「破軍星立て兜」其の五


 エリカが貫手でイオリの喉を狙った瞬間に、何かを砕く物凄い音がした。砕かれたのはエリカの黒漆五枚胴だった。よもや散弾を隠し持っていると思ったが、どうやら違った。胸元と胴にイオリの諸手突きが風穴を空けていたのだ。


 「出来た… これで何とか…!!」


 僅か一寸の間合いでの最大加速、イオリは自身の身を固める防具を鞘とし、拳を刃として実現して見せた。一点に集中した重量は威力となり生み出した打撃は凄まじく、言うまでもなくエリカ自身にも伝わっていた。


 「な、何という威力… 見事…」


 エリカは声に出す間もなく、そのまま前に倒れ込んだ。その様子を確かめると、イオリもまた疲労困憊で肩で息をしていた。全身が火のように熱く、装備している防護装甲プロテクタが錘のように重たく感じられた。たまらず胸部の装備を解除しようとした時、違和感があった。


 「痛ッ…!?」


 やはりあの一撃は無理があった。相手の胴丸をぶち抜くほどの威力、こちらの籠手ハンドガードも砕けており、中身も無事ではない。戦闘の興奮状態で気付かなかったが、右の拳が砕けていた。また、左の前腕にも痺れがあることからヒビは入っているだろう。難儀したが、左手で防御装甲を解除した。ようやく呼吸ができる心地だった。


 「生兵法は大傷の元っていうけど…ホントだなぁ」


 痛みを堪えながら左手で木刀を拾うイオリの背後で、倒れていたエリカがひっそりと立ち上がろうとしていた。



 イオリは僅かに聞こえた具足の鳴る音でそれに気付いた。


 「しまった…!?」 

 「その手では、もう戦えまい…」


 イオリは左手で木刀を構えようとしたが、遅かった。負傷した右手を既にエリカに取られている。くいと引っ張られただけで、痛みが走り思わず声が漏れる。弱点を突くことは、立ち合いにおいて卑怯なことではない。


 だが、それ以上のことをしてこないのが不思議だった。


 「これではこの先… 筆頭とは戦えないだろう」

 「えっ? あれ…?」

 

 エリカに掴まれた右手が、仄かに光ったように見えた。するとどうだろう、痛みが引いていき指先の感覚まで戻って来た。段々と、左手のそれも額の疼きも失せていくではないか。


 「これが… 私の異能というやつだ」

 「えっ!?」


 この不思議な回復能力が彼女の異能と聞いて、正直驚いた。


 今までの剣技や体術などから、てっきりイオリは身体能力を高める能力か何かだと思っていた。大太刀を容易く操り、最新鋭の防具すら砕く体術が、彼女自身の鍛錬や経験だけで身に着けたものというほうが驚く。


 「長い事、無頼の剣士、傭兵として生きてきて… そのうちに身についたものだ」

 「何だか、随分と優しい技ですね」

 「優しい技か、ふふふ」


 戦い続けるための能力、彼女が生を受けた永劫の戦乱の世界を生き延びるために身に着けた技を、そんな風にいう奴は初めてだった。先に倒された五傑のフルールやヴィヨルンに「便利だ」と言われたことが、妙に懐かしい。


 「さて、私の傷もすっかり癒えたが、どうする?」

 「これで条件は同じ… 振り出しに戻りますが」


 イオリの右手には既に木刀があった。なるほど、もう一度自分に向かってくるのかとエリカは安心した。これで一つだけわかったことがある。


 「冗談だ。もう一度戦ったところで、お前の勇気に勝つ術が私にない」

 

 それでいい。躊躇わずに真っ向から向かってくる勇気、それが彼女の強さの秘訣だというならばそれこそ無尽蔵の力というものだ。勇気が無ければ、他の資質は何ら価値を持たない。


 「イオリ・ツキオカ、貴公の勝ちだ」


 エリカの一言に、イオリは敬礼した。軍人としての敬意と、武芸者としてのそれを示す方法がそれしかなかった。言葉では余りに軽い、それだけの戦いであり、そこには何か理解し合えるものを感じたからだ。

 

 「最後に一つ、頼みを聞いてくれるか?」

 「頼み?」

 「お前の音を聴かせてくれ」

 「え? 私の音…? なんですかそれ?」


 はてなという様子のイオリにすっとエリカが近づくと、少しかがんで胸元に耳を当ててきた。これには驚いて、尻もちをついてしまった。エリカは構わず、彼女を押し倒すように離れようとしない。

 

 「え、ええっ? ち、ちちょっと、何を!?」

 「静かにしてくれ。それじゃ聞こえない」


 大いに面食らってしまったが、こうして覆いかぶさった彼女を間近で見ると、その白い肌に銀髪、紅い瞳はさらに美しかった。穏やかな表情の下に隠された鼓動、激闘の証明である熱い体温がイオリにも伝わってくる。


 「生を忘れて、死を覚悟することはできない。覚悟がなければ、勇気は生まれない」


 イオリにはこんな言葉が思い浮かんでいた。飛行士訓練時代に教官から、そして旧友から聞かされた言葉だった。これだけを頼りに、向こうでは色々なことに挑戦してきた。


 「そっか、そういうことなんだ」


 そこで彼女も思わず、エリカの手を取って頬に当てた。エリカも少々驚いたようだが、ふふと笑っていた。この繊細な掌が、手綱を取り大太刀を振るっていたことが信じられなかった。


 「聞こえる。生きている音がする」

 「ええ。貴女も、私も…」


 夜の闇が消えれば星の光も消える。しかし、遥か彼方にその輝きはある。敗れたエリカもまた、別の分岐タイムラインへ旅立つ。ならば、この美しい紅い瞳もそんなふうに見ることが、感じることは出来ないかとイオリは考えるのだった。


 だがしばらくは、今だけは、二人でこの時間を共に過ごしたいと思った。

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