「月輪に星に久留子」其の二

 市街は相変わらずの賑わいを見せていた。


 変わらず、中心部には対爾核があり、武芸者たちは時折眺めては何か仲間内で話したりで挑もうという様子は見られなかった。

 

 「何でぇ、ちょっとは面白そうな奴もいるかと思ったのに…なあ、ヴィヨルン」

 「そうだね。いつもの面白くない奴ばっかり…」


 そして、ここに五傑のうち二人、フルール・グランディーネとヴィヨルン・タジオが歩いているが、これも気に留めるものは無い。もっとも、その姿を見て帰還した者がいないのでそれは当然であった。十文字片鎌槍と太刀、互いに得物は違うが大抵の勝負を一拍子の動作で片づけてしまう。これは、同じ五傑のエリカ・ローシュテルンに「もっと勝負の妙味を味わえ」などとボヤかれるほどである。


 「しかし、たまには外で一晩明かすってのも悪くはないな」

 「また迎えに来てもらって、なんかゴメンね」

 「役得だ役得、毎度言っているがアタシも狭いところが嫌いな性分だ」

 

 ヴィヨルンの放浪癖が出て、フルールは連れ戻しに出たことにはなっているものの、盛り場で一夜を明かすほどにバカ騒ぎをしていたのだから役得も役得、大役得といったところだろう。こういう面白い景色を見せてくれるから、迎えに来るのが彼女だとヴィヨルンは嬉しい。

 

 「それで、目当ての面白い奴が見つかったみたいだが?」

 「うん、間違いない。イオリ・ツキオカ…彼女だ」


 二人の視線は、せっせと使いにいそしむイオリの姿だった。一目でわかったのは、人混みであっても誰にもぶつからず、スイスイと歩いていたためだ。そこから判ることは相応の身のこなし、体捌きの心得のある証拠だった。

 

 「フルール、思い出させてやればいいとか言ってたけど、どうする?」

 「この往来だ。戦う気のない連中を巻き込みたくない。じかに観察できただけでも十分だ」

 「それ聞いてちょっと安心した」


 彼女たちは冷徹なまでの強さでもって挑戦者を討ち果たす。しかし、その力をむやみやたらに振りかざすような残酷な心は持っていなかった。


 「さて、言い訳を考えながら戻ろう。でないと、エリカがうるさい」

 「そうしよう」


 二人が再び歩み出した時、偶然にも雑踏でイオリとすれ違った。当然、彼女は二人の正体を知る由もなかったが一つだけ異変に気が付いた。


 「あれれ? さっきの二人だけ、足音がしなかった」

 

 ぱっと振り返ると、既に二人の姿はなかったのでそれきりとなった。そのままヲリョウからの使いを済ませ、伊呂波に帰った。戻ってみると店先で話し声がしたので、どうやらヲリョウに来客があるようだ。


 するとそこにはには初老の男性がいて、イオリの存在に気付いた。なんとなく、見覚えがあった。


 「ああ、この子かい」

 「そう、すっかり元気になってちょっと下働きをしてもらってる」

 「こ、こんにちは」

 「この人は昔なじみのトーベ、アンタが落っこちて来た村の出だ」

 「あっ…その節は大変なご迷惑を…何とお詫びすれば」

 

 落雷の火災は、自分の飛行機が堕ちた時に薄れゆく意識の中でもはっきりと見えた。そして、その被害のあった土地の人間を目の当たりにすると自責の念が膨らんでしまう。


 「アレは落雷の火事だ。君のせいじゃないよ」 

 「で、でも焼け出された人も…」

 「実は、その話なんだが…」


 トーベは気まずそうにしていたが、理由はイオリが考えていたものとは大いに違っていた。


 話によればイオリが登場していた飛行機械の残骸が補償に役立ったらしい。件の事故後、村に立ち入った政府調査団の中に錬金術師くずれの金属研究者がおり「今までに見たことのない金属だ」と大騒ぎし、他に取られては悔しいので言い値で買うか、同等の重さの金と交換しろと申し出たのだそうだ。


 「すまない! 君にとって重要なものを勝手に売り払ってしまった!」

 「いえ、あんなものでもお役に立てるのなら…良かったぁ」

 「しかし、アレがなければ君は帰ることもできないのではないのかね?!」

 「そんなことより、私のせいで何も関係のない人が困るほうが、私は困ります」

 「な、何だかよく判らないな…」

 「言ったろおやっさん、この娘(こ)はそういうところがあるから気にするなって」

 

 ヲリョウが困惑するトーベにそういったが、このイオリ・ツキオカという異世界の軍人は随分と大雑把というか気持ちが大きいというのか、不思議な魅力のある人間だと彼は思った。


 「わかった、今はイオリ君の寛大な心に代表して感謝する」

 「それで、用向きはそれだけじゃないんだろう?」

 「ああ、そうだ。一つ無事なものが見つかったんだ」


 そう言って、トーベは奇妙な「開かずの箱」を置いていった。あれだけの事故で無傷なのだから、よほど重要なものが入っているのだろうと本人に引き渡しに来たのだった。箱と言うにしてはどこから開くのか、どうやって施錠しているのか、外見からはまったく判らない。寧ろ、まったく無表情な直方体(コンテナ)だった。


 テーブルにのったソレを、二人は怪訝そうに眺めている。


 「こりゃ一体何だい?」

 「確か、生存用入組品サバイバルキットです。この様式だと、特別型だなぁ…」

 「なんのこっちゃ、よくわからないけど?」

 「非常時に役立つ物品とか、最低限の武器なんかが入ってます」

 「なんだい、アンタが帰るのに役立つ代物じゃないのかい」

 「いや、武器が入ってるなら今後の立ち合いで使えるかもしれない」


 二人のやり取りに、マサナがぬっと割って入ってきた。手には新しい濃紺の胴着と袴、筋金を縫い付けた柿色の鉢巻が見えた。どうやら、イオリの為に用立てたものらしい。


 「本当なら鎖帷子か篠籠手なんぞ揃えてやりたかったが、すまんな」

 「師匠、大丈夫です。立ち合いで機動力を活かすなら、これで十分です。あとは…」

 「あとは? イオリ、お前さん何か用立ててるのかい」

 「あとは… 

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