「晴天の雷鳴」其の六
「見つけてはみたけれど…本当に彼女でいいのかしら」
対爾核に居する「五傑」のうち一人、ニコ・ツァイトベルクは遠隔透視でイオリ・ツキオカを観察していた。この年齢、女性の武芸者などは珍しくもないが、晴天の雷鳴と共に現れたにしては、自分たちと様子が全く違っていた。
「記憶を一時的に失っているようね」
彼女の眼には一種の異能があり、常人が見ることのできないものを見通すことができる。先ほどのような遠隔を見通すことは勿論だが、人間の記憶や感情もまるで風景画や活動写真のように彼女の眼には映る。だが、イオリの色彩はまったくの「白」であり、これは「無」を表していた。
「油断はするなよ。忘れていることなら、いずれ思い出すこともある」
ニコが投射したヴィジョンを眺めながら、同じく五傑のエリカ・ロートシュテルンが戒めた。紅い瞳と短い銀髪が美しく、愛用の漆黒の胴具足に映えている。さらに背負っている黒塗で蛭巻の大太刀が、長身な彼女のシルエットを引き締めている。
「その時が来なければ、私が相手をするわ。何もできない相手を倒しても、面白くないでしょう?」
「ニコ、気遣いは無用だ。相手がどうであろうと…」
「これはこれはお姉さま方、その時を待つなんて大人なことを…」
二人の会話に割って入ったのは、フルール・グランディーネと五傑では最年少のヴィヨルン・タジオだった。
そしてフルールは愛用する片鎌の大笹穂、十文字片鎌槍を担いでいるのを見て、ニコもエリカは流石に呆れてしまった。極めて単純、豪放な彼女の性分を考えれば致し方ない「結論」でもあった。
「忘れてるだけってなら、思い出させてやればいいのさ」
「槍の他に、頭を使うのを覚えたらどうだ。この大猩々…」
「あんだと、この黒兎!」
そしていつものように、これだ。前世、何かあったのかというほどにエリカとフルールはぶつかることが多い。しかし、この二人が暴れているところを仲裁するのは危ないので、こういう時は放っておくに限る。これもいつものように、例の如くというやつであった。
二人の争いを余所に、ヴィヨルンはニコが投射した映像に見入っている。筆頭の真似をした一本結の黒髪が、視点の移動とともに揺れるのが何だか可愛らしい。そこにはイオリ・ツキオカが木刀を振るっている様子が映っていた。
「ニコ姉、この娘なの?」
「ええ、そうよ」
「変なの…」
「変?」
「うん、日ごとに強くなるなんてのは知ってるけど、
「どういうこと?」
「うーん、よくわかんないな。ちょっと本物を見てくるよ」
「えっ?見てくる?ちょっと、ちょっと待ちなさいヴィヨルン!?」
ヴィヨルンは放浪癖があり、時折この対爾核を飛び出して市街をふらついてくることがある。何も、そんなところまで筆頭に似せなくても良いだろうとニコは思う。そして、彼女自身は「監視者」としての役割から離れられないため、いつもあたふたしてしまう。
「エリカ、フルール、ちょっとお願い!?」
ニコが振り返ると、あいかわらずすったもんだを続けている上に馬乗りになってひっぱたきあっている。当然だがニコの声など聞こえても居ないようだったので、流石のこれには怒髪衝天。得意の幻影をほんの少し浴びせてやって二人を正気に戻した。
これを受けた方は、一瞬で感受できる容量すれすれの恐怖と不安を刺激されるのでたまったものではない。
「おいニコ、一体なんだって言うんだ」
「あの子、また行っちゃったのよ。だからお願い」
「仕方ねえ。こういうのはアタシの役目だ」
こんな風にヴィヨルンが飛び出していくと、決まってフルールが保護者代表として回収に行くのだった。こうなると、残されたエリカがきまりの悪そうにしている。
「ニコ、すまん…」
「いいのよ、いつものことだから。エリカはいつも通りにお願い」
「ああ、それは任せておけ」
いつもの通りに時折現れる外の武芸者たちの出迎えて仕合がある。こうなると、エリカが一手に引き受けることになるのだが、これで困ったことは一度もない。元来、集団戦闘は彼女の得意とするところであった。
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