「晴天の雷鳴」其のニ

 ヲリョウが街に戻って町医者を探すと、例の騒ぎで盛り上がってる野次馬連中に町医者のタキを見つけた。そしてこれ幸いにと首根っこを引っ掴んで、自分の店「伊呂波」まで引っ張って来た。


 「ちょっと、急に何するのよ!?」

 「医者に用があるとしたら、診察だよ。ちょっとばかし、診てほしい」

 「貴女、普段どこも悪くなんかないでしょ?」

 「診てほしいのはこっち」


 ヲリョウに連れられたタキが見たものは、寝台に横たわる気を失った乙女だった。何でも取り扱うこの伊呂波に、こんな少女がいるとしたら考えられるのはただ一つ。


 「ちょっと、冗談じゃないわよ…貴女まさか、人買いまで始めたの?」

 「馬鹿な事言ってんじゃないよ。あの騒動でちょっとあってね」

 「まさかこの娘…?」


 タキとて、晴天の雷鳴に関する伝承は知っている。それ故に、現物を目の当たりにすると動揺を隠せなかった。装備している飛行服と思しき服、持ち物から我々の世界の軍隊や警察のそれとは一致しない。紛れもなく、異世界からの来訪者だ。


 「その通り、酷いことになる前に連れて来た」

 「貴女、時々そいういう割に合わない親切するのね」

 

 ヲリョウにはそういうところがあるのは昔から知っている。成程、軍隊や警察に捕縛されての検査と尋問よりは、私に預けた方が幾らか人道的というものだ。第一に、殺気立った野次馬が暴力を加えることもありうる。段取りをしたのは彼女の馴染み、トーベあたりかと考えながら、タキはてきぱきと脈を取り、心音やら何やらと一通り確認していった。


 「外傷は一切なし、健康そのもの。気を失ってるだけだから、じきに目覚めるわ」

 「タキ、ありがとね」


 ヲリョウはふっと、診療代と革袋を手渡した。重さから明らかに多いのだが、成程事情が事情だ。そういうことかとタキは了承しておいた。


 「起きたら何か滋養のあるものでも摂らせて」


 タキが最後に言ったように、先ずは滋養のあるものをとヲリョウは厨房で支度を始めるのだった。しばらくするとその匂いに気付いてか、奇妙なことに来訪者は目を覚ましていた。


 「ここ、何処だろう?」


 まったく思いもよらない場所で休んでいる自分の姿、そして飛行服ではなく見慣れない服に着替えていたことから、自分が救出され解放されてたということは判った。しばらく考えていると、様子を見に来たヲリョウと目が合うのだった。

 

 「不思議な娘だこと…」


 意識を取り戻し、爆発的な食欲を発揮する彼女をヲリョウはしげしげと眺める。


 気を失ったのは単に空腹だったというのだから、余程丈夫な体をしている。しかし、この食欲はとんでもない。既に三日分の食事どころか、自分の間食まで平らげられてしまっている。ひょっとして、本当は人間の娘に化けた翼竜ではないかと疑ってしまう。


 「介抱の上に食事まで、申し遅れました。私は…」

 「扶桑之國第三四三航空隊、イオリ・ツキオカ。階級は大尉…」

 

 イオリが名乗ろうとしたところで、ヲリョウが先に彼女が身に着けていた認識票を読み上げていた。どうやら、言語は通じるらしいと互いが安心した。


 「それで大尉さん、こちらにはどういった任務で?」

 「任務…?ええと…」


 ヲリョウも、流石にこれは直接的過ぎたかと思った。異世界であれ軍人は軍人だ。守秘義務やら何やら、めんどくさく堅苦しいことは共通している。なら、一番の気がかりなところを聞くほかは無い。


 「ところで貴女も武芸者? 何か武術を?」

 「武術?ええと…あったような…あれ?」


 上手下手があっても、軍人がその心得がないということはあり得ない。そういえば、タキは彼女に外傷はないが落下の衝撃でいわゆる一次的な記憶喪失などがあるかもしれないと言っており、次来た時に詳しく看てみると言っていた。


