木刀を手にするや、立ち上がるとともに強烈な踏み込みで跳躍した。
「うァァァァァァァァァーッ!!」
正真正銘最後の一撃、この一太刀に全てを託した。そんな気持ちが叫びになっていた。イオリの覚悟が伝わったのか、これをマサナは真っ向から受けて立った。
「
頭上からの木刀と真っ向から打ち合い、縦一閃に引き裂いてやったものの鍔元から小太刀が折れた。互いの最後の一手、背を向けて立つ二人の手には既にその機能を失った得物があるばかりだった。
「これにて勝負あり…」
「私も引き分けと見たが… 御二方、御異存は?」
「異議なし」
「是非に及ばず」
「それでは、評定を」
四人の
「イオリ、二度の搦め手は見事だった」
そう言いながら彼が振り向いた時、突然結っていた彼の髪がばらりとほどけたではないか。そして彼の目の前に、あの五傑の紋が入った鞘を払った短刀が迫っていた。イオリが少し踏み込めば、全てが決着する絶対の間合いだ。
「兵は詭道… 最初に教えてくれましたね…」
肩で息をしながらイオリが放った一言に、なるほど「伏兵あり」かとマサナは「ふふ」と笑った。決して自嘲やイオリへの嘲笑ではない。自分の弟子が自らを打ち破ったこと、自分を超えたことが嬉しかった。
また、評議入りしようとした軍目付たちは総立ちとなり、イオリを指したまま硬直する者、諸手を握りしめて何事か叫ぶ者と、驚きを隠せない様子だった。
「その通りだ… そんでもって、お前さんの勝ちだ…!」
一気に緊張が解けたのか、その場に座り込んでしまったのはマサナのほうだった。そして、
連中も途中から内心でイオリを応援していたと見える。
「おい、聞いた通りだ。この仕合、イオリ・ツキオカの勝利…あとは任せたぞ」
「は、ははは、はい。ただいま大目付に取次を…」
「大目付… 久しぶりに聞いたな」
大目付というのは対爾核の軍目付たちの大元締め、それだけではなく五傑の選定や仕合の勝敗に関する一切を統括する立場にある。最後に姿を見せたのは、マサナがこの世界に現れるまでは、長らく姿を見せることはなかったという。
ならばご登場まで時間がかかるなと、マサナはそのまま大の字に寝転んでしまった。そこで、さかさまになった視界にイオリが直立不動のままであることに気付いた。
「どうしたイオリ? お前の勝ちだ」
「あの…その…」
「安心しろ。評定をひっくり返すなら、大目付もここの四人も俺が
何かさらりと恐ろしいことを耳にした
「違うんです…」
「だったら何だよ?」
「何か、一気に力が抜けてしまって… 動けません…」
最後の最後になんというか、本当にイオリらしい。
仕方なく、ゆっくりと彼女の掌を開いてやり短刀を鞘に納めてやり、背中から気付けをしてやるとやっと元通り動けるようになった。極度の緊張からの開放、ここまでの真剣勝負を考えれば無理もなかったが、それにしても可笑しかった。
「同じイオリでも、こういうところは全く違うな」
「えっ… 同じって、どういうことですか?」
「昔、お前と同じ名前の弟子が居たことがあってな」
「まだ時間はある。これが最後になるだろうから、話しておこう…」
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