「破軍星立て兜」其の四

「すごい脚力…!」


 短距離馬スプリンターなど比べ物にならない速度に感動しつつ、手綱を取るイオリはふと思い出す。


 扶桑之國陸軍騎兵科の公開講義で「騎兵の本質とは何か」と先の大陸戦争で最後の騎兵戦を指揮した老将軍に質問があった。すると老将軍は壇上のグラスを拳骨で砕いて、血濡れのそれを示しと答えた。強力な攻撃力と機動力を持つが、防御力は皆無ということだった。


 だが、この獣脚竜ラプトルは違う。馬に勝る機動力に加え、攻撃力では騎手の得物よりも強力な武器を自然に備えている。脆弱なのは、寧ろ騎手のほうであった。


 「危ないっ…!?」


 イオリの眼前に、エリカの駆る獣脚竜ラプトルの尾が空を切りながら迫っていた。


 すんでのところで回避してみせたが、直撃を受ければ防御装甲プロテクタ保護帽ヘルメットで固めていても失神する。

 ましてや、失神して鞍から落ちれば最後、あの脚力で踏みつぶされるか蹴り殺されてしまう。扶桑之國も群雄割拠の乱世には幾度も一騎打ちなどはあっただろうが、竜に跨っての一騎打ちは自分が最初で最後だろう。


 「流石は飛行機乗り、眼が良い」


 幾度か仕掛けてやって、鉤爪で防御装甲プロテクタに傷を付けることはできたが、決定打には至っていなかった。なるほど、高速戦闘にあって旋回や回避は一枚上手というところか。


 「妙だな。仕掛ける気配がない…?」


 エリカから見れば、イオリが双脚竜の手綱を取るのに手間取っている様子はなかった。寧ろ、初見でこれだけ操れることに驚いている。あの得物、塹壕用散弾銃の銃剣を活かすのならば正面からの刺突、或いは一撃離脱を仕掛けてくるのが定石といったところだ。


 「何を企んでいる…」


 そんなエリカとイオリが一直線上で向き合った。件の一撃を仕掛けるとすれば絶好の機会、どんどんと速度を上げているが突きの構えを見せない。

 

 「もっと加速を… もっと… あと一歩…!」

 「仕掛けないのならば、こちらから!」


 エリカもすかさず速度を上げたが、先にイオリのほうが一頭分ほど手前で獣脚竜ラプトルが跳んだ。


 跳んだというよりも、それは飛翔であった。


 前腕を縛っていた皮帯がはじけ飛び、折れていた筈の翼が広がっているではないか。そこに飛行膜はなかったが、極光オーロラの如き光の翼が見える。


 「待っていたのか。この時を!?」


 その一頭は待っていたのだ。


 失った翼を、飛翔を信じる主を、そして今ここで見つけたの。翼を持つものが、跳ぶことを忘れることはない。まさに、イオリが織り成した人馬一体ならぬの妙技に感嘆しつつも、エリカは次の一手に備える。


 「この高度に逆光なら、本命が来るな…」


 警戒したのは飛翔した高度を利用した一太刀だった。イオリが用いる跳躍を利用した一撃は、胸筋と背筋の力を腕に伝播させ床板すら容易くぶち抜くことは知っている。この高度からの落下を用いれば、防具の上から圧し潰すことは容易い。仕掛けるとすれば甦った翼竜が着地する寸前を狙う。


 「今だ!」


 案の定、若干だが頭の下がった隙があった。この機を逃すものかとエリカは手綱を手放し、大太刀の抜き打ちで横薙ぎにしてやったが翼竜の鞍にはイオリの姿がなかった。


 「何だと!?」

 「よし! 捕まえた!」


 その声と共に、イオリが時間差でエリカの目の前に現れた。彼女の一手は一撃を繰り出すのではなく自分を捕らえることだった。突如として降って来た彼女はエリカにがっしりとしがみついて、獣脚竜ラプトルから引きずり落とした。互いの防具が地面に打ち付けられる鈍い音がした。組み合いながら地面を転げまわっていったが、お互いが打撃を加えて引き離した。


 「まさか獣脚竜ラプトルから放り出されるとはな…」

 

 エリカはゆらりと立ち上がりながら、態勢を整える。手にする大太刀は四尺余、鍔元には倶利伽羅の彫刻があり、切先にかけて二条の樋が入っている。

 

 「ここから… ここからが勝負です」

 「それは違う、これで決着だ。イオリ・ツキオカ、残念だが己の勝利も放ったようだ」

 「ど、どういうことですか…!?」

 「同じ装備であれば公平だが… 介者剣術で決するのならば私の領域だ」

 

