「破軍星立て兜」其の三

 「一つ質問してもよろしいですか?」

 

 普段ならイオリがこんな風に質問する方であったが、今回は珍しく軍目付いくさめつけのほうが話しかけてきた。それも今回は二人組、声色から姉妹であるとわかるのだが、いちいち二人が同じタイミングで同じことを話すのはよくわからなかった。


 「えっ!? なんでしょうか…」

 「随分と変わった甲冑ですが、どちらのモノでしょうか?」 


 イオリが用いる強化服と防御装甲プロテクタには、師匠のマサナも関心していた。幾多の仕合を見届けて来た軍目付すらも「初見」だということには驚いた。だが、これを「変わっている」と言われるのは、ちょっとだけ不本意であった。


 「一応、向こうの世界から持参品です」

 「成程… 道理で面白い意匠デザインです。特に、


 そう言って軍目付は、やはり二人同時にイオリの防御装甲を指した。


 妙というなら、軍目付の連中のほうが例の仮面を含め、各々が奇妙な服装をしている。今回の二人組は互いが赤糸縅と青糸縅の大鎧を身に着けている。それも、この色が二人で左右入れ違いになるようになっている。そのうえ、この二人組が目の前を歩いていると互いが入れ違いになるような、騙し絵でも見ている気分になるのだった。


 「錯視とか幻覚は、前のニコさんで間に合ってるんだけどなぁ…」

 

 ひょっとしたら、この二人から何か仕掛けられやしないかとイオリは妙に警戒していた。


 案内された先では毎度驚かされるが、今度は対爾核の内部とは思えないような野原、それも古戦場を思わせる広大な土地が広がっている。草と土のにおい、風の音、いずれも幻の類ではない。

 

 「どこから仕掛けてくるんだろ…?」


 周囲を警戒しながら相手の姿を探していると、突如として硝子に亀裂が走るような音が聞こえた。音がした方向に視線をやると、なんと空間に黒い亀裂が入っているではないか。やがてその亀裂が広がり、まるでガラスの割れるように崩れ落ちると、その破片が舞った。


 その先には大太刀を背負い添え刀を提げた剣士が見える。


 鯰尾兜に黒漆の五枚胴具足で身を固めて、腕を組みこちらを眺める姿は甲冑武者というよりも、黒鉄の城と呼ぶべき威容だった。


 「待たせたな。五傑の一人、エリカ・ロートシュテルンだ」

 「扶桑之國空軍第三四三航空隊所属、イオリ・ツキオカ… 今は伊呂波の間借人です」

 「先の三人との仕合は見事だった。敬服する」

 「今まで、見たこともない使い手ばかりでした…」

 「当然だ。お陰様で軍目付が代理を探すのに苦労しているよ」

 

 エリカの紅い瞳は、彼女の紋章である「破軍星立て兜」にある赤い星を思わせる。そして白い肌、兜の隙間から覗かせる銀髪が黒と赤をさらに美しく際立たせていた。イオリがエリカを観察する様子を察したのか、彼女の方から話しかけて来た。


 「この紋章にある破軍星を死兆星とも呼ぶが、どう見る?」

 

 そう言いながら、彼女は籠手に刻まれた破軍星立兜の紋章をかざした。北に輝くあの七星、この神話は彼女が居た世界でも同じなのかとイオリは思った。同じならば、答えは一つだった。


 「私は飛行機乗り《パイロット》です。星が見えるなら、飛ぶだけです」

 

 臆することなく答えたイオリに、彼女は大いに感心した様子だった。なるほど心意気は良し、この破軍星こと軍神の星がいずれの頭上に輝くかあとは存分に技で以って試させてもらう。


 「始める前に聞くが、得物は木刀それだけか?」

 「はい」


 イオリの右のホルスターには例の短刀、そして左には相棒ともいうべき木刀が差してあるのが判る。それを見てエリカは、どうも気持ちがすっきりしないでいた。確かに甲冑相手に鈍器は有効だが、それにしてはと思う。というのが、彼女なりの仕合における矜持だった。


 第一に、木刀だけで自分を打ち負かせる人間など五傑の筆頭の他に知らない。


 「そうか、ならば…」

 

