「竜剣の丸」其のニ
マサナの読みは正しかった。
ちょうど民家や商家のないところで、そういう連中と出くわした。人数は七人、顔を布で隠し襤褸をまとっているが、その下は甲冑などの防具で固めてあることは、上手く足音を隠してはいるがその足取りの重さで判った。
「連れ立って呑み屋、色街ってなら方向も違う、それに…もう終いの時間だが?」
「ふん…そういう貴公は?」
「ああ、ちょっとした深夜徘徊… いや、健康の為に散歩してるんだよ」
「マサナ・ゼンヤ、伊呂波の居候だな?」
「マァそうだが… 伊呂波はとっくに店じまいだぜ?」
「用があるのは商売の方じゃない、人のほうだ」
「ああ、そんなら今頃、三十路女と年頃のは寝てる。用向きなら俺が聞いておく」
「ならば頼もうか。黙ってあの娘をこちらに渡せ」
「何だお前ら、武芸者の集まりと思ったら… 女衒(ぜげん)の組合(ギルド)か?」
「さっきからヘラヘラと! 貴様も武芸者なら、
「おいおい、お前さんたち、何か勘違いしてないか?」
「卑怯と言われようとも、我々とて勝ちが欲しいのだ!」
刺客の一人がいきり立ってマサナに怒鳴ったが、全く以て勘違いも甚だしいというところだった。イオリを斬ったところで、
だが、頭に血が上った連中だ。誰も止めることもなければ、自制など望むべくもない。既に各々が得物を構えてマサナを囲んでいる。その辺りの賊徒に崩れた連中とは違い、連携を保ちつつも自分の間合いを持ち、集団をあてにしていない点は練度の高い連中だと判る。
「仕方ねぇ、七人というのは半端だが…」
マサナの軽口を合図にしたように前後の二人が同時に仕掛けたが、これを難なく同時に仕留めてしまった。余りの早業に、第二波の攻撃が止んだ。
第一波を跳ね除けた本人はというと、大方そんなことだろうと思ったという様子だった。
正面から
酷いのは背後から襲った短刀使いだった。短刀の絶対有利を取ったと油断した。マサナは抜刀を終えた直後、鞘尻の向きをスッと相手の鳩尾あたりを予想して伸ばしてやっていたのだ。つまり、短剣使いは自らの突進力で以って鳩尾を突いたことになる。
蹲って体を痙攣させ、泡を噴いてしまっている。
「背面に眼がついているのか…」
残りの五人が驚く中、視界を取り戻した湾刀使いが激昂しながら破れかぶれの一刀を振り下ろしたが、これもマサナの頭上でピタリと止まった。湾刀の籠手、その隙間から相手の掌を切先三寸で貫いていた。
「このまま捩じれば右手はズタズタ、二度と使えん。引き抜いて欲しいなら、下がっていろ…」
マサナの凄みに恐怖し、相手が震えながら後ずさりした。
この暗がりで一体どれだけ精密に動けるのかと一同は戦慄したが、
それも止んだ。
「腕が二本あるのは、何もお前さんたちだけじゃないんだ」
マサナの大小の二刀は槍ふすまをすり抜けるようにして、防具の防御が及ばない二人の脇の下を裂いていた。相手の得物を躱して一刀を浴びせる影抜きは、或る程度の武芸者は基本として使えるが、これだけ動く相手を同時に仕留める例はなかった。
互いの分銅と鉄球のあたりをぶった切ってやると、急に軽くなった得物を唖然として見ていた。
「どうする? 素手でも俺は構わんが?」
残った一人も既にマサナの間合いにあったが、一人だけ随分と甘い匂いがすると思って顔の覆いを取ってやると
「嬲るつもりなら殺せ」
「こんな台詞は使いたくないが… お嬢さん、こんな遊びはやめたほうがいい」
「うるさい! 動くな! これが見えないか」
「ああ、夜襲に
「黙れ…黙れ!」
「この距離じゃ俺には当たらんよ」
「何をッ!」
女頭目が矢を放ったと思った瞬間、
マサナの言う通り遠巻きから狙撃するかでもすれば多少は役に立ったろう。しかし、矢が勝手な軌道で飛んでいくならいざ知らず、まして使い手の初動も判り切っている以上はこの恐るべき
「我々の技量では、何一つ及ばない」
こんな武芸者が居たのか。七人を相手にしておいて、呼吸が乱れる様子も見られなかった。フラフラとしたあのやり取りから、この実力を推し量ることは出来なかった。
最後の最後、土壇場で持ち直した短剣使いが一矢報いようとしたが、立ち上がった瞬間にマサナが渾身の力で縁頭を用いた打撃を顔面にぶちかまし、今度は口から前歯が飛んだ。
「ああ、多分これで最後だから言っておく。これ以上は…殺す以外、俺は知らんぞ?」
女頭目が合図すると、剛力の二人が重傷の手槍使いを拾い上げ、残る連中も誰も見捨てずに撤退していった。そういう気概がまだあったのか、頭が冷えて取り戻したのかはしらないが、これだけは褒めてやりたいところだった。
「これでいい、うーむ… これでいいことにしよう。」
深手を追えば恐怖を身に刻む。浅手であれば悔しさと恐怖を払うために、この出来事を勝手に吹聴する。要するに、連中が帰って来た様子を見て同業者たちは縮み上がる。正直なところ、こんな連中は
弟子が不殺を志すなら、自分もそうしてみようと。
「まァ何だ。これだけ暴れて不殺っていうのは、ちょっと狡いかな」
そんな騒動も露知らず、翌日イオリはいつもの使いに出ていた。伊呂波の馴染み客の家で茶を御馳走になっていると、邏卒たちが彼方此方の家を訪問しているのが窓から見えた。
「もしかして、何かあったんですか?」
「ええ、夜中に武芸者同士の喧嘩を見たっていうのがいたらしくてね」
「物騒ですね」
「ちょっと噂で聞いたけど… 貴女もソレなんでしょ?」
「あ、はい…」
「こんなに可愛いのにねぇ…」
「あっ、それは… えへへ、ありがとうございます!」
そうやって笑うところを見ると、まったくそうは見えないから不思議だと馴染み客は思った。その辺りに居る年頃の娘、それも武芸とは無縁の普通の娘にしか見えない。
「物騒なことがあったら… あの居候にでも頼むんだよ。一応は男だろうし」
「えっ、はい…」
「まあ、あんまりアテにならなそうだけどね」
「そうでしょうか?」
「だって、ヲリョウとも
イオリは頼るどころか、自分はその居候ことマサナの弟子だ。なんだか最初の一言にはムッと来たが、その理由を聞いて妙に納得するのであった。確かにそういうところは、妙にハッキリしない。
その頃、当の二人は伊呂波でそんな調子を繰り広げていた。どうも今朝からマサナが風邪のようで汚い音と共にクシャミを連発している。
「ぶえきし!」
「何だい汚い! 全く、酔っぱらって真夜中に川なんかに入るからだよ」
「いやぁ、たまに俺も一杯引っ掛けたくなって…」
「第一、お前さん下戸じゃないか。何たって酒なんか持ち出して」
これにはギクリとした。まさか夜中に立ち回りをやって血の臭いを取るために水垢離をしていたとか、酒で体を清めたとは言えるはずもなかった。
「まァ何だ。お前の寝顔を見たら、その…
「ちょ、ちょちょちょっと!? そ、そんな気味の悪いこというんじゃないよ!」
「何だ柄にもなく紅くなりやがって」
「やかましい!」
ヲリョウをからかったマサナだったが、彼の頬は往復ビンタによってそんな彼女の頬以上に紅く染め上げられていた。
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