 エリカは呼吸を整えると八相の構えを取って、ぴたと動かなくなった。これを好機と飛び掛かるほど単純なイオリではなかったが、繰り出された一刀に驚かざるをえなかった。


 「嘘…見えているのに避けられない?」


 五行の構えから繰り出される一刀には全くの予備動作がない。そのうえ、袈裟懸け、刺突、いずれも的確に保護装甲プロテクタの隙間を狙ってくる。


 イオリは躱しきれずに銃剣や籠手ハンドガードで受けるたびに火花が散り、ジリジリと追い詰められていった。エリカほどの熟練者であれば、甲冑は動作の枷にならず寧ろその動作を最小最速、そして精密さを上げる為の道具に変わっていくのだった。


 「さて、どうする?」 


 今の相手は、散弾の一発でも残しておけばと後悔しているだろうかと考えつつ、段々と間合いが縮まっていく。

 打ち込まれる太刀も、徐々に保護装甲プロテクタの下にある防護服を切り裂いてきている。確実に入れられるのは時間の問題。案の定、次の刺突でエリカは喉を狙ったが太刀が止まった。


 「何だと!?」


 イオリは散弾銃の先台フォアエンドをスライドさせ、その隙間に刀身を挟みこんでいるではないか。銃剣術の類は何度も相手にしてきた。だが、こんな風に十手のように防御に転じてみせた例は前代未聞だった。


 「狙っていた? まさか… 散弾を捨てたところからか!?」

 

 最初からこうすることを、発射できない銃はただの筒、超肉薄になれば刺突を狙うことを予想した上での選択だったということか。ならば、この娘の調略にまんまと嵌ってしまった。イオリはそのまま渾身の力で大太刀をひん曲げると、その勢いで巴投げを繰り出した。見事にエリカの身体は宙を舞って地面に叩きつけられた。


 「止まったら負ける!攻めなきゃ…!」


 すかさず散弾銃をさかさまに持ち、銃床でのフルスイングを繰り出したイオリだが、敵もさるもの。振り下ろす寸前に右手を取られ、今度は自分が脚を払われて投げられた。


 「まるで畑仕事の鍬だ」


 エリカにすれば、その一撃は鈍重すぎたようだった。


 ならばとイオリは、木刀に切り替えようとしたがこれもすかさず蹴り上げられて、宙を舞った。互いに得物を失った今、頼るべきは防具で固めた己の五体のみ。これを武器に転じる他は無かった。

 イオリの視線が木刀に移ったところで、エリカは背後から締め落としにかかったが、その気配を察してイオリは身を転じた。


 互いが向かい合った瞬間にエリカの兜、ちょうど鯰尾のあたりを掴んでやった。


 「うァァァァァァァァァーッ!!」


 イオリの裂帛の叫びと渾身の力で頭突きを食らわしてやると、前立てのあたりがひしゃげて、面頬の片側が割れた。そこからエリカの素顔が見えたが、彼女は笑みを浮かべていた。そうこなくては面白くないと言わんばかりの、自信に満ちた表情だった。ならば、もう一発というところでエリカが口を開いた。


 「いつまでそうしている積りだ!?」


 エリカの一声で我に返ったが、今度はすかさず彼女ががら空きとなったイオリの顔面に、ひねりを加えた右の拳を食らわしてきた。さっきの頭突きでこちらのフェイスガードも損傷していたのか、派手に割れた。破片が額を割いたのか血潮が流れるのがその温もりで判った。


 「大分、頭に血が上っていたようだな?」


 エリカの言葉にもイオリは動じず、眼差しには闘志が溢れていた。そうだ、そうでなくては面白くない。五傑の三人、我が同志たちを打ち破った武芸者ならば、自分もまだ知らない領域に立つ者であってくれと。


 「ええ、これでちょっと風通しがよくなりました!」

 「いい… それでいい!! そうでなくては!」


 すかさずエリカは突きからの膝蹴り、その加速を利用しての大本命、胴回し回転蹴りでイオリを攻めたが幸いにも胸部の保護装甲プロテクタで肋骨を折られるのを防いでいた。


 だが、この威力は絶大だった。防具の重量と堅固さを利用した一撃は、まるで撞木で殴られたような重みがある。これには内蔵を大きく揺さぶれ激痛が走った。視界も歪み、片膝をついてしまったがこのまま倒れ込めば、その場で止めを刺される。


 「反撃… なんとかしなきゃ…」 


 エリカも最後の一撃を加えんと、じりじりと間合いを詰めてくる。この黒鉄の城は、まるで対爾核の化身のようにも思える。


 「動作を最小に… 最速で最大の威力に… もしかして!?」


 イオリが閃いたのはヴィヨルンが見せた居合の応用だった。あの体捌きによる加速と一撃を加えれば勝機はあるかもしれない。


 躊躇う時間などはない、既にエリカが自分の撃尺に入った。

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