第五話「破軍星立て兜」

「破軍星立て兜」其の一

 例の如く、対爾核での立ち合いから帰還するイオリのためにと、町医者のタキが伊呂波に連れてこられていた。毎度、あの対爾核から帰ってくるまで不安は尽きない。


 「これで、一仕事終わりってところね…」

 「あらヲリョウ、貴女は何もしてないじゃない」

 「あのねぇ、待ってる方は毎回気疲れするんだよ」


 二人とも互いの煙草に火を付けて一息ついていた。

 

 待つ身が辛いか待たせる身が辛いかと、ヲリョウは伊呂波で金貸しもやっているがこれほど待つのが大変なことはなかった。第一に、金は失っても取り戻せるが命はそうはいかない。ましてや、自分が代わりになってやることもできない。


 「前のに比べれば軽傷も軽傷… でも、相手の術で記憶が甦ったのは驚きね」

 「驚くのはあの娘(こ)の話だよ。まるで魔法の世界じゃないか」 

 「音よりも速く飛べるなんて、考えた事ないわね」

 「まったく、どんなに忙しない世界なんだい」


 イオリが来た世界、扶桑之國はこちらの世界と文化や言語など共通することが多いものの、こちらの世界とは違って魔法は科学に取って代わられており、比較にならないほど発達していることが判った。特に驚くべきは、二人が驚嘆しているように飛行機械の進化だ。この世界で用いる複葉機などは旧式も旧式、イオリが乗っていたものは、音速で飛行可能な最新鋭の試験機であったという。成程、こちらの科学者連中が大枚をはたいて譲ってくれという訳だ。


 「しかも、そのうち月まで飛ぶ計画も始まるってんだから驚きよ…」


 ヲリョウとタキは「はてさて」という調子で晴れた空を眺めているが、そこに月の姿はない。夜空に月を見たとしても、どれほど離れているかなどは見当もつかない。そんな世界の外に出ていくというのだから壮大な話だ。

 

 「月ねぇ… ここらの翼竜(ワイバーン)だって月めがけて飛ぼうなんて思わなそうね」

 「でも、あの娘なら… 翼竜が怯むことだってやってのけそうだけどね」

 「わかる。五傑のうち三人に勝っちまうんだから、全く…」

 「はぁ… あと二人に勝ったらイオリちゃん、帰っちゃうのかぁ」

 「何だいタキ、それで目出度し目出度し、万事解決で大団円じゃないか」


 タキはヲリョウの顔を覗きながら、何とも言えない表情を見せている。何か言いたげな、からかっているような「妙な顔」を彼女は昔からよく知っている。


 「いやぁ、ちょっとそれは違うんじゃないかな?」

 「どう違うって言うんだい?」

 「あの娘(こ)が来てから… 貴女、いきいきして見えるけど?」

 「な、何だいそりゃ? いきいきするどころか、間借人が増えた分、こちとらやりくりが大変なんだけど…」

 「そうかなぁ、マサナも随分いきいきして見えるけど?」

 「アイツも何だかんで武芸者だから… 弟子みたいなのが出来て嬉しいんだろうねぇ」

 「

 「は、はぁ…!? 何だいそれ!? 別に私は…」

 「いいのいいの、私は判ってるから… で、その二人は何処に?」

 「裏でいつもの通り稽古やってるよ」

 「稽古ねぇ…そういえば、向こうの世界のお師匠さんはどんな御仁なのかしら」

 「マァ、一度も勝ったことがないって言うんだから、よっぽどの武芸者なんだろうね」

 「そうじゃなくて、イオリちゃんみたいなのがが、よっぽどの存在なんだろうなって」

 「ああ、そういうことかい… そりゃ何が何でも再会したいんだから、そういう存在なんだろうね」

 「良かったじゃないヲリョウ、取られなくて」

 「はぁ? 一体何を?」

 「いいのいいの、私は判ってるから…」

 

 やはりタキはヲリョウを何とも言えない「妙な顔」で眺めるのだった。

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