 エリカが指を鳴らすと、今度は空間が引き戸のように開き、突如としてイオリの眼前に多種多様の武器が姿を現した。


 前に立ち合った五傑、ヴィヨルン・タジオも倒した武芸者の得物を収集していたが、その数や種類では比較にならない。そこにはあらゆる刀剣、槍、弓矢は言うに及ばず。戦斧や契木に分銅といった外物とのものまで揃っている。


 極めつけは銃火器だ。特に小銃に関しては、前装式マズルローダー火縄式マッチロックに始まり雷管式を経てボルトアクション、締めくくりの自動オートマチックまで揃っていた。


 「好きなものを、好きなだけ使え」


 これだけの武器、ましてや近代兵器の花形たる銃火器を含めて「好きなように」ということは、このエリカ・ロートシュテルンにとって脅威ではないことを証明していた。


 「白兵戦になるならコレが一番…」


 そう言ってイオリが数ある中から手にしたのは、着剣ラグと銃身のヒートガードが特徴的な十二ゲージの塹壕戦用散弾銃トレンチガンだった。

 前の所有者が改造したのか、銃剣が折り畳み式になっており白兵戦用に強化してある。相手が大太刀ならば手槍などを間合いの取れるもの選びたいが、習熟度では元の世界で訓練した銃剣術が幾分か勝る。


 イオリの選択を「成程」と眺めていたエリカだったが、急に妙なことを始めたので思わず眼を疑った。


 「待て、何をしている?」

 

 なんとイオリはがちゃがちゃと先台フォアエンドを動かして、散弾ショットシェルをすべて排莢し、すっかり空にしてしまった。


 「そちらは銃を使いません。だから、これで公平です」


 驚くべき申し出だった。散弾を用いてようやく仕合になるといったところで、自らその利点を捨ててしまうとは、未だかつて出会ったことのないタイプの武芸者だ。


 「私に言わせれば、銃を使えない貴公が不利なのだが?」

 「立ち合うなら、正々堂々です」


 このイオリ・ツキオカというのは心根がまっすぐなのか判らないが、彼女にも彼女なりの戦いに対する矜持があるということか。全く似ていないようで、どこかが似ているとは何とも面白い。


 「条件が同じ… 正々堂々というのなら…」


 再びエリカが指を鳴らすと、ここまで案内してきた二人組の軍目付(いくさめつけ)が再び現れ、何かの手綱を取りながらこちらに歩いてきた。

 

 「あれ、これって?」


 見覚えのあるその生き物は鞍と鐙を乗せた獣脚竜ラプトルだった。それも二騎、伊呂波でヲリョウが普段使いしているのよりも大型の個体だった。


 「いつぞや竜騎兵ドラグーンと戦った時の置き土産だ」

 「竜騎兵? 私の知っているのと大分違う…」

 「私が居た世界では銃火器を用いる騎兵だったが、そういう世界もあるらしい」


 イオリの一言にはエリカも同じ意見であるようだった。いずれにしても、古い騎兵の様式であり現在は廃れている。

 

 「いずれかを選べ」

 「はい」


 イオリが視線をやった一頭は前腕に特徴があった。もう一頭より前腕が太く、何かを庇うために皮帯を巻きつけているように見えた。


 「そっちのは元々は翼竜ワイバーンだ。大昔の戦で翼を痛めたと聞いたが、脚力は確かだ」

 「翼を痛めた…」

 

 その話を聞いて、この翼を失った翼竜ワイバーンが大地を踏みしめてこれまで戦って来たことが妙に自分のように思えて来た。自分とて翼を失っている。本来賢い種族ゆえそんなことが伝わったのか知らないが、イオリを警戒することなく手綱を取ってみても反応は穏やかだった。

 

 「私はこっちににします」

 「宜しい。これで装備も、脚も、条件は全て同じだな?」


 紛れもない一騎打ち、いかなる世界でも時代でも用いられた様式となった。エリカがぱっと鞍に跨り面頬を取り付ける。イオリもそれに従うように、獣脚竜ラプトルに跨ってフェイスガードを展開する。

 

 これで互いに装備は完全、そこで同時に鐙で合図をすると互いの獣脚竜ラプトルの咆哮とともに全速力で駆け出すのであった。

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