 「まさか、それも記憶にない…」

 「は、はい…すみません」


 そう考えれば納得だが、晴天の雷鳴とともに現れたにしては大分拍子抜けしてしまう。なにせイオリの反応と来たら、今まで見たことも聞いたこともないという純粋過ぎる反応だからだ。


 「ああ、そうそう遅れたけど私はヲリョウ。ここで商売をやってる」 

 「商売?」

 「そう、陸運と海運の手配に仲介、それと質屋に両替と…マァ何というか、なんでもやってるわね」

 「そうなんですか」

 

 話を聞きながら、イオリは店の中を興味深げに眺めた。質物から品物となったと思われる宝飾品、絵画骨董、果ては武具が所せましと並べてある。どれも、別の世界から来たかのように多種多様だった。

 

 「ヲリョウさん、ありがとうございました。お陰で生き返りました!」

 「そいつはどうも。それで、生き返ったところで何だけどね」


 ヲリョウはすっと右手を差し出した。


 イオリはそれに「ああ、忘れていたと」という様子で差し出した彼女の掌を両手でしかと握った。ずいと近づいたイオリの顔を見ると、眉がはっきりとした二重で、きらきらさせる瞳は体格とは裏腹に何か小動物のような可愛らしさがある。


 「ヲリョウさん!助けていただいた上に、食事まで、どうもありがとうございました!」


 イオリは満面の笑みでそう言ったが、思わずヲリョウは肩の力が抜けてしまった。こんな堂々と、純粋極まりない勘違いをする娘がいるのかと一周回って関心してしまうほどだ。


 「ちょっとちょっと、そうじゃないでしょ」

 「えっ、そうじゃない?」


 手を振りほどかれたイオリは「はてな」という様子だったが、再び何かに気付いた様子で再びヲリョウの手を取った。さっきよりも、その可愛い顔が近くなる。


 「察しが悪くて済みません。、どうもありがとうございました!」

 「ちょっとアンタ、知っててやってるならタダじゃおかないわよ!? お代!」

 「えっ… こういうのは、話の流れからご厚意なんじゃないんですか!?」 

 「アンタの食欲、とっくにご厚意の範疇を超えてるのよ!」

 「きょ、今日から、御家業にを加えるというのはどうでしょうか…?」

 「伊呂波(うち)の経営に口を出したいなら、先ずは株仲間として出資してからになさい」


 ヲリョウのトーンは本気だった。なるほど、この女性は命にかかわるような事案であれば、割に合わない親切をするところがある。しかし、基本的に金銭で解決できる事はソロバン勘定を第一にする性格だとイオリは学んだ。


 「で、でも、お代になりそうなものは何も…」

 「大丈夫、この伊呂波は物々交換も対応するから…あの短刀でどう?」


 ヲリョウが指差したのは、畳まれた飛行服の上にちょこんと乗せられた短刀だった。黒漆塗りの鞘、鮫肌の柄巻に純金の目貫、非常にシンプルだが自分が居た世界でも銘刀を収めている拵だとヲリョウは踏んでいた。 


 「こ、これはダメです」

 「アンタねぇ… そりゃワガママってもんでしょ」

 「あれは、約束なんです。友達との…」


 この言葉にヲリョウはピッと来た。最初に見かけたときに呟いていた言葉だ。何かここから思い出しはしないかと期待したが、イオリもイオリで言葉に詰っていた。断片的に蘇った記憶が、どうにも言葉にならない様子だった。


 「でもでも、これ以外ならなんでもします! だから勘弁してください!」


 このイオリの一言に、ヲリョウは「待ってました」と言わんばかりの笑みを浮かべた。


 「何でもするっていうなら、話が早い。身体で払ってもらうわよ」

 「えっ!?」

 「さっきの診療で十二分に見させて貰ったけど、なかなかの身体(からだ)してるわね…」


 急接近するヲリョウの不気味な笑みと、自分の身体に伸びる手つきに「これは本気だ」とイオリは思わず震えてしまった。


 「ちょ、ちょっとやめてください!」

 「言ったでしょ? ここは何でも取り扱ってるって」


 こんなことなら、あの甘味が盛られた一皿くらいは遠慮しておけばよかったとイオリは後悔するのであった。

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