第三話「竜剣の丸」

「竜剣の丸」其の一

 五傑の一人を打ち破り、対爾核から帰還を果たした。


 だがこれ以来、どうにも生活が落ち着かない。伊呂波で店番をしていても、ヲリョウに頼まれて市場なんぞに使いに出ていても、何かしら気配を感じる。殺気というほど物騒なものではないが、向けられると何とも言えない気持ちになる気配だ。


 「なんか、ソワソワするというか… 変に気疲れします」

 「そんな繊細な事、言うんじゃないよ」

 「で、でも、見てください! 魚の煮つけはまだ半分です!」

 「そういう問題じゃないんだよ…」


 こうして二人で昼餉をしていても、どうも店先に気配を感じるのはヲリョウも同じだった。もっとも、こちらは通りすがりの町民なので好奇心という平和的なものだった。


 どこの世界でも人の口に戸は立てられぬとは言うが、イオリが対爾核(たいじかく)から帰還した姿を見たものたちが色々と吹聴している。何せ、長命の耳長の種族(エルフ)や街の古老ですら「この数十年来、なかったことだ」と騒ぐのだから致し方がない。町民たちの野次馬はともかくとして、噂を聞きつけた神官や僧侶まで変装してイオリを拝みに来る始末だ。


 「すっかりこの界隈の有名人になっちまったね。それに…」

 「それに?」

 「これだよ、これ。気付かなかったのかい?」


 ヲリョウはイオリの袖に手を突っ込むと、小さく折られた手紙を取り出した。これが、まあ出てくる出てくる。出てくるたびに手紙がうず高くなっていく。

 

 「す、すごい数…」

 「こんだけあれば、飯炊きどころか風呂だって沸かせそうだよ」


 なるほど、これが何とも言えない気配の物理的正体かとイオリは思った。ちりも積もれば何とやらだが、本当に山になるのは初めて見た。どうやら、午前中に市街を歩いていた時に入れられたらしい。流石は心得のある連中、動作を隠すのはお手の物といったところだ。しかし、中身は何のこともないものばかりだった。噂の真相を確かめようと、彼女の実力を知るための挑戦状。少し上から目線の果たし状ときて、謎の負け惜しみと罵詈雑言を文書にしたものだった。


 「こんなの読んでいたってしょうがない、とっとと窯にくべちまいなよ」

 「あっ、はい…」


 そこにマサナが日課の薪割を終えて帰って来ると、この手紙の山を見て笑った。


 「こんだけあれば、明日は薪割りをしなくても良さそうだな」

 「これが毎日だと、ちょっと気が重いです…」

 「そうかな。たまにはこういうのもあるじゃないか」


 マサナがそういってイオリに手渡したのは、幼い文字で書かれた「ありがとうございました」という手紙だった。ヲリョウはこれを怪訝そうに見ていたが、二人には手紙の主も言わんとすることもわかった。


 「師匠、これは取っておきます」

 「そうしておきな。あと、出かける時はこれを提げて歩け」


 するとマサナが、どこから取り出したのかさらさらと木札に何かをしたためて、穴から紐を通した。イオリは初めて自分の認識票を貰った時を思い出す。


 「ええと… 此ノ者へノ用向キ、取次料ハ必須 伊呂波店主ヲリョウ迄、…」

 「そのへんの護符なんぞより、この一文の方がよっぽど効くぞ」

 「それ、どういうことよ」 


 マサナの目論見通り、この一文にてイオリへの武芸者たちからの手紙は止むこととなった。ヲリョウが「取る」と言ったら、相手が武芸者だろうが必ず取り立てられることを知らないものはこの界隈にいなかった。それは、質物となって蔵に詰れた数々の武具が物語っている。


 「ホントに効果抜群…」


 これにはイオリも苦笑するところだったが、今度はこの珍妙な木札に童たちの好奇心いっぱいのまなざしが集まるのであった。


 その日の夜、件の手紙の山も竈の炎に消えた。伊呂波も店じまいをして夜も更けていくと界隈はすっかり静かになっていが、マサナは聞き覚えのない声が夜風に乗っているのに気付いた。気のせいとも思ったが、甲冑の揺れる音が混じった時に確信した。どうやら、イオリへの手紙だけでは済まない奴がいるらしい。

 

 「まァ何だ。はよくある」


 やれやれだという調子で、差料の目釘を確かめると普段以上に厳重な施錠をしてこっそりと伊呂波を出ていった。

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