「破軍星立て兜」其の二

 イオリとマサナの二人はというと、伊呂波の裏で稽古に勤しんでいた。

 

 そこで例の黒い直方体コンテナを開けてみたのだが、墜落時に救援を待つ間、戦闘継続に必要な装備一式だった。


 空軍採用の灰色の上下の戦闘服、むろんのこと生地は防刃防弾に優れる。その追加装備として、防御装甲プロテクタと呼ばれるものが入っていた。こちらは折り畳まれ重ねて収納されており、イオリがそれを展開する様子から全く以て無駄なところがない機構メカニズムにマサナは見入っていた。


 「この世界にはない素材だな」

 

 マサナは展開された直方体コンテナから、防御装甲プロテクタを手に取ってしげしげと眺めている。艶のある白が白磁を思わせるが、コツコツと叩いてみると陶器ではない。かといって、金属でもなさそうだ。


 「それに、面白い意匠をしている」


 特にこの三角に並ぶ三つの穴が面白い。単なる軽量化ではなく、この素材の強度を高める位置に空けてあるのがわかった。刀剣にも彫刻をすることで強度を増す秘法があるが、まさにそれだ。


 「師匠、茶器じゃないんですから」

 「ああ、すまんな」


 書画の心得もあるマサナだけに、その実用の美に惹かれて随分と熱心に見ていたのだろう。なんだか、手つきもそんな様子で見入っていた。同梱されている灰色の戦闘服に着替えてきたイオリが、その様子を可笑しそうに見ていた。


 「そんで、お前さんが着ているのが鎧直垂ってところか」

 「はい、戦闘服の上にこの防御装甲を被せるんです」 


 そういいながらイオリがせっせと防御装甲を装着していく。そして最後に保護帽ヘルメット面頬フェイスガードを装備すると見慣れたイオリの顔もすっかり隠れてしまった。改めて肩、胸部から胴、足回りと、世界や技術は違っていても鎧としての機能は十分に果たしていると判断できる。


 そしてやはり、例の穴が空いている。これを設計した人間に思いついた背景を聞いてみたいものだとマサナは思った。


 「これでどうにか、具足の都合ができたな…」

 「でも、蔵には甲冑らしいのがありましたよね?」

 「ああ、あれか… あれではちょっとな…」


 イオリが言ったように、伊呂波の蔵には板金鎧プレートアーマーがあるのは知っている。それも女性用のものが二領あるのだがどちらも重量が嵩むことと、造りがどうも祭礼用と戦闘用のを繋ぎ合わせて造った代物だ。細工の妙から金銭的な価値はあるが、それ以外の価値を見出すことは出来ない。


 「アレは、お前の体格に合わない。その上…」

 「えっ!? もしかして、大きいとかじゃなくて収まらない感じですか?」


 その随分と科学的で進んだ厳めしい装備で、いつものようにあたふたするイオリの様子は何とも滑稽だった。だが違う、そういうことではない。


 「で、でも、毎日鍛えている分、太くなるのは必然と言うか、その…」

 「だから違う。人の話は最後まで聞け。体格に合わない防具は却って危険だ」

 

 マサナの言うところでは、防具が干渉して動けなくなることは当然として、余分な空間があると打撃を受けたときに変形して身体を傷つけることが往々にしてあるという。


 「流石師匠、なるほどです」

 「マァ何だ。んだけどな、あの二つは…」


 最後にマサナがボソっと呟いた一言を、イオリは聞き逃さなかった。相手は年頃の乙女、そういうところは絶対に聞き逃さない。何とも言えない圧を伴ってマサナに近寄った。


 「師匠、今なんか言いましたよね?」

 「気のせいじゃないか?」

 「何か、だいぶ細いって聞こえましたけど!?」

 「気のせいじゃないかな?」


 イオリは決して視線を合わせない彼の袖を掴んでグラグラと揺らしていると、ここで急に足を払われた。少し驚いたが、ぱっと受け身を取って態勢を整えた。


 「ちょっと、何するんですか!?」

 「おお、かなり自然に反応できるな。さっき言った心配はなさそうだ」

 「流石は師匠、冗談と見せかけての…!?」

 「当たり前だ。真剣勝負の前だ」


 兵は詭道、ここはそういう雰囲気で濁しておこうとマサナは思った。大分細いのは事実だが、それはイオリの肩や背筋のせいであり、断固として太ったわけではないことを彼女の名誉の為に書き添えておく。

 

 「こんな風に組み討ちになったら、相手の鎧通しや短刀に気を付けるんだ」


 マサナはイオリと正面から組んで、そんなことを言いながら手首を極めたり足を払ってからの喉元への刺突など、小具足と呼ばれる技を鉄扇を代用して実例を見せた。これが、単純な刺突だけならばイオリも近代的な近接格闘術を軍人として心得ているので多少は躱せたが、突如として動きが不自然になることがあった。


 「伏兵ありってやつかな…」


 組み討ちの最中、極められることから逃れようと必死になって一手を見逃していた。まさしく伏兵、 肩や関節の防御装甲の隙間に鉄扇を突き立てて、動きを封じられているではないか。マサナは人体の構造だけではなく、装備の構造や動きもつぶさに観察している証拠だった。


 「やっぱり、師匠には敵いませんね…」

 「いや、それは違うぞ。現に、二度は締め技を逃れて俺をひっくり返している」

 「前に覚えたまろばしが役に立ちました」

 「それに今の技など知ってしまえば対応できる。それだけの積み重ねがあるよ」

 「もし、お互いに得物が無くて、完全に守りを固めていた時はどうすれば?」


 イオリの問いかけに、マサナは良い質問だと思った。自分が使った技に気付いただけではなく、その先に関しても気が回るようになっている。積み重ねは確かなものになっていると確信する。


 「その条件では、互いに勝つ術はない。敗れぬための術が必要になる」

 「えっ? それって勝つのと、どう違うんですか?」

 「互いが防御となれば勝ちようはない。勝利は攻撃の中にしか存在しない」

 「ということは…」 

 「防具で固めた五体を武器に、只管に正面からぶつかり合う… 相手を斬って仕留めるよりもこれは難しいぞ?」


 マサナの言う通りだった。これまでは不殺を通すことが出来た。だが、この甲冑具足で身を固めるということは仕合というよりは合戦そのものだ。合戦、戦争の最中に不殺を貫くことが出来るのか。


 「やっぱり、これからは逃れられないのかな」


 イオリの胸中には、元の世界でも軍人として問いかけられたものが思い起こされていた。彼女は元の世界でも、この世界でも、その答えをまだ見いだせていない。

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