対爾核

Trevor Holdsworth

第一話「晴天の雷鳴」

「晴天の雷鳴」其の一

 昔々、どこからともなく武芸者がやって来た。


 そして道端に座る老人に「この地を目指すには、如何に」と地図を指して尋ねた。するとその老人は、何だそんなことという調子で「鍛錬、そして鍛錬」と答えたという。


 こんな風に、武芸者とは不自由で不便な生業だ。目的地への道を知っているはずなのに、いつのまにか見えなくなる。そして、その地へたどり着いたものがどれだけあるのか。それ以前に、たどり着けたのかは誰も知らない。


 「まったく、損な生業があったもんだよ」


 ヲリョウは煙管をふかしながら、時々考える。この話を聞いたのは自分の父、或いは祖父、それとも両方か。いずれにせよ、そんな生業から足を洗ったのは正しいと彼女は思うのだった。二人の顔を思い出しては、煙管の煙りと共に消えていく。

 

 一服を終えると彼女は店先に出て、街の方を眺める。アレはいつものように郊外ここからもハッキリ見えた。


 市街の中心には、空中に浮遊する白銀の巨大な金属板が五つ見える。


 城塞などとは比較にならない威容、各々に紋章のようなものが刻印されており時折表面に何か文字の羅列のようなものが浮かび上がることがあるが、それも解読できる者もいなかった。


 これを不思議に思う人間は街にも、郊外にも居なくなった。


 いつ、誰が、どこから、どうやって、そんなことは最早誰にも判らない。それだけの時間が流れているのだが、一つだけはっきりとしていることがあった。


 ある日、晴天の雷鳴と共に幾人かの武芸者を伴って現れたということだ。この出現と同時に、異なる世界の武芸者たちがこの地を尋ねてくるようになったという。訳を尋ねれば言語こそ違えど答えは同じだった。


 「あすこに行けば、私の望む場所にたどり着ける」


 その言葉を最後に戻って来たものはいない。あそこには一体何があるというのか。望む場所にたどり着けたのか、それとも叶わなかったのか。いつもの一服と追憶が終わると、ヲリョウはいつものように仕事に取り掛かる。


 だが、今日ばかりはいつものようにはいかなかった。


 突如として、晴天に雷鳴が轟いた。それも一度ではなく、幾度と空を震わせた。これには、流石のヲリョウも胆をつぶした。再び表に出てみると、周囲の連中も同じように表に出てきた利、窓から空を見上げたりしている。そのうち落雷のあったと思われる方角から、ぱっと煙が上がった。


 「あっちは、ちょっとまずいね…」


 あの村には、商売抜きにしても付き合いの長い連中が大勢いる。あれだけの落雷、火事が広がるのは時間の問題だ。


 店先に営業終了の看板を出すと、彼女は獣脚竜ラプトルに鞍を乗せ、一目散にその方角へ駆けていった。いつぞやの旅人からのカタに譲り受けたが、馬よりも速い上にどこでも走れるので重宝している。


 それに、よほど肝が座った生き物なのか炎くらいには、たじろいだりはしない。


 「民家には落ちなかったか…それにしても…」

 

 案の定、集落は火事で大騒ぎになっていた。


 ヲリョウの見立て通り、民家にこそ落ちなかったが火の手は激しい。火消の連中に加えて村の男手は総動員、野太い掛け声が飛び交っている。


 随分大げさになっているのは、やはり火災の原因が「晴天の雷鳴」ということだ。近隣の神官や僧侶は宗旨を問わず、更には普段除け者の呪術師もかき集めての加持祈祷が聞こえてくる。何だか、火が消える前にそこらの悪霊が全て消えてしまいそうな勢いであった。


 「ヲリョウ、どうした」


 初老の男が、獣脚竜ラプトルにまたがるヲリョウに気付いて声を掛けた。


 「ああ、トーベのおやっさん。随分ひどいな…!?」

 「ご覧の有様、死人や怪我人の出なかったのが不幸中の幸いだよ」 

 

 よく言うとヲリョウは思った。すっかり煤けた顔に、上着には火の粉で所々穴が空いているではないか。なるほど、それを確かめるべくあちこちを駆け回っていたのだろう。ヲリョウは昔からトーベのそういう性分を知っている。

 

 「落っこちたのは雷だけかい?」

 「いや、やっぱり何かが落ちてきた」

 「やはり…」

 「最初は迷子の翼竜かとも思ったが、どうも違う」

 「そうさ、あいつらは落っこちたりしない」

 

 道理だった。あの生き物は、我々の言葉が判るほどに賢い。時折、幼い個体が空の道に迷って降りてくることがたまにあるが、必ず天界へ帰る。翼を持つ生き物と言うのは飛ぶことを忘れない。


 「今から見に行くところだったが、お前はどうする?」

 「一緒に行くよ。もし翼竜《ワイバーン》なら、多少は獣脚竜を通して話ができるからね」 


 だが二人が現場へ向かってみると、予想は大いに外れた。落ちて来たものが何かは、散らばっている白銀の金属片が証明している。これには、先に現場で対応していた男たちも顔を曇らせていた。

 

 「一体なんだいこりゃぁ…」

 「おやっさん、こいつはアレの断片か何かじゃないだろうね?」


 ヲリョウの言う通りだった。


 もし、これから市街に浮いているようなのが再び現れるとすれば、この村はすっぽりと下敷きになってしまう。全員を避難させるとしても、今の状態では間に合わないかもしれない。


 「それにしては小さい気がする…どうも、飛行機械に見えなくもないが…」

 

 確かに形状は、郵便配達員が用いる飛行機械に似ているようにも見えるが、回転翼(プロペラ)が見当たらない。その上、すべてが金属製の単葉機などはお目にかかったことがない。要するに、この世界に存在する科学や工業が造ったものではない。

 

 「こいつぁひょっとして…」

 「ひょっとするかもしれないよ。何せ、晴天の雷鳴と一緒だもの…」


 ヲリョウとトーベは顔を見合わせ、これは明らかに別世界からの来訪者であると確信するのだった。


 「ああ、おやっさん!こっちに来てくれ!人だ!まだ生きてる!」

 

 トーベを呼ぶこの一言に、ヲリョウも後をついて駆け寄っていった。


 そこに倒れていたのは、やはり我々の世界のものと随分違っているが、装備品の様子から飛行士パイロットであることは確かだった。割れた航空眼鏡ゴーグルから覗かせる顔から、女であることが分かった。


 「ヲリョウ、すまないが見てやってくれ」


 トーベの如才ない一言に、ヲリョウは頷いた。服の下の怪我の様子を見ようと顔を近づけた時、この飛行士は意識を取り戻したのかもごもごと何事か口走った。

 

 「…約束…必ず帰るって…必ず」

 「何? なんて言ったの?」


 ヲリョウは、彼女が言葉とともに落涙していることに気付いた。


 この騒ぎで医者を待っているよりも先に気の動転した連中が押しかけて、何をしでかすかもわからない。少なくとも、故意ではないこの始末を歪な形で終わらせるようなことは、この村の人間にさせたくないし、この娘を犠牲者にしようとも思わない。


 「おやっさん、こいつはアタシが預かるよ。こっちは手一杯だろう?」

 「そいつがいい。後のことは、こっちでやっておく」

 

 トーべもヲリョウの意図を汲んでか、段取りは決まった。あとは獣脚竜ラプトルをすっ飛ばして撤退するのみだ。

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